高嶺だったあなた
憧れだったあなたは、気付けばどこかに消えていた。
学院を卒業するまでに、大体の令嬢は婚約者を見つける。
もっとも、高嶺の花が気になってそれどころじゃない令嬢が多かったようだ。もちろん、子息たちはもっとそうだっただろうが。
私はといえば、そんな美しい花に少しでも近づけないかと、努力をした。
艶のある綺麗な髪になるために。
絹のような肌になるために。
誰もが求めるような躰になるために。
実家の手伝いにも顔を出し、女らしさを使った戦略で販路を広げた。父親には嫌な顔をされたし、身売りでもしたのか、とあらぬ声を掛けられたこともある。
それでも、私はあなたにはなれなかった。
誰もが振り向き、遠巻きに見つめる、手折るのが怖くて手が出せない高嶺の花には、どう足掻いても届かなかった。
私は子爵家へと嫁入りした。私を選んだ相手は、あなたに寄せたメイクをし、あなたに寄せた仕草をした私の虜となった。
その後何年経っても社交界にあなたの姿はなかった。
私と同じように相手を見つけた学院生時代からの友人たちもあなたが誰のものになったかを気にしていたが、あなたは誰の隣にもいなかった。
ひっそりと消えた高嶺の花。それでも、あなたは今でも私の中の高嶺の花だ。
夫との間に子供も生まれ、子育てに勤しむうちに、だんだんとシミと皺が目立つ年齢となってきた。
あなたはどうだろうか。考えてみるが、やはり変わらず咲き続けていると私は思う。
今でもあの学院の教室の中で、あなたがいる空間だけ鮮明に思い出せる。その、嫌味なほど艶やかな黒髪が私を魅了している。
どこへ行く時も、私は視界に入り込む黒髪を見ると振り返ってしまう。
今日も、街へ出かけたら綺麗な黒髪に目が留まった。誰もが振り返る、艶やかな黒。
思わず私は声をかけてしまう。あなたであるはずがないのに。
艶やかに見えた黒髪は、よく見れば傷み、くすんでいる箇所がある。
肌には皺があり、化粧しているようだがシミも見える。
人違いです、ごめんなさいと謝罪が口を出る前に、振り返ってこちらを見る顔を見て、私は悲鳴をあげた。
美しい花であったあなたとは似ても似つかない容姿。
でも、あの時と同じように私を映さない瞳だけは、記憶にあるあの時と一緒だった。
私の記憶にあった鮮やかな教室の風景が、セピアに色褪せていく。
こちらを向いて、あの時とはまるで違う歪んだ笑顔を浮かべる、あなたの顔と共に。
色褪せた石楠花 久間 悠雨 @yuark83
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