色褪せた石楠花

久間 悠雨

高嶺のあなた

私は、あなたが羨ましい。


貴族の子女も多く通う王都の学院。私は貴族ではなかったけれど、家がそこそこ裕福だったし見た目も悪くなかったから、良縁を求めた両親が大枚はたいて入学させてもらった。


もちろん、私以外にもそういう人たちはたくさんいる。

聞いた話では、南の地方の伯爵夫人も実家はただの商会でありながら聡明さと美しさゆえに選ばれたらしい。


故に、私と同じような立場の女はその伯爵夫人と同じ道を辿るべく努力する。


ちょうど私が学院生活を過ごす頃、次代を担う男児が多いのも、気合いが入る理由だ。公爵家はともかく、伯爵家や辺境伯家の男児もいる。それ以外にも、将来を期待されている騎士の子供や冒険者の子供もいるらしい。


浮き足立つのも仕方ないだろう。


私も、玉の輿に乗った自分を想像し、胸が高鳴っていた。

ーあなたが姿を見せるまでは。


一代限りの準男爵家の娘だという彼女は、空気が違っていた。


櫛を通す必要が無さそうな艶やかな黒髪、上質なシルクを思わせるシミ一つない肌。そして鈴を転がすような声色は、男女問わず虜にした。


高位の貴族令嬢も大変美しく綺麗な方が多いが、彼女は別格だった。

飛び出た杭を打ち付ける気すら起きない、圧倒的な美。

そしてそれを鼻に掛けることのない、高潔な精神。


誰もがあなたの周りに集まり、誰もがあなたの気を引こうとする。

公爵家も伯爵家も、裕福な商会の男児たちも、皆があなたのもとへ集う。男だけでなく、女もそうだ。お零れに預かろうと必死に取り入る。


最初は私もそうしていた。けど、あるときふと理解した。

きっと、あなたは誰のものにもならない。


あなたの瞳には、誰の姿も写ってない。


たまたま落とした本を拾ってもらったとき、私はこれを機に話しかけようと思った。

でもダメだったのだ。


私の方を向いて、私に本を差し出すあなたは、私を見ていなかった。

夢見心地に微睡んでるとこに、頭から氷水をぶっかけられたような感覚。

目はあったはずなのに。


それから暫く観察して、自分の感覚が間違いじゃなさそうなことに気付いた。気付いただけだが。


だって、羨ましい気持ちに替わりはないのだもの。

誰にも本当の顔を見せないのに、誰からも求められる。そんな姿に、私が抱いたのは憧れだった。

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