僕の記憶には君が咲いている

島波あずき

Forever1「ずっと記憶に残るような思い出を」

「なんだかず、まだ残ってたのか」

「あ、課長。実は迎えが来るまで時間がかかりそうなので、少しでもできることをやっておこうと思いまして……」

「そういうことか。まぁ、働き過ぎも良くないからほどほどにな。戸締まり頼んだぞ。それじゃ、お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした!」


 二〇九五年、新茨城。ここは科学技術と街が融合したスーパーシティ。人工知能やビックデータなどを活用することで圧倒的な利便性を実現し、今では十年連続住みたい街ランキング一位に輝いている。


 そして僕、もりかずは数年前にここ、新茨城にあるセキュリティシステムの開発会社に就職。まだまだ下っ端ではあるけれど、日々頑張って働いている。


『まもなく車が到着します』


 骨伝導AIイヤホンからの通知を確認した僕は、荷物の整理と戸締まりをして外に出た。


「あ、そうだ。アイエー、今日書いたメールを課長に送っといて。すっかり忘れてた」

『了解しました…………送信完了です』

「ありがと」


 ちなみに今話しかけたアイエーは、この骨伝導AIイヤホンに搭載されている人工知能の名前で、メールの送信や通話などに加え、本人にしか見えない特殊な画面によって動画視聴やゲームをしたりもできる。昔で言うスマホ?みたいなものだ。


『車と位置情報を共有……車から和水様を確認しました……停車位置確認』


 少しすると僕の車が迎えにやってきた。この車はAI搭載の自動運転車で、仕事の終了時間を予測して迎えに来てくれるのだ。


 しかし迎えに来てくれるのは、この車だけではない。


 停車した車の扉がゆっくりと開き、彼女の姿が見えた。


「お疲れ様、和水」


 そう言って微笑んだ彼女の名前はネリネ。紺色の長い髪にピンク色の目が特徴的で、一見クールに見えるけれど、実は少しおっちょこちょい。


 そんなネリネと僕は付き合っている。要するにネリネは僕の恋人だ。


「いつもありがとう」


 荷物を乗せて助手席に座ると、扉が閉まって車は自動で走り出す。向かう先は僕の家だ。


「来週は久しぶりのデートだね。私、すごく楽しみにしてる」

「僕もだよ。ずっと仕事で忙しかったから、やっとデートできる!ってテンション上がってるんだ」


 しばらくの間、僕たちは他愛のない雑談していたが、やがて……。


「ネリネ?」


 ネリネは目を瞑って、気持ちよさそうに寝ていた。


 これは起こさないようにしないといけないな。


 僕は椅子の背もたれに寄っかかって一息つく。そして横で眠っているネリネを見て、ふと今までのことを思い出す。


 ネリネと出会ったのは今から三年前。当時一人暮らしに寂しさを感じていた僕は、少ない貯金を全額使ってネリネをのだ。


 初めはお互いどう接したらいいか分からず絶妙な距離感を保っていたが、会話を重ねていくうちに、少しずつ距離が縮まっていった。


 そうしてネリネと出会ってちょうど二年のとき、僕はネリネに告白をした。告白は無事成功し、付き合うことになった僕たちだが、大変なのはそれからだった。


「あの二人、付き合ってるんだってさ。普通にキモいよね」

「多様性とか言うけど、さすがにあれは無理だわ」

「普通の恋愛ができないなんて可哀想」


 なぜそんなことを言われるのか。どうして馬鹿にされたり、批判されたりするのか。理由は明確だった。


AIと恋人になるとか、やばすぎ」


 僕の恋人であるネリネは人間ではなく、人間風のAIなのだ。


 今の時代、生活サポート用の人型AIは一般家庭でも普通に手に入るくらい普及していて、実際にそのAIを使っている人も少なくない。そして人型AIは本物の人間ではないものの、人間ほぼそっくりの振る舞いはできる。おそらくほとんどの人はAIと言われなければ、普通の人間だと勘違いするだろう。そうなればAIに恋愛感情を抱く人も当然いる。しかしそのような人は異常者扱いとなり、社会全体から馬鹿にされていた。


 人型AIが普及し始めた頃は本当に酷い扱いだったが、数年経った今ではある程度AIとの恋愛が受け入れられつつあった。それでもやはり酷いことをする人は一定数いる。結局、すべての人に受け入れてもらうというのは不可能に近いんだ。


「……み……ずみ……和水?」


 ネリネの声が聞こえ、僕は意識を取り戻した。どうやら僕がぼーっとしている間に、ネリネは目を覚ましたらしい。


「家、着いたよ。もしかして疲れてる?」

「……確かに少し疲れてるかも。まぁ、でも大丈夫だよ」

「今日は早く寝てね?」

「そうする。心配してくれてありがとう」


 家に帰ると、僕はキッチンでネリネにバレないように囁く。


「アイエー、昨日言った通りにお願い」

『了解しました。料理AIに接続……材料を確認……準備完了。ただいまより調理を開始します』


 今からだと、ちょうどお風呂から出たぐらいのタイミングで完成か。


「ネリネ、先にお風呂入っていいよ」

「ありがとう。それではお先に……和水、一緒に入る?」

「いやいや、入らないよ。恥ずかしいし」

「そう? 残念……」


 そうしてネリネは一人でお風呂に入っていった。しばらくすると中から「ふふ〜ん」というような鼻歌が聞こえてきた。ネリネは今日もご機嫌なようだ。


 ちなみにネリネは完全防水のため、お風呂に入っても問題はない。というかお風呂に入ることで外で付いた汚れが落ちるので、むしろ入ったほうがいい。




 しばらくしてネリネがお風呂から出てきたので、僕もすぐに入った。


一通り体を洗い、5分くらい湯船に浸かって出てきた頃にちょうど料理が完成したらしく、ネリネがテーブルに料理を並べてくれていた。


「今日の夕飯はいつに増して豪華だね」


 ネリネの言う通り、今日の夕飯はいつも以上に豪華だ。もちろんそれには理由がある。


「ほら、僕たち今日で付き合って一年でしょ。だからその記念みたいな感じで豪華にしようと思ってさ。実は少し前から食材とかバレないように用意してたんだよね」

「ありがとう! そうだよね。付き合って一年……なんだか感慨深いね。私は和水と出会えて、本当に良かった」

「僕もネリネと出会えて本当に良かった。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 たとえ好きな人がAIだったとしても、僕はその好きな人を大切にしたい。AIだったからと言って、この恋愛感情は嘘にも偽物にもならないんだ。


「そろそろ食べよっか」

「そうだね、せっかく和水が用意してくれたんだから、冷めないうちに食べちゃお」


 そうしてお互いに「いただきます」と言って、夕食を食べ始める。最初にメインのローストビーフを口に入れる。


 うん! 想像以上に美味しい。これは大当たりだ。


「……っ」


 ふと視線をネリネのほうに向けると、ネリネはまだ何も食べていなかった。しかも何か困っている様子だ。


「ネリネ、どうかした?」

「その、なんだか関節の調子が悪いみたいで、フォークが持ちにくい……」


 ネリネはこう見えてAI。外見は人間そっくりでも、中身は全く違う。


「故障かな?」


 フォークを掴んだと思ったら、すぐに落としてしまう。関節が上手く曲がっていないせいで、力が入っていないのかもしれない。


「明日、病院に行って見てもらおうか。ちなみに箸とかも持てそうにない?」


 そう聞くとネリネは箸を持とうとしたが、これもすぐに落ちてしまった。


「ダメかもしれない。ごめん、せっかく用意してくれたのに……」

「そんな顔しないで。ほら、僕が食べさせてあげるからさ。あーんして」

「あ、あーん!?」


 そんな風に驚きつつも、ネリネは素直に口を開いた。実際、これ以外に良い方法が思いつかないから仕方がないし、正直に言うとこういうことをするのに憧れがあった。


「和水、これとっても美味しい!」

「そう? 喜んでもらえて良かった。とはいっても作ったのはAIだけどね……」

「料理に大切なのは想いだよ。和水が食材を一生懸命選んでくれたから、こんなに美味しいの」

「……ありがとう。ネリネは優しいね」




 次の日、僕はネリネと一緒に街の病院に来ていた。ここはAI専門の病院で、不具合があればすぐ治してくれるというので評判が良い。


「なるほど、関節が上手く動かないと……」

「はい、物を持つのも難しいみたいで」

「分かりました。ではネリネさんは別室で検査をお願いします」


 ネリネが別室で検査をして約十分。医者とネリネが戻ってきたのだが、医者は難しそうな顔をしている。


「検査結果ですが、率直に言うと深刻です。単に間接だけというわけでなく、全体的に不具合が見られます。おそらく二週間後には生活に支障が出てくると思います。そして一ヶ月後には、正常に機能しなくなるかと」


 横に座っているネリネは暗い表情をしていた。


「ちなみにネリネさんを買っ……失礼。ネリネさんと出会ったのはいつ頃ですか?」

「三年前ですね」

「三年前ですか?」

「はい。ただ貯金が少なくて……」

「あぁ、なるほど。状況は分かりました。それ以上は結構です」


 一般家庭に浸透してきたとはいえ、AIを買うには多くのお金を必要する。そのため、当時お金がなかった僕は、少ない貯金でも買えるAIを探していた。その結果、数年前の旧型AIであるネリネを見つけたのだ。


 おそらく医者は、三年でここまでの不具合は珍しいと思ったのだろう。しかしあくまで僕とネリネが出会ったのが三年前というわけで、ネリネ自体はもっと昔のAIなのだ。


「そうなると覚悟をしたほうがいいかもしれません。というのも今のAIはネリネさんと構造が大きく異なるんです。通常は不具合が生じても部品交換をすれば治るのですが、今のAI部品ではネリネさんを治すことはできません。そもそもネリネさんの頃のAI部品が残っているかも怪しいです」


 メーカーからすれば、昔のモデルの部品を保管しておくのは色々とデメリットがある。そのため時代が過ぎると共に部品製造や修理サポートは終了することが多い。


「つまりネリネを治す方法はないっていうことですか……?」

「はい、そうなります。本当に申し訳ございません」




 外に出ると辺りは厚い雲に覆われ、昼頃とは思えない暗さだった。


「和水」


 検査が終わってから一言も発していなかったネリネだが、車に乗る直前で口を開いた。


「この世界に永遠はないの。だからこそ、この永遠でない日々の中でどれだけ沢山の思い出を作れるか。それが大切なんだと私は思う。和水、私は私自身の最後を笑顔で終われるように、大切で温かい思い出をたくさん作りたい」


 終わりは必ず訪れる。しかし時には事故などで、急に終わりを迎えることもあるだろう。それに対してネリネの終わりは、まだ先のことで時間は残っている。であれば、その終わりまでの時間を一分一秒大切に生きていくべきなのだろう。


 そう思った僕は、優しくネリネを抱きしめた。




「分かった。二人で、たくさん思い出を作ろう。ずっと記憶に残るような思い出を」

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