第9話 いしのはなし2
「でね、というわけよ」
カネイランがそう締めくくった。
「はあ」
ぼくは仕方なく応じた。
とあるmixiのような交流サイト(彼女は認識していないらしいが、実際は出会い系だ)で
おもしろい日記を書いているから彼女のあれこれを読んで興味をもち(もったフリをし)、
メッセージのやりとりをして、互いに近距離なので会うことになりー。
やることをヤっておさらばというのもちょっと申し訳ない気がしたから、いちおうアフターで飲み屋にでもということになり
焼酎の水割りを飲みながら、彼女の半生―
石焼き芋屋(シャブ屋)の夫やら、夫から逃げ出したあとの生活やら
自分が抑圧された子ども時代だったから子どもは自由に、と思ったら自由になりすぎて逮捕されてしまった話、
落ち込んでるときに優しいコトバをかけてくれたやくざ屋さんの彼氏とつきあうことになったけれど
彼は三股も四股も隠さず割り切った、けれどもどこか心の通った関係であったことなどなど
ぼくはもうお腹いっぱいだったので
「すごい人生ですねえ」
と適当な相槌をうち、彼女はあいかわらず続け、
「意思の問題じゃないのよねえ。しゃぶやってるやつっていっつも『こんなのいつでもやめられる』て言いながらずーっとやってる。
それってやめられてないっての。やめられる、という幻想でね。
アルコール依存症も、シャブ中も、ビョーキなんだからやめらんないのよ」
いい加減飽き飽きしてきたのと、明るい居酒屋でそんな話されてもな、という気持ちで
「じゃ、ぼくそろそろ…」
と腰をあげかけると
「じゃー、あと一軒だけ行っていい?いつも行ってるとこ」
「ああ、よく日記にもでてくる『どん底』ですね」
『どん底』には興味があったのでついていくことにした。
高瀬川を四条からすこし下ったところ、小さなビルの狭い階段をぎしぎし登ってすぐ。
年代物の分厚いドア、はいるとセピア色の世界。浅川マキ。
狭い店内、カウンターと壁に沿って丸椅子があり、奥にちいさなテーブルがひとつだけ。
店はそこそこいっぱいで、外国人も多い。
常連やってるだけあって、ランさんは何人かとあいさつしている。
『どん底』の雰囲気も味わえたし、古巣だからここに置いてっても大丈夫だろう、
ぼくはそそくさと一杯だけ焼酎を飲み、隣の常連と話し込みだしたランさんを残してそっと店を出た。
もうここに来ることは、ないだろう。
あたしとタロウの物語 ぎりぎり虫 @girigirimushi
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