第8話 いしのはなし

石には歯がないらしい。


なんだっけ、ああ、岩の根っこ、猫の足音、女のひげ。

北欧神話で小人たちが魔法の紐をつくったときにつかった材料さ。

だからそれでなくなっちまって、存在しないのだと。


だとすると、「石の歯」も使われたんじゃない?


だって、石に歯ってないでしょ?


えっ、みえないだけであるの?


そうね、多くのひとは、他人がじぶんと同じものがみえている(みえてない)と思っているけれど

あたしがみえてないものがほかのひとにはみえていたり、眺める方向がちがったり

多くのひとがみえないものがみえるひとがいたり。


同じ場所にいたからといって、同じ見方をしているとはかぎらない、ということを知っておいたほうがいい。


そんなこんなで、あたしはあのとき、平日昼下がりの阪急電車にふらふらとはいりこんで、こつんと窓におでこをあててたのさ。


「どうしてこんなことになったんだろう、どうして…」ってね。


いくら考えても、わからなかった。


「お母さんは、そのときどうすればよかったと思ったわけ?」

底意地の悪い調査官は、眼鏡の奥の細い目をきらりとさせて詰問してくる。


どうすればよかったか?

警察に相談しても「家庭のことは、家庭で解決してください」と言われた。

高校の先生は、「どうしたらいいんでしょうね~~」ともちろん他人事。


黙り込んでるあたしに調査官が白けてるから、


「わかりません。どうすればよかったんですか」


と逆に問うたら


「こちらにだってわかりません。ただ、それを正すために少年院という道があります」


だって。


こちらにはとてもイジワルなくせに、

研修のような若い女が同席して、その女がやたら髪をいじったりかき上げるのでキタナイなあ

(多くの髪自慢の女性は髪をばさっばさっとやるが、キタナイのがわかってないんだネ)

と鋭い目でみても、カマキリ調査官は「なんて可愛いんでしょう」てほくほく顔でほうっと見つめている。


カマキリは始終いじわるで、国選弁護士いわく

「裁判官は、調査官の資料を読み上げるだけだから」


結局、娘は少年院送りになった。


「なにがいけなかったんだろう」。


こつんと額をつけた窓ガラスにつーっ、つーっと雨が筋をつけてゆく。


平日昼下がりの阪急電車はとても平和だ。


元気そうなおばあさま、ベビーカーのママ友たち、移動中のビジネスマン。


面会日に少年院へと重い足のあたしとは大ちがいだ。


ローカル線に乗り換えて、見も知らぬ小さな駅に降り立ち、地図を頼りに田舎道を歩いて法務省管轄の土地に足をいれる。


なだらかな林の小道を歩いてゆくと、ぽつりぽつりと学校のセミナーハウスみたいな建物がみえてくる。


しばらく歩くとようやく正面玄関。

手続きを踏んで、いくつかの施錠されたドアを通り、運動場に案内される。

雨が本格的になったなか、右手に傘を持ち、左手はまっすぐに上げ下げしながら、少女たちが運動場を行進している。


それから、「講堂」でグループ面会。

一緒に昼ごはん。

一緒に花壇の花の種うえ。


話すことは、あまり、ない。


帰りは同じく少年院おくりになったHちゃんのお母さんと一緒になり、車で送ってもらった。


以前、家のお金が盗まれたとき、「自分の娘がそんなことするわけない」と思っていたから当時つるんでいたHちゃんの仕業と思い込み

Hちゃんのお母さんに電話したら、黙り込んでいたけれどいま思えばほんとに恥ずかしいし申し訳ない。


ある日新聞紙を広げたら(驚く勿れ、当時はネットニュースなどというものは存在しなかったのだ)

「大阪で、『焼き芋屋の看板をあげているのに、焼き芋を売っている様子はなく、不審な人物が出入りしている』というタレコミがあり調べたところ、覚せい剤の売買をしており逮捕」

という記事が載っていた。


「脇が甘いよなあ。ちゃんと焼き芋も売っとかなきゃー!」


焼き芋といえば、石焼いもは、石を長いこと焼いたら焼き芋になるのだと思っていた。


当時は空き地でゴミを燃やすのがふつうだったから、

姉と近所の空き地に行き、ゴミを燃やしているおっちゃんたちに寄って行って、石を投げこんだ。

おっちゃんたちは、にやにやしていたと思う。


はじめてあった同年代の男の兄弟たちにそのことを話して、

あたしら姉妹は家が厳しいから、午後5時には家に帰らなければならないから

その兄弟が見届ける約束をしてくれた。


後日、その空き地に行ったけれど、焼け跡ばかりで焦げた石しかなかったけれど

焼き芋になった石は、その兄弟たちが食べてくれたのだろう。


いしや~きいも~。

ほっか~ ほっかの~

おいもだよ~


おいし~おいしい~

おいもだよ~。


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