第3話 淀川のひろがり

淀川は鴨川よりずうっと広くて、河川敷もひらけている。散歩したり、運動したり、フリスビーしたり…言葉にすると同じことをしていても、淀川と鴨川でしている様子はずいぶんとちがう。そんな淀川の橋を、440のキャデラックはずんずん進んでいく。よく待ち合わせに遅れてやってくる440のキャデラックが角からゆっくりまがってくる姿は、重低音のBGMをともなっていた。川のずっとむこうに見える空を眺めながら「空がきれいだなあ」とつぶやくと440は「おっ、そう感じるなら、まだこころに余裕があるってことだな」と言ってくれる。そうだ、440にはさっきから仕事の愚痴をきいてもらっていたのだった。たしかに、風景のきれいさを感じられるのであれば、まだ大丈夫だな、じぶん。

食事にいったり、映画にいったり、飲みにいったり、美術館めぐりをしたり。デートのしかたはひとそれぞれだし、つきあう相手によって内容はちがっていたけれど、440とのデートは徹頭徹尾、さいしょからさいごまで、待ち合わせ場所からラブホへ直行、帰りは最寄りの駅で降ろしてもらう。だった。待ち合わせの十三から車で15分ほど走ったラブホ街の「G」というラブホが440のいきつけでよく、むかって走る車からラブホに電話して受付のおばちゃんに部屋を確保してもらっといた。

440はときどき、待ち合わせの場所にあらわれず、電話もメールもつながらないことがあった。連絡がついて、「いまから飛んでいくから待っといて」と30分から1時間待たされるのはいいほうで、電話はつながらないようになっていてもちろんメールへの返信はなし、「もう終わりか」としくしく過ごしていると数週間たっておずおずと「男子たるもの、謝りません」といいつつ実質謝ってきて、そこは「男の事情」だそう。そんな十三での待ち合わせにむかっていたあるとき、人身事故により、とアナウンスが流れ、電車が動かず、次の駅にいくとかつてないほどのぎゅうぎゅう詰めの状態、立錐の地なしとはこのことか、しかし「遅れます」とメッセージをしても返信なしの嫌な予感。十三に着いたらなにやら焦げ臭く、いつも通りかかっているところが水浸しの灰と化していた。ブルーシートがかぶせてあるところをたくさんのひとが携帯で写真とっていて、ずいぶん下品なひとが多いなあと思った。その日は結局440は現れず連絡とれず、この火事で焼け死んでたらいいのに、と思ったけれどそうではなかったらしい。くだんの飲み屋街が通称「しょんべん横丁」と呼ばれていたのは後から知った。

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