あれは湖畔の集落を襲ったときだ。二十戸にも満たない小さな集落だった。あいつらのひとりが賭けをしようと言い出した。

 名前は知らない。あいつらは綽名で呼び合うからな。おれの本名もあいつらには知られていないはずだ。

 言い出したのは斑猫って呼ばれてるやつだった。てっきり骰子だとかそういうものだと思って、おれは賛成した。賭博は嫌いじゃないからな。その場にいる全員が乗ると言った。

 そしたら斑猫のやつは笑いながら目の前の民家に入っていった。あいつらの何人かも一緒だった。

 しばらく経つとそいつらは家から出てきた。全員が血まみれだった。斑猫が言った。外れだってな。

 おれは意味がわからなかった。あいつらの意味不明な行動はその後もしばらく続いた。そのたびにあいつらが浴びた返り血の量が増えていった。

 たしか五軒目か六軒目だったと思う。押し入った民家から斑猫が大声で呼ばわった。

 家の中に入っていくと、若い夫婦と年寄りがひとりいた。年寄りは滅多打ちにされていて男か女かもわからなかった。あれは間違いなく死んでいただろうな。若い夫婦の男の方も酷いやられようだった。きっとこいつも死んでいたはずだ。女の方は斑猫の手下に羽交締めにされて、今にも死にそうな様子で狂ったように泣き叫んでいた。斑猫は産まれたばかりの小さな赤ん坊を抱いていた。

 斑猫は片手で赤ん坊の両足を掴んで高く掲げると、女の悲鳴に負けないデカい声で叫んだ。口から出るか、尻から出るか。

 意味がわからずに立ち尽くしていると、周りのやつらが口だの尻だのと言い始めた。

 斑猫に訊かれて、おれは口と答えた。意味はわからなかったが、口と言っているやつの方が多かったから、とりあえず多い方に乗っかることにした。

 そこにいた全員の答えが決まると、斑猫が床に赤ん坊を仰向けに寝かせた。次に、あいつらのひとりがどこからか運んできた脚立を赤ん坊のすぐ隣に置いた。

 おれは脚立の天板に立つよう斑猫に言いつけられた。おれは言うとおりにした。

 天板から赤ん坊を見下ろしたとき、おれはようやくあいつらがやろうとしていることを——賭けの対象を理解した。

 おれはもっと早くに逃げるべきだった。賭けに乗る前に。あの家に入る前に。集落を襲撃する前に。

 おれは斑猫を見た。斑猫はにやにやしながら言った。口に賭けたやつ、有利だぞ。

 斑猫は楽しそうだった。他のやつらも同じだった。赤ん坊の母親には、おれも楽しそうに見えていたのかもしれない。

 おれは飛んだ。飛ぶつもりなんてなかった。でも、そうするしかなかった。そこで飛ばなかったら、次はおれがはらわたをぶち撒ける羽目になっていたかもしれないんだからな。それが口からか尻の穴からかはわからないが。

 赤ん坊のやわらかい腹の感触は今も足の裏に残ってるよ。忘れたくても忘れられないんだ。皮膚が破れるほど強く擦っても、松明で焼いても無駄だった。

 なあ、あんた。この感触はどうすれば消えると思う?

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