第2話 過保護な仲間たちと王宮からの呼び出し


「アレンさん、寝返りを打った回数が27回です」


 リリィの声で目が覚めた。


(本当に一晩中数えてたのか...!)


 朝日が窓から差し込む中、俺は寝不足でぼんやりとしていた。


「おはようございます、アレンさん」


 リリィが爽やかな笑顔で挨拶してくる。


 徹夜したはずなのに、なぜかとても元気そうだ。


「ああ、おはよう...」


「顔色が優れませんね。やはり昨夜はお疲れだったのでしょう」


(君が一晩中見てたからだよ...)


「朝食の準備をいたしますね。アレンさん専用の特別メニューです」


「え、でも食堂で...」


「だめです」


 リリィの声が、一瞬だけ低くなった。


「アレンさんの健康管理は、私にお任せください」


 そして再び、いつもの優しい笑顔に戻る。


(怖い怖い怖い!)


 コンコンコン


 扉をノックする音が聞こえた。


「アレン、朝」


 レンの声だった。


 扉を開けると、無表情のレンが立っている。


 手には何かの包みを持っていた。


「これ、アレン用」


 レンが包みを差し出してくる。


「手作りクッキー。夜中に作った」


(夜中に?!)


「ありがとう、レン。でも夜中はちゃんと寝ないと...」


「アレンのためなら、眠らなくても平気」


 レンがきっぱりと言った。


 その目が、まっすぐ俺を見つめる。


「それより、アレン。体調は?」


「ああ、特に問題ないよ」


「嘘。顔色悪い。目の下にクマ。明らかに寝不足」


(するどい...)


「誰かいた?部屋に、誰かいた?」


 レンの目が、鋭くなった。


「あ、ああ...リリィが心配して...」


「やっぱり」


 レンが小さくため息をついた。


「今度からは私が守る。アレンの睡眠を、私が守る」


(それもそれで怖いよ!)


「おはようございます、アレンさん!」


 突然、廊下からリリィの声が聞こえた。


 朝食を載せたトレイを持って、こちらに向かってくる。


「あら、レンさんもいらっしゃったのですね」


 リリィがにっこりと微笑む。


 でも、その笑顔が少し怖い。


「...おはよう、リリィ」


「私も朝食をご用意いたしました。栄養バランス完璧です」


「こんなに食べ切れないぞ」


「だめです。全部召し上がってください」


「全部、食べて」


 今度はレンも同調した。


「手作りクッキーも、食べて」


(二人がかりで来た...)


「よっ、アレン!おはよう!」


 カイが元気よく現れた。


「今日もいい天気だな!朝の訓練でもするか?」


「訓練?」


「ああ、アレンの体力づくりのためにさ。俺がしっかりサポートしてやるから!」


(みんな、なんでこんなに俺の心配を...)


「おはよう、みなさん」


 突然、廊下の向こうからノアが現れた。


「アレン、昨夜の睡眠時間は?」


 ノアがいきなり本題に入った。


「えーっと...2時間くらいかな」


「2時間?!それは完全に睡眠不足よ。このままでは健康に重大な影響が出るわ」


「今夜からは私が睡眠環境を整えてあげるわ」


 ノアが自信満々に宣言した。


「最適な室温、湿度、照明を調整して、完璧な睡眠を提供するわ」


(それはそれで眠れなさそう...)


「でも、私がアレンさんを見守らないと...」


 リリィが不安そうに言った。


「見守りは必要ないわ。私の方法で十分よ」


「いえ、やはり人の目による確認が...」


「私のやり方の方が確実よ」


「でも愛情込めた見守りの方が...」


「愛情だけでは解決できないのよ」


 リリィとノアが言い合いを始めた。


「よし!じゃあ俺が解決してやる!」


 カイが大声で言った。


「俺がアレンの部屋の前で一晩中見張ってれば、誰も入れないし、アレンも安心して眠れるだろ?」


「...私も、見張る」


 レンも参加を表明した。


「アレンを守るのは、私の役目」


「でも、それじゃあみんなが徹夜になってしまう」


「アレンのためなら、徹夜も平気」


「俺もだ!」


「私もです」


「私は最適な方法を考えるわ」


(おいおい、なんか大変なことになってきた...)


 俺は頭を抱えた。


 そのとき、廊下の向こうから上品な足音が聞こえてきた。


「あら、皆さんお揃いですのね」


 振り返ると、美しいドレスを着た金髪の女性が立っていた。


 ヴィオレッタ王女だった。


「王女殿下...」


 俺たちは慌てて礼をした。


「アレン様、昨夜はごゆっくりお休みになれましたか?」


 ヴィオレッタが微笑みかけてくる。


 その笑顔は美しいが、どこか意味深だった。


「は、はい...おかげさまで」


(全然休めなかったけど...)


「それは良うございました。ところで、少しお話があるのですが...」


 ヴィオレッタが俺を見つめる。


「王宮にて、父から直々にお話がございます」


(王から?)


(原作では、この時期に王から密命が下る展開があったはず)


(確か『魔王軍残党討伐』の名目で、実は王国の陰謀の始まりだった)


(でも今回は魔王を完全に倒したし、時系列も違う...)


(まさか、別の陰謀が動いてるのか?)


 俺の背筋に緊張が走った。


「分かりました。朝食が終わり次第、伺います」


「ありがとうございます。それでは、お待ちしております」


 ヴィオレッタが去っていく。


 その後ろ姿を見送りながら、俺は考えた。


(原作通りなら、ここで『辺境の魔物討伐』という建前の任務が来るはず)


(でも実際は王国が俺たちを始末するための罠だった)


(今回は状況が違うけど...油断は禁物だな)


(いよいよ来たか...)


(でも、今度はみんなが生きてる)


(絶対に、同じ悲劇は繰り返させない)


「大丈夫?アレン」


 カイが不安そうに聞く。


「王宮からのお呼び出しなんて...」


 リリィも心配している。


「...危険な匂いがする」


 レンが呟いた。


「どう考えても、急な呼び出しは良くない兆候ね」


 ノアも眉をひそめている。


(みんな、俺を心配してくれてる...)


 でも、その心配の仕方が、どこか重い。


「大丈夫だ。たぶん感謝状か何かだろう」


 俺は軽く答えた。


 でも、みんなの表情は晴れなかった。


「じゃあ、朝食を済ませて行ってくる」


「私も一緒に行きます」


 リリィが即座に言った。


「私もよ」


「俺もだ」


「...当然、私も」


 みんなが口を揃えて言った。


「いや、王宮への用事は一人で十分だ」


「だめです」


「アレンさんだけでは心配です」


「どう考えても、一人は危険よ」


「何かあったら俺が守ってやらないと」


「...アレン、守る」


(うわあ、またみんなで来る気だ...)


 俺は頭を抱えた。


 でも、一つだけ確信していることがある。


 今度こそ、絶対にみんなを守り抜く。


 たとえ彼らが俺を守りすぎて困らせても、それはきっと幸せな悩みなのだろう。


 俺は朝食に手をつけた。


 リリィが用意してくれた豪華な朝食と、レンの手作りクッキー。


 どちらも愛情がこもっていて、とても美味しかった。


 ただ、量が多すぎて、全部食べるのは一苦労だったけれど。


 ---


 王宮への道中、俺はふと思った。


(俺のステータスを確認してみよう)


【アレン・クロウフォード】

 レベル:45

 HP:2840/3200

 MP:1680/2150

 スキル:『仲間強化』『守護者の加護』


(仲間強化スキル?こんなのあったっけ?)


(もしかして、ループの影響で何かが...)


 だが、そんな疑問も王宮の扉が開かれた瞬間に吹き飛んだ。


 玉座に座っていたのは——


「久しぶりだな、『勇者』アレン」


 前世で俺を裏切った、あの男だった。

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