数え切れないループの果てに魔王を倒したら、仲間が重い。どういうこと?

ざきる

第1話 祝祭の違和感と決意

王都の大広間は、色とりどりの装飾と歓声に包まれていた。


魔王討伐を祝う祝勝会。貴族たちが豪華な衣装に身を包み、乾杯の音が響く華やかな夜だ。


祝勝会の上座で、美しい金髪の王女が俺たちを見つめていた。ヴィオレッタ王女。その微笑みは美しいが、どこか計算高さを感じる。


(原作では確か...いや、まだ警戒は早いか)


(とりあえず今は平和そうに見える。でも油断は禁物だな)


俺――アレン・クロウフォードは内心でそんなことを思いながら、無表情で杯を傾けた。


表情筋が麻痺してるせいで、何を考えてても顔には出ない。まあ、元々感情表現が苦手な俺には案外都合がいいのかもしれない。おかげで天然な中身がバレずに、クールな美青年を演じられてるし。


「アレンさん、お疲れ様です」


突然、プラチナブロンドの美少女が俺の隣に座った。リリィ・アルテミス。前世でプレイした時から大好きだった聖女の子だ。優しくて、献身的で、どんな時でもみんなのことを想ってくれる。そんな彼女を救うために、俺は...


「お体の調子はいかがですか? 顔色が少し青いような...」


(近い近い!なんでそんなに距離が近いの?前まで普通だったじゃん!)


内心で慌てながらも、俺は淡々と答える。


「ああ、特に問題はない」


「そうですか?でも念のため...」


リリィは俺の額に手を当てて体温を確認し始めた。


(うわあああ!距離近すぎる!なんか原作と違くない?!)


原作ゲーム『ロスト・レクイエム』では、リリィはもっと控えめで距離感のある子だったはずなのに。


「アレン、お疲れ様」


今度は向かい側に、黒髪赤眼の美少女ノア・クリムゾンが座った。ゲームでは高飛車だけど実は寂しがり屋で、照れると真っ赤になる可愛い魔術師だった。頭が良すぎて周りから浮いてしまう彼女を、俺はいつも応援していたんだ。


「私の計算によると、あなたの疲労度は87.3%よ。最適な休息パターンを算出したから、後で教えてあげる」


(え、なにその細かい数字!怖い!)


でも口に出すのは。


「そうか、ありがとう」


「ふふ、当然よ。あなたのためなら何でも計算してあげる」


ノアの微笑みがなんだか怖い。原作では、もっとツンツンしてて素直じゃない子だったのに。


「...アレン」


無表情の青髪少女、レン・ナイトクロークが俺の袖を引っ張った。ゲームでは無口だけど、たまに見せる小さな笑顔が最高に可愛かった盗賊の女の子。不器用だけど一生懸命で、みんなを陰から支えてくれる健気な子だった。


「顔色、悪い。ちゃんと食べて」


そう言って、自分のお皿から一番おいしそうな肉を俺の皿に移してくれる。


(レンちゃん優しい...ほろり)


「ありがとう、レン」


「...うん」


レンの耳がほんのり赤くなった。可愛い。


「おーい、アレン!俺も混ぜろよー」


茶髪の青年カイ・ライカードが、どこからともなく現れて俺の隣に座る。みんなのお兄さん的存在の戦士で、いつも明るくて頼りになる。ゲームでも現実でも、彼がいるだけで場の雰囲気が和む、そんな大切な仲間だった。


「今日もお疲れ様!魔王討伐の後もみんなで一緒にいられて最高だな!」


「うん、みんなで一緒...」


そう、俺たちは魔王を倒した。数え切れないループの果てに、ついに。


でも、なんか違和感がある。


そういえば、魔王討伐の時にちょっとドジっちまったんだよな。


魔王が最後の『魂喰らいの呪詛』を放ってきた時、通常なら俺の聖剣で完全に打ち消せるはずだったんだ。


でも、『あ、リリィが危ない!』って一瞬だけ注意がそれちゃって...


呪詛を70%は防いだんだけど、残り30%が体に染み込んじゃった。


おかげで生命力の最大値が下がって、全力出すとすぐバテるようになったし、体調も崩すようになったけど、仲間が全員無事だったから、これくらいなんの問題もないよな。


原作では――


ふと、あの時の記憶がフラッシュバックした。


血まみれの仲間たち。力尽きて倒れるリリィ。最後まで俺を守ろうとするノア。息絶える直前まで敵を牽制するレン。俺を庇って致命傷を負うカイ。


『アレン...みんなを...頼む...』


カイの最期の言葉。


そして一人ぼっちになった俺は、悲しみと絶望で心を壊し、いつの間にか2代目魔王になっていた。


王国の陰謀だった。魔王を作って倒すマッチポンプ政治。そして俺を討伐しに来る原作主人公。


『もう終わりだ、アレン・クロウフォード』


あの剣が胸を貫く瞬間の痛みまで思い出せる。


(300回...いや、それ以上かもしれない。途中から数える気力もなくした)


(リリィが俺を庇って息絶える瞬間を何度見たかもわからない)


(ノアが最後の魔法で俺を守って消える光景を何度も何度も)


(レンが「アレン...」と呟いて力尽きるのを数え切れないほど)


(カイが俺の名前を呼びながら倒れるのを、もう何回見たことか)


(そんな悲劇は、絶対に二度と起こさせない)


気がついたらこの世界に転生していて、彼らを救うことができるかもしれないと知った時、俺は心から嬉しかった。

だから数え切れないループを経験しても、心が折れることはなかった。

そしてついに…全員揃って魔王を倒すことができた。

本当に嬉しすぎる。今日だけは心から祝勝会を楽しめそうだ。

そして──今度こそみんなで幸せになるんだ。


「でも...」


俺は改めて仲間たちを見回した。


みんな原作より俺に対して積極的で、距離が近くて、なんだか怖いくらい優しい。


(原作と違いすぎる。何かが変わってるのかな?)


(確か原作では、この祝勝会の後に王から密命が下るはず)


(魔王軍残党討伐の名目で、実は陰謀の序章)


(でも今のところ、そんな気配はないし...)


(時系列が変わったのかな?それとも俺の行動で何かが...?)


「アレンさん?どうかなさいましたか?」


リリィが心配そうに覗き込んでくる。


「いや、何でもない」


「本当ですか?でしたら、今夜は私がお部屋で看病させていただきますね」


「え?!いやいや、それは...」


「私も行くわ。アレンの最適睡眠環境を整えてあげる」


ノアも立ち上がる。


「...わたしも。アレンの隣で寝る」


レンが無表情で宣言した。


「よし!みんなでアレンの部屋で雑魚寝だな!」


カイまで乗り気だ。


(ちょっと待てーい!)


内心で絶叫しながらも、俺は冷静を装う。


「一人で大丈夫だ。心配は要らない」


「だめですっ!アレンさんを一人にはできません!」


リリィが強い口調で言った。


「データ的に、アレンの一人行動は危険よ」


ノアも頷く。


「...アレン、守る」


レンの目が真剣だ。


「俺がついてないと何かあったら大変だからな!」


カイも譲らない。


(うわー、みんな優しいけど...なんか怖い!)


でも、この優しさは嬉しい。原作では最終的にみんな死んでしまったから。


「分かった。だが今日は本当に疲れているんだ。一人でゆっくり休ませてくれ」


「...わかりました。でも、何かあったらすぐに呼んでくださいね」


リリィがようやく頷いた。


「明日からは24時間体制で健康管理よ」


「...見張ってる」


「俺も協力するぞ!」


みんなの協力的な笑顔が、なんだか怖い。


祝勝会が終わり、俺は自分の部屋に向かった。


廊下を歩きながら考える。


(とりあえずみんな死ななかったから、成功だよな?)


(でも何かが原作と違う。仲間たちの様子が...うーん...それだけ俺の頑張りが絆を深めたってことかな)


部屋の扉を開けようとした時だった。


「アレンさん、お帰りなさい」


振り返ると、誰もいない。


でも確かに聞こえた。リリィの声が。


(え?)


廊下には誰もいない。でも、どこからか視線を感じる。


(まさか...)


背筋に寒気が走った。


俺は急いで部屋に入り、扉に鍵をかけた。


部屋の中を見回すと――


「お帰りなさい、アレンさん」


リリィが、ベッドの端にちょこんと座っていた。


「リ、リリィ?どうしてここに...」


「アレンさんが心配で」


リリィが当然のように答える。


「そ、そうか...あ、ありがとう...?」


「はい。当然です。アレンさんが戻られるまで、お待ちしてました」


(待ってたって...どのくらい?)


「それより、アレンさん。お疲れのご様子ですね」


リリィが立ち上がり、俺に近づいてくる。


「いや、別に疲れてはいないけど...」


「そんなことありません。私には分かります」


リリィの瞳が、まっすぐ俺を見つめる。


「これからは、もっと気をつけて見ていますね」


(見ていますねって...)


窓の外を見ると、影がひとつ、建物の屋根に消えていくのが見えた。


(おいおい嘘だろ...まだ他にもいるのか?)


「アレンさん?」


リリィが小首を傾げて俺を見上げている。


「いや、なんでもない。ところで...戻らないのか?」


「いえ、せっかくですから朝までご一緒します」


「......頼むから一人にしてくれないか?」


「いえ、せっかくですから朝までご一緒します」


「いや...あの「せっかくですから、朝まで、ご一緒、します」わ、わかった」


何がせっかくなのかわからずじまいだったが、結局リリィがいるまま朝を迎えることになった。


彼女は一晩中、俺の様子を心配そうに見守っていて、俺が寝返りを打つたびに「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。


優しいんだけど...なんか、眠れなかった。


そして今、窓から差し込む朝日を浴びながら、俺は改めて思う。


原作での一番の悲劇は回避できた。でも、これから始まる日々は、きっと予想がつかないことも多くあるだろう。


油断はしないけど、今回はみんなが無事なことをとりあえず喜ぼうと思う。

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