黒炎のヴァンパイア
「さあ、喋ってないで逃げるぞ!」
鋭い声に背中を押された瞬間、銃声のような乾いた音が背後で鳴り響いた。
「バーン!」
振り返ると、和也が壁際に崩れ落ちている。身体の一部は瓦礫に埋もれ、動く気配はない。
その前に立っていたのは、白い制服に青いラインが走る、いかにも精鋭然とした人物。手には雷光を帯びた剣を携えている。――それは、魔剣騎士の制式装備だった。
「僕の名はライト・サンダム。以後、お見知りおきを――和也くんはこちらで預からせてもらう。そして、君には今から同行してもらう」
「なぜ……?」
口にした瞬間、妙な汗がこめかみを伝った。
ライトは冷たくも理路整然と告げる。
「君は、和也くんが変化した瞬間を目撃していた。そして、おそらくその引き金となった存在だ。詳しく話を聞かせてもらおうか」
「……わかった」
僕は唾を飲み込み、少し震える声で答えた。
そのとき、背後から星乃の声がした。
「私も……行ってもいいですか?」
彼女は真剣な瞳を向けていたが、その目にはかすかに怯えの色も混じっていた。
「君に用事はないよ」
ライトは冷たく言い放つ。しかし、星乃の桃色の瞳がわずかに潤み、なおも訴える。
「でも私は……クリムゾンに会ったことがあります。そして知りたいのです。和也くんが、なぜああなってしまったのかを」
「……えっ」
その言葉に、思わず声が漏れた。俺は慌てて口をつぐみ、星乃を睨みつけた。だが彼女は動じず、まっすぐライトを見つめている。
ライトは「クリムゾン」の名に反応し、数瞬の沈黙ののち、口を開いた。
「……うん。わかった。君も来てくれ」
和也は特別仕様のトラックに乗せられ、俺たちは魔剣騎士の黒塗りの車両に収容された。
---
数十分の沈黙のあと、車は大型ショッピングモール「TEONテオン」の地下駐車場で静かに停止した。
ライトは車外に出ると、「ついてこい」と短く言い、隅にある目立たぬガレージ扉の前に立つ。顔写真入りの身分証カードを装置にかざすと、「ガラガラ……」という機械音とともに扉が上方に開いていく。
その先には、黒よりも深い暗がりが口を開けていた。階段が、地下へと続いている。
ライトは壁に掛かっていた古風なランプを手に取り、無言で階段を下りはじめた。
星乃は震える足で俺を見たが、僕はそれを無視し、ポケットに手を突っ込んでゆっくりと階段へと踏み出す。その様子を追うように、星乃も扉をくぐった。背後でガレージ扉が再び「ガラガラ……」と閉じる音が響いた。
やがて、ライトの声が静寂を破る。
「この先で、Dr.カイン様がお待ちだ」
「Dr.カイン……?」
「魔人や魔族の研究をしておられる御方だ」
目を向けられたわけでもないのに、僕はその言葉の重みと敬意のこもった空気に息を飲む。
「和也くんも、そこにいる」
「和也くんは無事なんですか?」
星乃が心配そうに尋ねた。ライトは振り返り、少年のような笑顔を浮かべて言う。
「無事だよ」
――どうやら、女には優しいらしい。その言葉に星乃がほっと息をついたのを見て、僕も何も言わないことにした。
やがて階段の終わりが見え、僕たちは異様な空間に足を踏み入れた。
両側には、緑色の液体に満たされた円柱のガラス容器が並び、そこには人と魔人のキメラのような存在が浸されている。
星乃は思わず口元を両手で押さえ、息を呑んでいた。
さらに進むと、一つの容器の前に白衣をまとった老人が立っていた。背は低く、白髭を蓄え、目を輝かせてこちらを振り向く。
「よく来たな!暁月くん、星乃くん。私はDr.カインだ!」
「はあ……」と僕は気の抜けたような声で返し、軽く会釈した。星乃は丁寧に「初めまして」と頭を下げる。
カインは星乃をじろじろと見て、下卑た笑みを浮かべながら言った。
「嬢ちゃん、いい身体してるねぇ〜」
その言葉に、星乃は顔を引きつらせた。
ライトが咳払いし、カインは苦笑いを浮かべながら「すまんすまん」と軽く頭を下げた。
「木村くんが目を覚ますまで、こっちで話をしよう」
案内された先の扉をくぐると、そこは先ほどの研究所とは一転し、明るく整った応接室だった。ソファが二つ向かい合わせに置かれ、間にあるテーブルには、上等な紅茶が湯気を立てていた。
「まずは――クリムゾンについて知っていることを、教えてもらおうか」
星乃が静かに語りはじめた。
「三人組の男に襲われていた時、彼に助けられました。正体を問うと、『関わるな』とだけ言い残して、立ち去りました」
「そうか。……ちなみに、その正体に心当たりは?」
その瞬間、僕の心臓が跳ね上がった。だが星乃は、まるで機械のように冷静に答えた。
「ありません」
「あるなら教えてくれ。金ならいくらでも出そう」
「本当に……ありません」
まったく、意外だった。僕はこの瞬間、すべてが暴かれると覚悟していた。だが彼女は、金で僕を売り渡すような真似はしなかった。
カインは「そうか」とだけつぶやき、やがて語り始めた。
「……2000年前、とある吸血鬼がいた。人の血を武器に変え、村を襲い、やがて魔族と契約して戦った。
勝ち続けたその男は、ついに悪魔との契約を目指した。
代償は、一万人の命。
――そして彼は敗れ、日光に焼かれ滅びた。だが、やがて人々はその男をこう呼ぶようになった……『黒炎のヴァンパイア』と」
僕はぽつりと問いかけた。
「……そして、その転生体がクリムゾン、というわけですか?」
「おそらく、な」
だが僕の前世の記憶は確かに日本のものだ。――何かが、おかしい。
「それより、どうやって木村くんから逃げ切れた?あの時点で彼は、ほとんど魔族だった」
「……必死に走って、逃げたんです」
感情を押し殺して答える。
「では次に、木村くんについて話をしよう。彼は現在、半ば魔族の状態だ」
「魔族は、人間の身体に受肉することで生まれるんですよね?」
「その通り。ただし、契約という代償が必要だ。願いを一つ叶える代わりに、肉体を差し出す」
「つまり、和也は……自分の意志で、魔族になったっていうのか?」
俺の声が震えた。カインは、小さく頷く。
「なぜ、そんな契約を……?」
「それは、本人に訊くしかない」
俺は顔を伏せ、ソファに体を預けた。次の瞬間、左肩に柔らかい重みと、甘ったるい香りが落ちてきた。目をやると――星乃が、気を失っていた。
黒炎の魔剣士、因縁を断つ 福田 那留 @fukunaru
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