第2話

 「じゃ、中の部屋で待ってるね。」

 そう言い残し、脱衣所のドアを閉めてくれた小染。


 スリッパの靴音がどんどん弱まり、俺は大きく息を吐きながら服を脱ぎ、シャワールームへと入っていく。

 水流の床にぶつかる音が狭まる空間を詰め込み、湯気ゆげで曇り上がった鏡に集まる俺の視線。

 相対的にも少しはっきりと顔が映る角度を見つけるのに努めて。


 何でだろう。

 自分の18歳の顔を見つめながら、頭の中で考えていることは。

 昔、子供であった自分の顔はどのようなものだったか、と。

 まぁ、いくら考えても、もう思い出せないものだが。


 俺はまた視線を自分の下半身へ動かし、その今の気持ちと同じように浮いているであろうものに止まる。

 嗚呼ああ、俺は果たして。

 幻想だけで意識が飛んでいくほど情けないガキから、真実の体験を手に入れ、純粋をポイ捨てした大人になっていたのか。


 なんだか感覚が体についていけないように、ある彷徨は身を包む。

 

 そんなもじもじとした思いだった一方、動作のほうでは俺は素早くもきちんと体の隅々を洗い終えた。

 水滴まみれの皮膚を拭いてかわかした後バスタオルを腰に巻き、氤氳の満ちた空間を出る。


 ソファの上には、スリップドレスがあった。小染の着ていたやつ。

 一秒こびりついたら、左側に寝室とここを隔てた引き戸を開ける。


 中には、明かりがナイトテーブルの上に置いてあるベッドランプしか点いておらず。

 「おか〜えり。」

 ベッドの枕元に近い片側で座っていた小染は立ち上がるとこっちへ寄り、最後はほぼ縋り付くように。


 カーディガンは羽織ったまま、内に至っては、皮膚と潔白さで咲き競う下着。

 単なる面積の小さい布切れのタイプである三角ブラと紐パン。

 縁飾りのあるほうよりエロい、と愚見している。


 「裕司くんこんなの好きでしょ。セクシーな下着とアウターっていうコーデ。」

 得意げに言いながら手で俺の胸元に手を添えてきた小染。


 「まだ覚えているか。」

 俺は密かに喜ぶかのような口調で認め、躊躇せずに返しとして相手の腰に手をかける。


 「ふふん、こっちはもう巨大なるデータベースがあるんだから。」

 ちなみに俺の性癖に関する情報を握っているのは、前回セックスした後、彼女が俺の弄っていたスマホを勝手に奪い取ったからなのだ。


 結果として、アルバムに保存してあったエロ画像やR18イラストなど、SNSでフォローしている女性インフルエンサーは、漏れなく把握されていた。

 あの時彼女の見てお仕置きせずにいられぬほどの表情、はっきり覚えている。

 くそ。

 

 「いや、もし好きじゃないなら別に着なくて構わないさ。」


 「大丈夫だよ。裕司くん仲良しの客さんだから、精一杯満足したげたいの。」


 「そう思ってくれても嬉しいけどな。性癖に刺さるコーデよりやっぱ俺、小染が一番セックスを楽しめる状態でいてほしいよ。じゃないと本末転倒だ。」


 「っ」怪訝そうな顔になった小染。

 すぐ悪戯っぽいのに戻っていったけれど。


 「ふーん、なるほど。そう思ってたんだ。裕司くん意外と思い遣りあるね。でも本当に大丈夫だよ、なんせ私もちょっと新鮮な気持ち出るし。」


 「意外とってのは余計だ...まぁ小染がそう言うならひと安心したんだけど。」


 実は、思い遣りなんて全くそうでなく、ちょうど俺の求めている快感がそこにあっただけだった。


 まぁでも、そう言われてきたら受け入れていい。小染がこう言ったのは本音か建前かもわかりやしないし。


 たまに窓外から、通りすがりの人々の談笑や電車のきしみはかすかに聞こえてくる。

 耳の集中力が短く切れたその時。


 「裕司くん、今はまだかっこいいこと言えるんだけど。」

 急に、小染は俺の上半身を押して、ベッドに座らせながら、膝の上に跨ってきた。


 「なに。」


 近い距離で、星空というよりデルフィニュウムに近い瞳があった。

 ベッドランプの発したか弱いオレンジ色の光がその伏せたまつげを貫き、デルフィニュウムの表に刻み込まれる。


 「ね裕司くん、自覚ある?裕司くんってベッドで状態に入ったらめっちゃ強気になるんだよ。」


 「は、そんなことあるか。」


 「自覚ないか〜裕司くん、強気どころかオラオラだよ?それでも私に一番楽しめる状態でいてほしいって言えるの?」


 「ふん。」そこまで、俺は軽く笑い出す。


 「どしたん?答えてよ──ひゃっ」


 まだ追い詰める気であった小染を、俺は逆に押し倒して。

 「小染。」


 「あれ、もしかして怒った?」

 笑みの中にようやく動揺の少し滲んだ小染。


 「別に。ただ俺からしたら、強気になったほうこそが小染にとっての思い遣りじゃないか。」


 「へ〜...それはまたどうして?──んっ、ちょっと。」


 素直になろうとしない小染。

 対して俺は自分の手を彼女の腹部に置き、ひいては下へ動かし、紐パンの中へと滑り込ませていく。


 うわぁー、めっちゃ濡れてんじゃないかこれ。


 そして程よく、少しだけ力強く。


 正直熟練だと全然言えまい。幸い本能というものがあり、下手くそなのを避けられた。

 

 「自分もわかってるはずなんだけど。」

 言いながら俺は指を活かし始める。

 「強気で攻められたら一層興奮するって。乱暴なの好きだろ。」


 「なっ......ふ、しまった〜弱点掴まれちゃった♡」


 「これで十分な思い遣りじゃないか。」


 「んっ......も〜、裕司くんって、ふ、ぁ......本当に、童貞卒業したばかりなの?ん、はぁん......2回目なのに、ぁ、こんな上手......あ〜ん」


 「そりゃまごうことなき、本当だが。」

 たぶんこれは俺の屈指の才能がまた一つ増えたってことかな。


 一旦手の動きを止める。残っていたのは小さく口を開き、微々たる喘ぎ声を漏らしている小染。

 その物足りない目つきを読み取ると、血液の騒ぎは徹底的に全開し、俺はほぼ無意識のうちにバスタオルをほどき、やたらとそばに捨てる。


 「さっきまでずっと小染に揶揄われてたんで、今から俺の番だよ。」


 「は〜、ふ......んじゃ、一つお願いしてもいい?」


 「っ、なに。」

 小染のやつ。おねだりしながら俺のを握りやがって。


 「もうすぐ行っちゃう時になったら、名前呼んで?一番楽しめる状態のため。」


 「......」

 俺は小染のクミンみたいな唇を見入り、答えを口に出さなかった。

 代わりに行動に努め、身を乗り出す。

 

 あの時の俺、小染を本当の風俗嬢だと思い込んだ俺は、ただこんな触れ合いが、こんな俺にとっては負担のない関係が長く続いてほしかったのだ。



 

 


 

 



 


 


 


 


 

 


 

 


 

 



 

 


 


 

 

 

 




 

 

 


 




 

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