最後の約束

@zinbeityan

最後の約束

秋風が肌を冷やし、街は紅葉に包まれていた。


リナは病院の窓から外を眺めていた。16歳の少女が抱える病は、白血病という名の恐ろしい病だった。


突然告げられたその病名に、最初は信じられなかった。


だが、現実はあまりにも残酷で、リナは次第に体力を失い、日常の中で少しずつ弱っていった。


髪の毛が抜け、顔色が青白くなり、何もかもが変わっていく中で、彼女にはただ一つ、強く願っていることがあった。




「私が死んでも、弟のユウが元気でいてほしい。」




ユウは14歳、リナの2つ年下の弟だ。


姉として、幼い頃からユウを守り育ててきた。


ユウが元気で、笑顔でい続けることがリナにとって何より大切だった。


もし自分がこの先、死んでしまったとしても、ユウが無事に、幸せに生きていてほしい。


その思いが、リナの胸を占めていた。




「私がいなくても、ユウが元気でいれば、それが一番幸せだ。」




リナはそう心の中で繰り返しながら、日々を過ごしていた。






ユウは毎日のように病院に顔を出し、リナを元気づけようとした。


彼の明るい笑顔と無邪気な言葉が、リナに少しでも元気を与えてくれる唯一のものだった。




「姉ちゃん、今日はこれ持ってきたよ!」




ユウはリナの病室に入ると、嬉しそうに漫画の袋を差し出した。




リナはそれを受け取ると、微笑んだ。




「ありがとう。でも、もう読む元気ないよ…」


「そんなこと言わないで! きっと読んだら元気出るよ!」




ユウは必死にリナを笑わせようとして、その場を和ませた。




リナはその姿を見ながら、心の中で少しだけ泣きたくなるのを感じていた。


ユウの明るさに支えられていることを実感しながら、彼の笑顔が何より大切だと改めて思う。




「ユウ、お願い。私がいなくても、元気でいてね。」




その一言を、リナはユウに伝えた。


ユウは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻すと、大きな声で答えた。




「もちろんだよ! 心配しなくても、俺は大丈夫だよ!」




リナはその言葉を胸に、安堵感を覚えながらも、どこかで不安を感じていた。


彼女の体調は日々悪化していたが、ユウにはそのことをあまり見せたくなかった。


姉として、ユウに弱いところを見せるのが嫌だった。






数週間後、リナの体調はさらに悪化していった。


食事もほとんど取れず、薬を飲んでも体力が戻ることはなかった。


彼女は心の中で、ただただユウのことを思い続けた。




「もし私が先に死んだとしても、、ユウが元気でいてくれれば…」


その思いは自身の死の実感と共に日に日に強くなり、リナはできる限りユウに負担をかけないように振る舞った。




だが、ある日、病室の扉が開き、母親が駆け込んできた。その表情は明らかにおかしかった。




「母さん、どうしたの?」




リナが心配そうに声をかけると、母は焦りと恐怖を浮かべた目で言った。




「ユウが…事故にあった。」




その言葉がリナの耳に届いた瞬間、胸が締め付けられるような痛みが走った。




「事故…?」




母親はその後、詳細を伝えようとしたが、リナはそれを聞くことができなかった。


彼女の頭はぐるぐると混乱し、視界がぼやける。


ユウが事故にあった? それが本当なら、彼は今、どこにいるのだろうか。




「ユウは…無事なの?」




リナが必死に尋ねると、母は言葉を濁した。




「まだ分からない。だけど、事故はかなりひどかったって…。」




リナの心はただ、ユウのことだけを考えた。彼が無事でいてくれることを、ただひたすらに祈るしかなかった。






その夜、リナはついに耐えきれず、体力が限界に達したことを感じていた。息が苦しく、身体の隅々が痛み出した。


目の前がぼんやりとして、眠気が襲ってきたとき、病室の扉が静かに開いた。


そこに立っていたのは、リナが最も心配していたユウだった。


彼の顔には傷がいくつかあったが、それでもユウは無事だった。




「ユウ…!」




リナは驚いて声を上げ、目を見開く。


ユウは無言で近づき、リナの手を取った。




「姉ちゃん、大丈夫だよ。俺、無事だった。」




リナはその言葉を聞いた瞬間、涙を流さずにはいられなかった。


ユウは無事だった。


そのことだけが、彼女にとって何よりも大きな安堵だった。




「ユウ、よかった…」




リナは弱々しく微笑んだ。ユウはその手をしっかりと握り返し、リナの肩に寄り添うように座った。




「姉ちゃん、もう大丈夫だよ。」




ユウは優しく言った。その言葉に、リナは心から安心した。


だが、安心した瞬間、リナの体は無理をしていたことを告げるように、静かに力を失っていった。


ユウがそばにいることを確認した後、リナはそのまま静かに息を引き取った。






リナが亡くなった後、ユウはひとり、姉の遺影を見つめながら、静かに涙を流していた。


リナの死は、彼にとって予想を超えるほど大きな衝撃だった。


だが、その死を受け入れることで、ユウは心に一つの約束を固く誓った。




「姉ちゃん、俺、元気で生きるよ。」




ユウは静かにそうつぶやいた。


姉が最後に伝えた「元気でいてね」という言葉を胸に、ユウはこれからの自分を生きる力に変える決意を固めた。


彼は姉が望んだ通り、元気で生きることを誓い、彼女との約束を守り続けるために、毎日を懸命に生きるようになった。




そして、ユウは知っていた。姉は、どんなに遠くにいても、きっと自分を見守り続けているのだと。


だからこそ、彼は歩み続けるのだ。

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