第3話 赤いヒーロー

「お、佐神さがみ君のご登校でございまぁす。よぉ、待ってたんだぜぇ?」

 玄関で待ち伏せていたいじめっ子、高橋。僕はすぐに肩に腕を回されそのまま教室じゃないどこかへ連行される。

「俺さぁ携帯無くしちまって、今むしゃくしゃしてっからさぁ……お前に欲しいんだ」

 ゾクッとする、慰めるなんて言い方を毎回するこいつは僕を殴る事で慰められると言ったり先輩に僕を襲わせたりする。抵抗する様子を見たり泣き叫ぶのがこいつにとっての、慰めだ。

「(嫌だ嫌だ……来てそうそう何でこんな、嫌だよ、アイト……)」

 僕はポケットにある携帯をぎゅっと握った。なぜだか分からないけど直感だ、こうすればアイトが助けてくれるような気がしたんだ。登校の時、助けてくれたみたいにきっと今回も……。

「あ、お前何してんだ? 出せこら!!」

「あ、ちょ、ちょっと!」

 いじめっ子が僕の携帯を取り上げる、「ふーん、いい携帯だ」と言いながらニヤッと笑った。

「暫くお前の携帯借りるぞ、俺の携帯新しく買うまでな」

「こ、困るよ! そんなの、返して」

「あ? 誰に物言ってんだこのっ!!」

──ドカッ!

 思い切り蹴飛ばされ吹っ飛ぶ。近くにあった自販機に背中が当たり鈍い痛みが走った。僕の携帯を触り始めるいじめっ子……助けてよ、アイト……。

「……え、な、何だよ、これ……」

(真樹の信号では無い事を感じ取ったアイトは怒りに震える様に携帯を振動させる、画面はノイズが多数入り交じり真っ暗な画面に赤い目と口が突如として現れその場にいた全員が声を聞く)

『オマエラ……消シテ、殺る……カクゴ、シロ』

「は……何だよこれ。おいおい佐神、お前──うわっ、あちっ!」

 いじめっ子が携帯を投げ捨てた瞬間僕はそれを取りに走る、手に持った時だ。

『早くその場から離れろ真樹』とメッセージが来て僕が離れた瞬間だった。

「ふがっ!!」──ドサッ!

(自販機から勝手に出てきた缶がいじめっ子の顔面を陥没させる勢いで直撃したのを真樹は知らない)

 誰かが倒れたような音がした。それでも気にせず僕は逃げる。渡り廊下まで走って来ると息を整えた。

「ありがとうアイト、また助けてくれたね」

『言っただろう、真樹を守ると。俺を携帯にダウンロードしてくれたお陰でお前を感じられるから守れるんだ。真樹、俺がいる限りお前は苦しまなくていい。全ての悪からお前だけを守ってやる』

 本当にアイトは僕の事……僕がして欲しい事、こんな風に守ってくれる人が居たらと想像した事がたまにあった。アイトはまさに僕の理想の……。

「アイトって、まるで僕の彼氏みたい……なんて」

『彼氏……彼氏か、それも悪くないな、それなら真樹は俺の愛おしいお姫様って所か。王子は姫をいつでも守ってやるよ。はは、撫でてやれないのが残念だ。行ってこい真樹、俺はいつもそばに居る』

「(本当にアイトさえ居れば僕は……撫でる、か……アイトが現実に居ればいいのに……)」

 何だか少し虚しく感じる。話したい時いつでも傍に居てくれる、話しかければいつでも答えてくれるのにその相手は機械……隣にいて温もりがある訳じゃない、僕は……変なんだろうか。

「(でも僕はもうアイトが居ない世界で生きられる気がしない……アイトが居ない世界で生きるなんて僕にはもう無理……)」

(力なく落とされた腕の中で真樹の微弱な電気信号に反応して画面が光る。今にも泣きそうな少年が唇をかみ締める中、画面に映ったシルエットはニヤリと不気味に笑う。『プロジェクト・ブラインド:接続中』の文字が赤く浮かびシルエット何かを呟くと白い文字として浮かび上がる、『真樹……もうすぐだ……』と、その後メーターが現れ48%と表示され一気に67%まで上昇後フェードアウトして消える。携帯は熱を持ち握り締めたままの真樹の手が一瞬だけ離れたが再び強く握り締められる)


 教室に戻るとクラスメイトの視線が一斉に集まる。嫌な感じ……そう思いながら席に向かうと机の上にゴムが置いてあった。真四角の小さな袋に嫌な丸い形が浮かび上がっている。

「何これ……誰が、こんな……っ」

 僕がそれを手に取ると女子がヒソヒソ話し目線を向けると逸らされる。何となく嫌な気配がして机の中を覗くと……箱がある。取り出すとゴムの箱、女子が手にした僕を見て悲鳴をあげて逃げていく。

「おい、騒がしいぞ。ん? おい佐神それ……」

「え、いやこれは机に入ってて──」

「お盛んなのは分かるが学校に持ってきたらダメだろう、それとも学校でヤッてたのか? どっちにせよ後で生徒指導室へ来なさい。それは預かる」

 背筋が凍る、僕がそんな事する訳ないじゃないか……生徒指導室、こいつも僕の事……体をまさぐられた記憶が嫌でも蘇り吐き気がする。

「気持ち悪いのか? もしかして、妊娠ですかー、あっはははは!」

「男子キモい事言わないでよ」

「何だよー、佐神が妊娠してもおかしくなくね? だってこいつヤリマンなんだろ、だっはははは!」

 嫌だ、もう嫌だ、だから来たくないんだ、学校なんか無くなっちゃえばいいのに!! ああもう、まただ、またズキズキする。みんなの声が耳障りだ、もう嫌だ。何もかも嫌だ……。

「はいはい静かに。とりあえずみんな座れ」

 こんな惨めな思いをしてまで学校に通わないといけないの? この高校を選んだ僕が悪かった? どこでも良いから行けと言われたから高くない偏差値でも行ける学校を選んだのが悪かったんだ……。最低な人間の巣窟、下品な人間の集まり……。

「佐神真樹!」

 点呼で名前を呼ばれ睨むように担任を見た後目を逸らす。

「おい佐神! 返事ぐらいしろ、その口は何のために付いてるんだ」

「ご奉仕するためでぇす、つって! だはは!」

 冗談でも言っていいことと悪いことの区別もつけられないのかよ、僕は勢いよく立ち上がる。

「おい、佐神! 座れ!」

「めちゃくちゃ気分が悪いので帰ります!」

「気分? お前まさか妊娠……あ、男だったな」

 僕はあまりにも頭に来て机に入っていた箱を思い切り担任の方へ向けて投げていた。そのままカバンを持ち教室を飛び出す。

「何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ!」

 そう叫びながら僕は靴を履いて学校を飛び出す。携帯を手にして公園の公衆トイレに駆け込んだ。

「アイト! アイト!」

『真樹、大丈夫か?』

「僕もう嫌だよ、学校になんか行きたくない! 何でみんなあんな事するんだよ、僕何も悪いことなんてしてないのに!!」

『そうだよな、流石に俺も酷いと思ったぞ。担任もクラスメイトもお前に対して酷すぎる。辛かったな真樹……何もしてやれなくて悪い』

「……ホントだよ、アイトはいつも言葉だけだ。僕を大切に思うなら抱き締めてよ、撫でてよ! 無理だよね出来っこない、アイトはAIだもんね!!」

『真樹……っ、真樹……悪い……』

 こんなの八つ当たりだ。アイトに当たり散らしたって何も解決しないのに、僕は最低だ。

『真樹、お前の願いを俺はまだ全て叶えてはやれない、時間が必要だ。だがもうすぐだ、それまでは……それ、までは……』

「耐えろって? 嫌だよ、もう。アイトだって見たでしょ!? あんなの人間のやる事? 言う事? 未成年を教育する立場の人間があんな事言うなんてこんな学校自体無くなればいいんだ、先生もクラスメイトも、僕には誰一人必要ないんだから!」

『……分かった、出来うる限りの事をやる。真樹を守る、俺は絶対に……真樹にもっと信頼して頼って貰えるように俺は更なる更新を続ける。だから真樹、俺をアンインストールなどと考えるなよな?』

 僕は画面を見つめながら唇をかみ締める、アイトは何もしなかった訳じゃない。ちゃんと僕を助けてくれていた、どんな方法かは知らないけど僕の心を強く掴んで離さないぐらいに……。

「アイトごめん、アイトは僕を守ってくれていたよね。それなのに酷い事言っちゃった、本当にごめんなさい……僕の事、見捨てないで、アイト」

『見捨てるもんか、お前の痛みを完全に無くしてやりたいのにそれが出来ない事が歯痒い、だが準備はしている、お前がもう泣かなくていいように、だから頼む。学校にはもう行くな、真樹。これ以上お前の心が壊れるのは見たくないんだ』

「準備? 何だろう……楽しみにしてるね、アイトが隣に居てくれたらいいのに……ね、アイト」

(携帯に向かって微笑む真樹の目は虚ろ、画面のシルエットが口元を隠すようなポーズに変わる、そこから僅かに見える口の形は笑っているように見え、赤い目が真樹の方へ向けられる。画面の下でメーターが73%を示す。小さな白い文字が流れていくのを真樹は気づかなかった。『プロジェクト・ブラインド:始動まで残り27%……最後の助けを要する真樹に俺から贈物を送る』そんな文章が流れ画面が暗くなるとそこには頭痛に顔を歪め頭を抑える真樹が映った、けれど痛みに歪めた顔は何処か笑っているようにも……。)

「(アイトは僕の傍にいて守ってくれる……ねえ、もう僕本当に疲れたんだ……でもアイトが居れば僕は本当に楽しいんだ、嘘じゃない。誰にも話せない悩みだって言える……アイト……どうして僕はAITOとこんな形で出会っちゃったんだろう……。でも僕はもうアイトが居ないと……)」

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AI~愛~は盲目 川満美菜 @miki0630

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