二. 一矢報いるための、逆張り募集

 新学期が始まり、校内には真新しい制服に身を包んだ新入生たちの、希望に満ち溢れた(ように見える)声がそこかしこで響き渡っていた。部活動紹介や体験入部で、各部は新入生の獲得に余念よねんがない。運動部はグラウンドで汗を流し、その活気をアピールし、文化部は趣向しゅこうを凝らした展示やパフォーマンスで新入生の興味をこうと躍起やっきになっている。


 そんな活気あふれる喧騒けんそうを遠くに聞きながら、俺は弓道場の片隅で膝を抱えていた。

 あれから数日というもの、俺なりに熟考を重ねてみたのだ。どうすれば、この掃き溜めはきだめ……いや、伝統だけは誇るべき弓道部に、新入生を呼び込むことができるのか、と。


 正攻法では、まず勝ち目はないだろう。

「初心者歓迎!」「アットホームな雰囲気の部活です!」などと、ありきたりな言葉を並べたところで、隣接するピカピカの体育館で活動しているバスケットボール部やバレーボール部に太刀打ちできるはずもない。文化部にしても、吹奏楽部の華やかな演奏や、軽音楽部の洗練された雰囲気に、どうして対抗できようか。


 そもそも、弓道という競技自体が、いささか地味な印象を持たれがちだ。いや、その凛とした佇まいや精神性の高さは理解しているつもりだ。しかし、一般的な高校生、特に希望に胸を膨らませる新入生にとっては、「何だか難しそう」「堅苦しい雰囲気なのでは」「道具を揃えるのにお金がかかりそう」といったネガティブなイメージが先行してしまうのではないだろうか。何を隠そう、俺自身が入部した当初も、そういった先入観をいだいていたのだから。


「一体、どうすればいいというんだ……」


 頭を抱えて唸っていると、ふと、壁に貼られたままになっている、色褪せた一枚の古いポスターが目に入った。

『目指せ全国! 心技体を鍛え、おのれつ! 我こそはと思う者、弓道部へ!』

 ……無理だ。絶対に無理だ。こんなストイック極まりない文句が、今の時代に響くわけがない。むしろ、ドン引きされて敬遠けいえんされるのが関の山せきのやまだろう。


「……逆、か?」


 ぽつりと呟いたその言葉が、妙に頭の中で反響した。

 そうだ、逆張りぎゃくばりだ。正攻法が通用しないのであれば、その真逆を行けばいい。

 誰も試みないような、常識外れの方法。


「どうせ廃部になる運命ならば、最後に一矢報いていっしむくいてやる……!」


 半ば自棄やけになりながら、俺は道場の隅に埃を被って置かれていた古いノートパソコン(どうやら先輩の置き土産らしい)の電源を入れた。インターネットで適当なテンプレートを探し出し、募集ポスターの作成に取り掛かる。


 最初は、当たり障りのない、無難な文言もんごんを並べてみた。

『弓道部員募集! 初心者歓迎! 日本の伝統文化に触れてみませんか?』

 ……ダメだ。あまりにも平凡で、面白味がない。これでは、誰の目にも留まらないだろう。


 もっと、こう……強烈なインパクトが必要だ。

 他とは一線を画すいっせんをかくす、異質さ。

 いっそのこと、開き直ってしまえ。


 俺は、一度入力した文字を全て削除し、改めてキーボードを叩き始めた。


【急募】弓道部員!


 まず、デカデカとタイトルを打ち込む。よし、これで掴みはOKだ。


 ただし……


 おっと、ここで注意書きを挟む。


 体力自慢、お断り!

 むしろ運動苦手な人大・歓・迎!


 そうだ、これでいい。体育会系のノリが苦手な層に、ピンポイントでアピールするんだ。


 静かに集中したい君、

 武道の精神性(?)に触れたい君、待ってる!


 なんだか、それらしい理由付けもしておく。精神性などという高尚こうしょうなものは、俺自身よく理解していないのだが。


 国籍・経験不問ふもん

 見学だけでもOK!


 間口まぐちは広く。誰でもウェルカムな雰囲気をかもし出す。


 部長(初心者)より


 ……最後に、正直に自分のスペックを明記しておく。これで、新入生が抱くであろう期待値は、限りなくゼロに近づくはずだ。


 完成したポスターを見返す。

 ……なんだこれは。胡散臭うさんくささしか感じられない。

 普通の神経の持ち主であれば、まず近寄ろうとは思わないだろう。

 だが、万が一、いや億が一。この奇妙な募集に、ピンとくる変わり者が現れるかもしれない。


「……少し、やりすぎたか? いや、しかし、もうこれしか道はない……!」


 俺は、完成した怪文書……いや、募集ポスターを数枚プリントアウトすると、夜陰やいんに紛れて校内の掲示板の隅や、人通りの少ない渡り廊下の壁に、こっそりと貼り付けた。部の誰もフォローしていないであろうSNSの過疎かそアカウントにも、同じ文面を投稿しておいた。


 翌日、案の定、クラスメイトからは「何あれ(笑)」「〇〇(俺の名前)、ついに正気を失ったか」「部長(初心者)って、正直すぎて逆に面白いな(笑)」などと、散々笑いものにされた。


 いいさ、笑うがいい。

 どうせ、誰も来ないに決まっているのだから。

 俺は、刻一刻こくいっこくと迫る廃部の日に向けて、心の準備を始めることにした。


 そう、この時はまだ、本気でそう信じて疑わなかったのだ。

 あの、運命の日が、すぐそこまで訪れていることにも気づかずに――。

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