恋する28メートル ~廃部寸前!弓道部長とワケあり国際ガールズのゼロ距離青春Days~

宮原藍花

第一章:ハロー・ワールド、僕らの弓道場

第一話:部長(ポンコツ)と十二人の魔女(?)たち

一. 絶望の淵で部長、誕生

 春。

 出会いと別れが交錯こうさくし、新たな生活への期待に胸を膨らませる者、未知なる挑戦に心を躍らせる者――そんな輝かしい青春の幕開けが、そこかしこで告げられているはずの、季節。


 そんな世間の喧騒けんそうをよそに、俺の眼前がんぜんに広がるのは、堆積たいせきした分厚いほこりと、かすかに鼻をつくカビのにおい、そして、およそ希望とはかけ離れた未来への漠然ばくぜんとした絶望感だけであった。


「――というわけだ。今日からお前が、この弓道部の新部長ということになった。まあ、よろしく頼む」


 そういって、妙に晴れやかな表情で俺の肩を力強く叩いたのは、つい先ほどまでこの部の部長であったはずの三年生の先輩だった。その手には、既に真新しい大学のパンフレットが握られている。引退への準備が、あまりにも手際良すぎではないだろうか。


「いや、あの、なんで俺なんですか!? 部員、俺しかいないじゃないですか!」

「だからこそだ! 最後の一人となったお前が、この部のを絶やさず継いでいくんだ!」

と言っても、これはもはや、風前の灯火ふうぜんのともしびどころか、消し炭に近い状態かと……」


 思わず本音が口をついて出る。だが、それも致し方ないだろう。

 見渡す限り、この薄暗く、どこか寂れた弓道場にいるのは、引退を目前にした先輩と俺、そして時折迷い込んでくる野良猫くらいのものなのだ。昨年まではかろうじて数名の部員が在籍していたものの、受験勉強への専念や、他の部活動への転部など、様々な理由で一人、また一人と去っていき、気づけば俺が唯一の二年生部員として取り残されていた。


 そもそも、だ。

 俺がこの弓道部に入部した動機からして、実に浅はかなものだった。「武道って、なんだか格好良さそうじゃないか?」という漠然とした憧れと、「運動神経にそれほど自信がなくても、なんとかなるんじゃないか?」という甘い期待。実際、一年間というもの、ゆるゆるとした活動(その実態は、自主練習という名のサボりに近かったが)を続けてきた結果、俺の弓道に関する知識など、インターネットで表面をなぞった程度のものでしかない。的前まとまえに立っていた時間よりも、道場の片隅でスマートフォンゲームにきょうじていた時間の方が、遥かに長かったという自信がある。


(弓道……? 名前くらいしか知らないんですけど……)

(運動神経……? 中の下、といったところですが、何か……?)


 俺の内心の呟きが、先輩に届いているのか否か。

「大丈夫、大丈夫! 部長なんて、名ばかりでいいんだよ! とにかく、部が存在しているという事実が重要なんだ!」

 いや、重要なのは部員数と活動実績であると、つい先ほど職員室で顧問の田中先生(常にやる気ゼロでお馴染みの社会科教師だ)から、嫌というほど聞かされたばかりなのだが。


「いいか、〇〇(俺の名前)。お前が部長に就任するのは決定事項だ。だがな、現状のままでは、来月早々にも廃部だぞ、廃部。理解しているか? この、伝統だけは無駄にある(らしい)弓道部の歴史が、お前の代で終焉しゅうえんを迎えることになるんだ」

 田中先生は、まるで他人事ひとごとのように、ジャージのポケットに両手を突っ込んだままそう告げた。

「とりあえず、新学期が開始されたら、新入生を……そうだな、最低でも五名は確保してこい。それが達成できなければ、この道場も、来月には卓球部の第二練習場として明け渡すことになるからな!」

 卓球部、最近やけに活気があるとは聞いていたが……いや、問題はそこではない!


 五名!?

 この、一見して廃墟はいきょ寸前と見紛みまがうばかりの、古びた道場で?

 的は穴だらけで、向こう側が透けて見えている始末。

 道場に備え付けられている弓具きゅうぐは、年代物というより骨董品こっとうひんレベルで、迂闊うかつに触れることすら躊躇ためらわれる。

 畳はささくれ立ち、天井には雨漏りの染みが、まるで前衛ぜんえい芸術のような模様を描き出している。


「ここが俺の城……いや、墓場か……?」


 俺は、これから始まるであろう受難じゅなんに満ちた日々を想像し、思わず天をあおいだ。

 春のうららかな陽光ようこうが、やけに目に染みるように感じられた。

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