ガチャ、落差ありすぎませんか?

 ギルドの扉が、重く、軋んだ音を立てて開く。


 中へ足を踏み入れたのは、よろよろとした影――俺だった。


 銀色に輝いていた長剣は刃こぼれだらけ、ドラゴン皮の盾には巨大な爪痕が三本も走っている。服は泥と返り血に染まり、靴の片方はどこかに落としてきた。


 片目を腫らしながら、俺は呟く。


「生きて……帰ってきた……」


 ギルドの中は静まり返った。数人の冒険者が、こっちを見て絶句している。


 その中、受付カウンターには昨日とは別の人物がいた。


 すらっと背が高く、腰まで伸びた黒髪を後ろでまとめた少女。


 彼女はちらりと俺を見ると、鼻を鳴らした。


「また一人、地獄から這い戻ったのね。ゾンビの仲間入りでも狙ってる?」


「えっと。あの……受付嬢さん?」


「呼ばなくていい。聞こえてる」


「なんか……雰囲気が冷たいですね」


「あなたの体温と釣り合いを取ってあげただけ。感謝して」


 無表情。無感情。無慈悲。冷たすぎて氷点下。


 あれ? 受付嬢って、もっとこう、笑顔で「お帰りなさい!」みたいな……いや、昨日の子が異常だったのか?


「そこの椅子、座って。話す前にまず応急処置。血が床に垂れてる」


「あ、すみません……」


「謝罪はいらない。床掃除が面倒になる前に対処して。モップ出す手間が増えるのが嫌なだけ」


 椅子に座ると、彼女は無言で引き出しから包帯とポーションを取り出し、机の上に置いた。


 まさか……処置してくれるのか? と思った瞬間。


「自分で巻いて。こっちは医療班じゃないし、触れるのも嫌」


「ですよね……はい……」


 言われた通りにポーションを飲み、包帯を巻きながら報告を済ませる。


「……で、討伐対象の一体目、飛竜王。山を四つ越えた先で発見。崖から落とされ……生き残ったのは、奇跡としか……」


「報告、要点だけでいい。文学賞狙ってるの?」


「えっ」


「無駄口の体力があるなら、次回は飛竜王を口で説得して帰ってきて」


「そんな無茶な……!」


 毒舌、容赦なし。むしろ清々しいほど突き放してくる。


 でも、何だろう。ちょっと安心してる自分がいる。


「今日もクエスト、受けられますか?」


「自覚ある? 今のあんた、商人の荷物持ちでも足手まといレベルだけど」


「い、いや……さすがに今日は慎重に選びたいなって……」


「ふーん」


 興味なさげな声を漏らしつつも、彼女は机の下から数枚のクエスト用紙を取り出し、指でシャッと仕分けていく。


 その手つきは、異様に慣れていた。無駄がなく、速い。


 彼女は一枚の紙を選び、机の上にトンと置いた。


「はい、これ」


 クエスト名は《ゴブリンの巣を掃討せよ》。


「え、これだけ?」


「他のはお前が生きて帰れない。これが限界」


「そ、そんな……ゴブリンなんて新人の初仕事じゃ……」


「それでも怪我する未来が見えてるから選んだの。文句があるなら未来視でも習得して出直して」


「ありがとう」


「別に。生きてる方が、ギルド的にもコスパいいだけ。あんたが死んだら、後処理、書類、保険処理、確認作業……ぜんぶ私の負担。迷惑」


「じゃ、行ってきます」


「どうせまた血まみれで帰ってくるんでしょ。そのときは、せめて靴、両方履いてきなさい」


 その声が、昨日の小悪魔嬢よりも、ほんの少しだけ、優しく聞こえた。

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