受付嬢ガチャ、始まる

「おはようございます! クエストをもらいに来ました!」


 何事も第一印象が大事だ。ギルドの扉を開けつつ、元気よく挨拶。よし、これで俺の株は爆上がり間違いなしだ。


「いらっしゃい、お兄ちゃん!」


 それは、カウンターに立つ少女のものだった。お兄ちゃん呼び……?


 まあ、確かに小さな子から見れば、俺も立派な兄貴分か。悪い気はしない。


「それで、お姉ちゃんはどこにいるのかな? クエストを選びに来たんだけど」


 俺は少女と目線を合わせるべく、中腰になる。


「……? 私にお姉ちゃんはいないよ?」


「なるほど。じゃあ、今日の受付担当を呼んでくれるかい?」


「お兄ちゃん、今日の担当は目の前にいる私だよ?」


 ふーん、なるほど。この少女が受付嬢か。……って、いや、どうみても十歳くらいだぞ!?


「もしかして、私が担当だって信じてくれないの? 悲しいなぁ」


 少女は瞳を潤ませて、見上げてくる。上目遣いでごまかされるほど、バカじゃないぞ。


「受付嬢ごっこがしたいんだな。でもね、ここは本物のギルドなんだ」


「うん、お兄ちゃんの言うとおり、ここは本当のギルドだよ。それに、私がしてるのは受付嬢ごっこじゃないもん! そこでお酒を飲んでいる人たちに聞いてみてよ。今日のクエストを選んであげたんだ!」


 ギルドの片隅には、ジョッキを片手にお酒を飲んでいるおじさん達の姿があった。服装からして冒険者なのは間違いない。だが、朝っぱらから、それもクエストをこなす前からお酒を飲むのは褒められたものじゃない。


「ちょっと、先輩。まだ、クエスト終わってないですよね? それに、お酒の時間には早いですよ」


「確かに、まだクエストをこなしちゃいない。だがな、人生最後の酒になるかもしれないんだ。大目にに見てくれや。若造、ひとまず受付嬢にクエストを選んでもらいな。そうすりゃ、俺たちと一緒に酒を飲みたくなるだろうさ!」


 ガハハと笑いながら、彼らはジョッキを傾ける。


 どうやら、この少女が受付嬢なのは間違いないらしい。


「ごめん、君が今日の受付嬢なんだな。俺は、今日が初めてでよく分からなかったんだ」


「大丈夫! それで、お兄ちゃんは強いの?」


 いきなり聞かれても、「弱いです」と言うわけにはいかない。しかし、「強いです」とも言えない。俺は「そこそこかな」と、無難に返す。


「そこそこね。私、強い人が好きなんだ〜。お兄ちゃんのレベルアップのために、クエストを選んであげるね!」


 少女――いや、受付嬢は、かがみ込んでカウンターから姿を消す。そして、立ち上がると、紙の束を抱え込んでいた。


「お兄ちゃんのために、いくつか候補を用意したよ! 好きなのを選んでね」


 どれどれ。一つ目は「S級ドラゴンを二体狩れ」。S級を二体相手にするならば、クエスト難易度はSS級だ。もちろん、俺にはまだ早い。二つ目は「バジリスクを討伐せよ」。バジリスクといえば、蛇の王者。目を合わせたら石化する恐ろしいモンスター。これも、難易度はSS級。ラストは「陸海空の王者を倒せ」。空や海のモンスター、それも王者を相手にするならば、これも難易度はSS級。


「あの、どれもSS級クエストなんどけど……」


「そうだよ。私、お兄ちゃんに強くなってもらいたくて!」


 強くなる……? このクエストを受領したら、強くなる前に間違いなく死ぬ。それだけは、新人の俺にも分かる。


 さっきのおじさん達に目をやると、「意味が分かっただろ?」と無言でうなずく。彼らも、高難易度のクエストを選ばざるをえなかったに違いない。


「ねえ、お兄ちゃん。どれにする?」


 俺は返事に詰まった。というか、どれも選べない。死ぬ、確実に。


「悩んでるの? じゃあ、私が選んであげよっか」


 少女が無邪気に手を伸ばす。それを止める暇もなく、彼女は一枚の紙を選び出す。


「はいっ! これに決まり! 《陸海空の王者を倒せ》! お兄ちゃん、がんばってね!」


 ギルドの冒険者たちが一斉に俺に拍手を送った。


 どうしてだろう、まるで死刑執行前の労いのようにしか感じられない。


「よう、新人。どうやら、俺たちと同じクエストを引いたみたいだな」


 さっきの酔っ払いが立ち上がり、肩を叩いてくる。


「安心しろ、俺たちも初めてはそこからだった。何人かは生きて帰ったしな」


 それ、何人かは帰れなかったってことじゃん!?


 俺のギルド初日は、絶望的な旅立ちと共に幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る