黒神と忌み子のはつ恋

第36話


器に合わぬ力は身を滅ぼす。香月が力を注入したことにより、浩次朗は桔梗同様、暫く療養が必要な体となった。しかし会話は出来、一連の時間を、夢を見ていたようだったと話しているという。憑き物が落ちたような表情の浩次朗に、出来れば穏やかな時間が戻ってくれば良いと、香月は思う。


「私に傷をつけた妖魔が霧散していたのも、彼らの器が合わなかったからなのですね……」


蓮平で妖魔に追われていた頃のことを思い出す。嘆きが造り上げた空間が破裂したのを見た今では、その道理も分かるようになった。


浩次朗が内に抱えた嘆きは、玄侑がその凶き力を滅した。浩次朗から分離させ、清められた玄侑の半身は、神世の一角に丁寧に鈴鐘で縫い止められ、封印されるところだったのを、香月の陳情で人世の神宮で祀って貰うことになった。人間に嫌われた神さまの半身が人間に崇められれば、彼は人間に心を許し、人世を守ってくれるだろうと思ったからだ。

最初の祈祷には香月も参加した。香月が今まで生きて居られたのは、嘆きが力を搾取し器に合う状態にしてくれていたからなので、感謝の気持ちを込めた祈りを乗せた。

また嘆きが凶つ力を失ったため、妖魔の発生はなくなると言う。玄侑は宣言したことをやってのけたのだ。

いつか、人々の間で黒神についての認識が変わっていくと良いと思う。彼は、別に変わらなくても良い、と言っているが。


蓮平に頼まれて封印を解いたのは鷹宵だった。香月を虐げてきた蓮平に罰を与える口実と、玄侑が不安定になったことで勢いづいた嘆きの力をもう一度際に留め直すことを目的に、封印を留めていた鈴鐘を抜いた。

結果、蓮平は五家を解体する前に帝から処罰を受けた。桔梗は神の領域を侵したとして監獄の粗末な床で療養することとなったし、両親は封印を解いたことを罰せられ、既に投獄されたという。


嘆きの憑依先には、過去に嘆きを飲み込んだ青年の生まれ変わりであった浩次朗を選んだという。解呪をした蓮平では簡単に死してしまうことが分かっていた上に、あの器は嘆きにとって相性が良かったのだそうだ。確かに香月の力を吸収した嘆きを内に持っても、桔梗のように倒れたりしなかったことを思うと、器の大小による選び方としては的確だったのかもしれない。


「香月さまには怖い思いをさせてしまって、申し訳ありませんでしたが」


しかしこれも、蓮平の悪巧みから一気に全てを片付けようとした鷹宵らしい発案だったので、香月は何も言えない。

嘆きに荒らされた人世の神力を元に戻すため、白陽と丹早は人世へ力を流す為の作業を懸命に行ってくれた。また、それに先んじて、荒れてしまっていた人世の神力を滅するために、玄侑も負傷した香月から得た力を封入した鈴鐘を使って忙しく働いた。

暫くして落ち着くと、香月は玄侑に改めて謝罪された。


「君は蓮平で要らぬものとして扱われていたから、俺が役立てても良いだろうという、君に対して配慮も何もない契約だった。君さえ手元にいればいつでも力を得られるという考えは、結局蓮平が考えていたこととも、奴が考えていたこととも何一つ違わない。それについては奴の言ったとおり、弁解の余地もない」


後悔の念が渦巻くのか、玄侑は眉を寄せて何度も謝罪する。でもそれも、彼に導かれた運命の一端だ。


「もう良いのです。それより私は、玄侑さまと、未来について語りたいです」


彼との約束を守りたい。そう言うと玄侑は微笑んで頷いてくれた。


「俺の一存では決められないが、君を伴侶として迎える要望は二人に出してある」


玄侑を悪しき方へ揺らす嘆きの力を二人で解消したことは、白陽と丹早に高く評価された。それを受けて玄侑は、この先香月と生きていきたい旨を彼らに願い出たという。欠けた半身の力を、香月の増幅の力で補えるというのが、玄侑の理屈だ。力は使わないと器に合わなくなるため、これは香月にとっても最良の策だという。これは鷹宵も最初から目論んでいたことであったらしい。


「白陽さまと丹早さまが良いご判断を下さると良いですね!」


楽しげにいうのは夜斗だ。それに。


「君に印を付けてしまった。君の力を利用しようとするものから守る義務が、俺にはある」


そうなのだ。五家が武具に神力を受け取っていたのとは違って、香月の力はその内から湧いているのだという。今は嘆きに向けて全てを注入して空っぽでも、また器に満ち満ちて、それを入り口である印から悪行に利用されるかもしれないというのだ。それについては印を消すことの出来る玄侑がそうすれば良いだけのことなのだ、彼はそのことを持ち出さなかった。香月もそれを問わなかった。玄侑が白陽と丹早に願い出てくれたように、彼の責を手伝うためには、印がないと出来ないからだ。

力を一時的になくし、体力が落ちて床に居る香月を前に、玄侑の言は続く。


「先代の行いを視ることが出来た人間が生まれたように、この先どんなことが起きるかなど、俺にだって分からない。君が人世へ帰ってしまった後、その印の所為で君に厄災が降り注ぐかもしれないんだ。そんなことは、俺が耐えられない」


自分の手を取り、見つめてくる玄侑に、香月の心はあたたかくなる。

耐えられない、という彼の言葉を、その責任故という意味ではなく、自分への愛情故という意味であることを、もはや香月は捉え間違えないからだ。

愛されることを求めて、諦めた過去があるからこそ、彼に与えられる愛情にたゆたう今を幸福だと感じる。香月は玄侑が握る手に力を込めて、そして頷いた。


「私も、玄侑さまと離れたくないです。お傍に置いてくださいませ。いついつまでも、永久(とこしえ)に」


香月が応じると、玄侑が嬉しそうに抱きしめてきた。


「ああ、離すものか。俺の月。俺のはつ恋」


神世の冴えたる月が輝く。空には鳥が乱舞して。

暗闇を歩んできた二人は、手に手を取って、愛を誓った。





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黒神と忌み子のはつ恋 まさみ @masami_h

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