第五話 ――開かれし門と、神殺しの序章
天が裂けた。
まるで絹を裂くように静かに、しかし抗えぬ力で――
王都の空の真上に、巨大な“門”が現れた。
「これは……!」
ルシアはカイの隣で、震えるように空を見上げた。
門は楕円形で、中心には回転する銀の幾何学模様。そしてその周囲には、12の瞳のような球体が浮かんでいた。
《観測装置(オブザーバーズ)》――かつて伝承にのみ語られた、神界の監視者。
「……俺は知っていた。いずれこの時が来ると」
カイの声は低く、静かだった。
「“神”はこの世界を“管理”している。人間の自由意志など、最初から存在しない。
この王国が腐敗したのも、俺が冥府の王と成ったのも――全て、やつらの“設計”の中だったんだ」
「神が、設計を……!?」
ルシアは愕然とした。
その瞬間、空の門から響いたのは――人の声ではない、“概念”そのもののような存在の言葉だった。
『――世界因子不安定化、レベル6。対象:【冥府王カイ・ヴァレンス】。抹消対象に指定』
『同時に観測:霊核消失。霊圧暴走。対象:【リィナ・アルセリア】、非可逆損失確認』
『制御不能。状況、再構築フェーズに移行』
「やめろ……!」
カイが叫んだ。
「お前たちは、世界を“観察するだけ”だったはずだッ!」
『――修正は観測の一部。世界の均衡のため、介入は正当とされる』
空間が歪んだ。
空の門から降り注いだのは――“神の光”ではなかった。
それは、絶対零度のように冷たく、命の概念すら凍てつかせる光。
『降臨完了。機構名:【原型管理者ゼロ・オーバー】。神格干渉権限、発動』
現れたのは、巨大な人型の機構体だった。
蒼白の鎧、幾何学的な四肢、頭部に十二の瞳。
その姿は人の形をしていながら、魂も意思も持たない“完全なる観測者”。
「……これが、“管理者”か」
ルシアが剣を構えるも、その足が震える。
相手は、もはや“敵”ですらなかった。“法則”そのものだった。
◆
だが、カイは前へ出た。
「これ以上、俺の世界を壊させない……!」
彼の霊核が輝き始める。
それはリィナが遺した“霊力の欠片”と共鳴し、彼の内側にあった《冥府の契約》が再構築されていく。
「“霊核融合(ファントム・リアクト)”発動――!」
カイの体が、光と闇に包まれた。
鎧が砕け、代わりに現れたのは新たな形態――
漆黒と白銀が混じる鎧、両腕には霊素の剣と盾。
その背には、六枚の幽光翼が広がっていた。
それはかつての人間の姿でも、冥府王の姿でもない。
――“魂を宿した者”としての、新たな存在。
《魂律者(ソウル・アーク)》――死と生の境界を超えた、真なる存在。
「……もう一度問おう、管理者。
この世界に、“自由”はないというのか?」
ゼロ・オーバーは応えない。
ただ、腕を上げ、空を裂く。
その瞬間、巨大な審判の光が降り注ぐ――
「ルシア、下がれ!」
カイが咆哮する。
その声と共に、彼の霊盾が広がり、世界の理に抗うように光を受け止めた。
「俺はもう、お前たちの“人形”じゃない……!
俺は俺の意思で、生きるッ!!」
◆
衝突が起こった。
光と影が混じり合い、王都の空を裂くほどの霊力が炸裂する。
カイと管理者との戦いは、もはや神話級の戦場だった。
一方、ルシアは後方で崩れ落ちた兵士たちのもとへ向かい、傷ついた者たちを守っていた。
「……カイ、あなたは……」
かつて追放され、世界から見放されたはずの男。
だが今、彼は誰よりもこの世界を守ろうとしている。
「……なら、私も行く。あの時、置いてきた想いを取り戻すために」
ルシアも再び立ち上がる。
そして――
◆
空が、再び裂けた。
今度は別の“門”が現れる。
そこから聞こえてきたのは、どこか懐かしい少女の声。
「……カイ、まだ終わってないよ」
それは――死んだはずのリィナの声。
「このまま神に殺されるなんて、つまらないじゃない。
だって、あなたは“この世界を変える運命”の人でしょ?」
彼女の姿が、光の中から浮かび上がる。
死してなお、霊素として“彼の中に残り続けた魂”が、形を取り戻したのだ。
「さあ、やり返してあげて。神様なんかに、好き勝手やらせないでよ――カイ」
カイの瞳が燃える。
「……ああ。俺は、生きる。そして――」
――“神を殺す”
霊剣が輝く。
ゼロ・オーバーの瞳が、一斉に光を放つ。
そして、最終決戦の幕が、今――上がる。
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