第四話 ――冥府王 vs 聖騎士、交差する運命の剣

王都ベルグラード、王城中庭。

かつて王国騎士団が演習を行っていた聖域が、今や霊気と血の霧に包まれていた。


冥府王カイと、聖騎士ルシア。

その二人を中心に、時間が止まったような静寂が広がっていた。


「……なぜ、今さらお前が現れた」


カイは冷ややかに言い放つ。

その声には怒りも、憎しみも、そしてどこか――悲しみの色すらあった。


「私はあの時、あなたを救えなかった。だから今度こそ、自分の剣で――あなたの“魂”を救いたい」


ルシアの瞳は揺れていない。

白銀の剣を構え、まっすぐにカイを見据えていた。


「魂など、とうに滅びた。俺が今持っているのは、死者の王としての“使命”だけだ」


カイは手を上げた。


黒き霧がうねり、彼の背後に巨大な影が現れる。

それは四肢のない巨人――《死者喰らい(ネクロヴォール)》と呼ばれる上位不死種。


「……来い、ルシア。お前がどこまで抗えるのか、確かめてやる」


「ええ。必ず、あなたを止める」


そして、戦いが始まった。



一撃目――


ルシアの剣が、疾風のように死者喰らいの肩を裂く。

純白の光が走り、肉のように腐敗した装甲が砕ける。


しかし、その程度では止まらない。死者喰らいは再生を始め、巨腕を振り下ろす。


「――“聖盾展開・セラフィムシェル”!」


ルシアの足元に魔法陣が展開され、光の盾が形成される。

激突と共に火花が散り、地面が抉られる。


「……成長したな、ルシア。あの頃のお前では、この盾は張れなかった」


「あなたも変わった。あの頃のカイなら、こんな“魂を冒涜する”術は使わなかった」


「正義の味方を気取るな。お前は、ただ見ていた。俺が虐げられるのを」


カイの怒声と共に、霊力が爆発する。

周囲にいた兵士たちは地に伏し、空間がゆがんだ。


「“死者降臨・屍軍の舞(デスレギオン)”!」


彼の詠唱と共に、地中から幾千の黒い手が突き出され、無数の不死者が這い出てくる。

それはただの死体ではない。王国の戦士たち――かつてこの地を守り、命を落とした者たちだった。


「……これは……この霊圧は、かつての“英雄騎士”たち……!?」


ルシアは目を見開く。


「そうだ。彼らは俺に同意した。“生”の世界では正義も栄光も虚ろだと。

だから俺が導く。“死”の世界で、真の秩序を――!」


「違う!!」


ルシアが叫ぶ。

その言葉と共に、聖剣が白く輝いた。


「命は、儚くとも意味がある! それを否定するあなたに、私は屈しないッ!」


その瞬間――


「“魂断剣・セレスティアルレイ!”」


彼女の剣が振り下ろされ、純白の光が奔った。

不死者の群れを裂き、死者喰らいの胸に直撃する。


「ぐッ……!」


巨大な影が崩れ落ち、霊気が一気に霧散する。

その中心に、カイが残っていた。鎧の一部が砕け、口元から血が滲んでいる。


「やるな……。だが、まだだ」


彼が地を踏みしめ、再び立ち上がろうとした時――


「もう、やめて……カイ……」


聞こえたのは、静かな少女の声だった。


リィナ・アルセリア。

傷を負いながらも、必死に立ち上がり、カイの前に立つ。


「あなたの怒りは……誰かが受け止めなければいけなかった。

それを、私は……知っていたのに……目を逸らしてた……ごめんなさい」


カイの動きが、止まる。


彼の周囲の霊圧が、わずかに沈静化する。


「……謝罪か?」


「違う。贖罪。これは、私の……“罪”のけじめ」


そう言って、リィナは手の中の魔導書を開く。


そこに記されていたのは、禁術――“自己霊核開放(セルフ・ソウルリアクター)”。


「リィナ、やめろ!!」


ルシアが叫ぶ。


だが遅かった。

リィナの身体が光に包まれ、純粋な霊力となって弾ける。


――そして、すべての不死者が、動きを止めた。


「な……霊核が……吸収され……!?」


「私は、最後まで見届けたかったの。だから、せめて……あなたの歩みだけは……止める力になりたかった」


その言葉と共に、リィナの姿は光の粒となり、空へと消えた。



――静寂が訪れた。


霧は晴れ、不死者の軍勢は霧散し、ただカイだけが、その場に膝をついていた。


「……俺は、何を……」


彼の瞳に、かつての人間の“色”が戻りつつあった。


ルシアが、そっと近づいて手を差し伸べる。


「戻ってきて、カイ。あなたには、まだやり直せる道がある」


カイは、その手を見つめたまま、動けなかった。


――その時。


空が裂けた。


黒い雷が轟き、天を割って巨大な“門”が開いた。


「……来たか」


カイが呟く。


「“管理者”か。“神の黄昏”を始めるつもりだな……」


そして物語は、神すら絡む、より深き“真実”へと向かっていく。

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