第四話 ――冥府王 vs 聖騎士、交差する運命の剣
王都ベルグラード、王城中庭。
かつて王国騎士団が演習を行っていた聖域が、今や霊気と血の霧に包まれていた。
冥府王カイと、聖騎士ルシア。
その二人を中心に、時間が止まったような静寂が広がっていた。
「……なぜ、今さらお前が現れた」
カイは冷ややかに言い放つ。
その声には怒りも、憎しみも、そしてどこか――悲しみの色すらあった。
「私はあの時、あなたを救えなかった。だから今度こそ、自分の剣で――あなたの“魂”を救いたい」
ルシアの瞳は揺れていない。
白銀の剣を構え、まっすぐにカイを見据えていた。
「魂など、とうに滅びた。俺が今持っているのは、死者の王としての“使命”だけだ」
カイは手を上げた。
黒き霧がうねり、彼の背後に巨大な影が現れる。
それは四肢のない巨人――《死者喰らい(ネクロヴォール)》と呼ばれる上位不死種。
「……来い、ルシア。お前がどこまで抗えるのか、確かめてやる」
「ええ。必ず、あなたを止める」
そして、戦いが始まった。
◆
一撃目――
ルシアの剣が、疾風のように死者喰らいの肩を裂く。
純白の光が走り、肉のように腐敗した装甲が砕ける。
しかし、その程度では止まらない。死者喰らいは再生を始め、巨腕を振り下ろす。
「――“聖盾展開・セラフィムシェル”!」
ルシアの足元に魔法陣が展開され、光の盾が形成される。
激突と共に火花が散り、地面が抉られる。
「……成長したな、ルシア。あの頃のお前では、この盾は張れなかった」
「あなたも変わった。あの頃のカイなら、こんな“魂を冒涜する”術は使わなかった」
「正義の味方を気取るな。お前は、ただ見ていた。俺が虐げられるのを」
カイの怒声と共に、霊力が爆発する。
周囲にいた兵士たちは地に伏し、空間がゆがんだ。
「“死者降臨・屍軍の舞(デスレギオン)”!」
彼の詠唱と共に、地中から幾千の黒い手が突き出され、無数の不死者が這い出てくる。
それはただの死体ではない。王国の戦士たち――かつてこの地を守り、命を落とした者たちだった。
「……これは……この霊圧は、かつての“英雄騎士”たち……!?」
ルシアは目を見開く。
「そうだ。彼らは俺に同意した。“生”の世界では正義も栄光も虚ろだと。
だから俺が導く。“死”の世界で、真の秩序を――!」
「違う!!」
ルシアが叫ぶ。
その言葉と共に、聖剣が白く輝いた。
「命は、儚くとも意味がある! それを否定するあなたに、私は屈しないッ!」
その瞬間――
「“魂断剣・セレスティアルレイ!”」
彼女の剣が振り下ろされ、純白の光が奔った。
不死者の群れを裂き、死者喰らいの胸に直撃する。
「ぐッ……!」
巨大な影が崩れ落ち、霊気が一気に霧散する。
その中心に、カイが残っていた。鎧の一部が砕け、口元から血が滲んでいる。
「やるな……。だが、まだだ」
彼が地を踏みしめ、再び立ち上がろうとした時――
「もう、やめて……カイ……」
聞こえたのは、静かな少女の声だった。
リィナ・アルセリア。
傷を負いながらも、必死に立ち上がり、カイの前に立つ。
「あなたの怒りは……誰かが受け止めなければいけなかった。
それを、私は……知っていたのに……目を逸らしてた……ごめんなさい」
カイの動きが、止まる。
彼の周囲の霊圧が、わずかに沈静化する。
「……謝罪か?」
「違う。贖罪。これは、私の……“罪”のけじめ」
そう言って、リィナは手の中の魔導書を開く。
そこに記されていたのは、禁術――“自己霊核開放(セルフ・ソウルリアクター)”。
「リィナ、やめろ!!」
ルシアが叫ぶ。
だが遅かった。
リィナの身体が光に包まれ、純粋な霊力となって弾ける。
――そして、すべての不死者が、動きを止めた。
「な……霊核が……吸収され……!?」
「私は、最後まで見届けたかったの。だから、せめて……あなたの歩みだけは……止める力になりたかった」
その言葉と共に、リィナの姿は光の粒となり、空へと消えた。
◆
――静寂が訪れた。
霧は晴れ、不死者の軍勢は霧散し、ただカイだけが、その場に膝をついていた。
「……俺は、何を……」
彼の瞳に、かつての人間の“色”が戻りつつあった。
ルシアが、そっと近づいて手を差し伸べる。
「戻ってきて、カイ。あなたには、まだやり直せる道がある」
カイは、その手を見つめたまま、動けなかった。
――その時。
空が裂けた。
黒い雷が轟き、天を割って巨大な“門”が開いた。
「……来たか」
カイが呟く。
「“管理者”か。“神の黄昏”を始めるつもりだな……」
そして物語は、神すら絡む、より深き“真実”へと向かっていく。
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