11章

 中谷が見たのは単なる悪夢であって、それこそ鬱症状の発現に過ぎなかったのかもしれない。従来から抱え持っている想像力と暗澹あんたんたる知識、正気の沙汰とは思えない親友の失踪劇といったものが精神にかけた負担によって、自我の内に荒唐無稽な万魔殿ばんまでんの様相が形成され、それに飛び込んだに過ぎないかもしれないのだ。生理学的に見れば、あの電撃が脳神経に影響を及ぼしているということも考えられるだろう。ただし稲妻から現れた空想上の獄舎はより実質的な、表層の意識への影響をももたらした。仮説と蓋然性は収束され、信じ難いものに目を向ける覚悟を中谷に求めたのだ。

 悪夢の翌々日、中谷はタバコを買った。蒙昧の奈落へ精神が転落した日々よりも昔に吸っていた銘柄だ。有賀に勧められてタバコに火を点けてから十数年になるが、中谷が普段と違うタバコを買っていたのは、思い返す限りはこの年始が初めてのことだった。もちろん、手持ちの分が出先でなくなった際やどうしても見当たらないときなどに、その場凌ぎの銘柄を買うことはあったが、常用の銘柄を変えることはまずなかった。そして今は、長い間慣れ親しんだ、それこそ学生の頃から吸っていた銘柄が中谷の手元にある。

 晴れ渡っていた。この日、中谷は朝からカフェでバトラー・イェイツの詩集を読破し、そのまま図書館へ来ていた。喫煙所で図書館の壁にもたれかかりながら広い空を見上げた彼は、狂った夢のことを思い出す。

 目を向けなければならないことが三つある。一つ、経緯はともあれ中谷は、親友の体内を駆け巡っていた尋常でない電気の衝撃を確かに受けたこと。二つ、その衝撃を弾みにして深層心理が蓋をした、曰く言い難いおぞましい記憶があるということ。三つ、右手に麻痺を残すほど強力なそれ……それは電気信号だった……によって、中谷は感覚器官を介さず直接情報を打ち込まれたのだということ。即ち、社会的に見て表層に類する文明が眩い光を受ける足元で、不可侵にして鋭利な闇の輪郭を刻む影があり、影の玄奥げんおうたる彼方から到来した書籍の忌まわしい淀んだ知識情報の信号がまっすぐに、直接に手渡されたのである。テレパシーなどという人道的なものではない。知識の記憶そのものを銃弾の如く人間に射撃する電気が有賀の身体から発せられ、同時にその銃撃のショックによって、中谷の記憶は忘却の沼に一時的に散乱していたのだ。

 五里霧中にのたうち回っていた中谷の精神は、砂糖とコーヒーが混ざるようにその狂気の信号をかき集めて一体化していた。あとは折り重なる繊維質の覆いを剥ぐ、そのために……

「……」

 震える右手から落ちた一本のタバコを、中谷は拾い上げる。指は寒さに震えていた。

 くわえたそれに彼は火を点けた。最初の煙を肺に導くと、湿り気のある草を偲ばせる香りが気道経由で鼻腔を抜ける。不思議とその香りは季節と記憶に紐付いている。季節は初夏、記憶は有賀との雑多な議論の数々だった。脳に煙が充満する感覚と、鎖骨より下の奥の辺りを透明な腕が握り締める感覚がある。

 中谷の舌の根元に銘柄特有のえぐみが滞留する中、心象におけるひとつの領域が形を作り始めた。端的に言えば、あの瞬間のことを思い出そうとしていた。電気ショックが仄暗い無意識下にもたらした崩落によって一時的な遺失物となっていた記憶が蘇ってきたのだ。

 

 電車に乗った中谷は物思いに耽っていた。春休みが訪れた大学生の姿が多く見受けられ、若者の群れが小さな声で話すのが聞こえる。冷え込む二月を乗り切るためのコートが肩に重く、学生の頃から有賀と過ごした啓蒙の日々が茫洋に思い浮かぶ。喫煙所で語らいだときに吐いていた白い息は、副流煙だっただろうか、それとも寒さによる水分凝固だっただろうか。

 そういえば、ゾロアスター教に神話はないのだろうか。教義を広く知られるために美化され賛歌になるような物語の一つや二つ、あって然るべきだろう……多分、有賀は知っているかもしれない。イスラム教やキリスト教に駆逐された異教。案外、そういった場所から本質を見つけ出せるものなのだ。それができる男ではないか。

 中谷の学友は誇らしいほど多角的な洞察力の持ち主だ。もしもこの世のすべての問題に絶対的な正解があるとしたら、それを言い当てることができるのが有賀裕也という男だ。だが、もしかしたらその正解を得るには、正しい経路を辿っていては知り得ないものも存在するのでは? 乾いて半透明にかすれた紙を束ねたジェイムズ・D手敲は、緻密な科学的解説に敗れた世界中の超常現象と魑魅魍魎ちみもうりょうへ容赦なき照射灯を放っている。しかしその一方で、ダンカン氏の聡明な判断によって訳されなかった実際的な手順が記されており、有賀が興味を抱いたのはその点にあった。それは、認められるべきでないものなのかもしれない。氏が触れなかったものを知った有賀には、実際に心騒がせられる異変が起きていたではないか?

 目的の駅へ着いた有賀は改札を出て、連絡をとった不動産屋へ向かって横断歩道を渡った。有賀が住んでいた賃貸の仲介担当の店舗だ。それは駅を出て直進したところにある広大な公園のちょうど裏の、雑居ビルの一階にテナントを構えていた。テナントの入り口の扉はガラス張りで、その入り口の横は、物件情報の張り紙で武装されていた。中へ入った中谷は、事前に伝えた要望通り、カウンターではなく奥の事務所へ通された。元とはいえ入居者の次の住所を問い合わせる以上は、手前からそう頼むべきかと中谷が判断した次第である。消えた親友の足取りを掴むことが、この外出の目的だった。

 四十分後、入ったドアから外へ出た中谷の胸ポケットには、有賀が借りていた部屋の情報と、有事の際に備えて不動産屋が聞き取っていた引っ越し先の住所が書かれたメモ用紙が入っていた。中谷はその足で、M市へ向かう電車に乗った。三度の乗り換えを経る途中、昼食をとるべく駅構内の蕎麦屋へ入った中谷は、外に面した窓から見える長閑な風景を味わった。

 最後の乗り換えで私鉄に乗り込んだ中谷は座席に腰かけ、移動中に読もうと持参していた本を開いた。乾いた指先で芥川龍之介「河童」のページをめくる。

 有賀はジェイムズ・D手敲をここまで気楽に読んではいなかったのだろう。中谷は思いを巡らせる。恐らく初めは、ノストラダムスの予言に触れた当時の人々のようにそれを半ば信じ、半ば現実的に分析して、なにかアメリカ民俗史の片隅につけ足すようなことが書かれていないか探っていただけに違いない。するうちに彼は、いつの間にか本の魔力とでもいうべきものに魅入られたのだろう。不可思議を解き明かす理知の先端として、未来予知や悪魔崇拝じみた文章の解読に没頭するうち、逃れようのない精神錯乱に陥ったのだ。

 目的の駅に降りた中谷は、屋根のないホームを端まで歩き、改札を出た。寒空の下、ささやかな花壇を囲むロータリーと、近くの山を通るハイキングルートを示した鉄筋のマップが立っている。駅前から五つの道が伸びていて、平屋の文房具屋、住所の掠れたコンビニ、四台収容のコインパーキング、街灯の根本で野晒しの公用灰皿、昔ながらの肉屋や鮮魚店がバランスよく配置されている。町並みの背景には裸の林に覆われる山々が、峨々というには寂しすぎる表情で佇んでおり、やけに足の速い雲が東へ転がるように流れる。上着の裾を山風にめくられながら、中谷は目指す住所へと向かった。有賀の新居は、駅からさほど遠くはない。

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