第9話 何気ない日
山小屋へ戻ると、蒼真は黙って火鉢に薪をくべた。
太陽はその向かいに座り込み、両手を差し出して火に当てる。
パチ……パチ……
乾いた薪が弾ける音が、小屋の中に響く。
狭くて、壁の隙間から風が入るような場所なのに、不思議と落ち着いた空気が流れていた。
「……ふぅー、あったか……」
太陽が手をこすりながら、気の抜けた声を漏らす。
蒼真は何も言わず、湯を沸かし始めていた。
鉄の薬缶が、火鉢の上でじわじわと熱を持ち始めている。
「ねぇ、普段はこんな感じなの?」
「……あ?」
「朝起きて、水汲んで、火を起こして。そういうの」
蒼真はちらりと太陽を見て、少しだけ目を細めた。
「そうだよ。誰もいねぇからな」
「寂しくない?」
「……別に」
即答されたけれど、どこか間があった。
太陽はごろんとその場に寝転がり、天井を見上げる。
煤けた梁の向こうに、ほんの少しだけ、光が射し込んでいた。
「こっちはこっちで、のんびりしてていいなぁ。時間の流れが違うっていうか」
「お前のとこは、そんなに忙しいのかよ」
「忙しいっていうか……みんなずっとスマホ見てたり、電車に押し潰されてたり」
「スマホ?」
また知らない言葉に、蒼真が眉をひそめる。
「あー、ごめん。そっか。えっと……電話と、写真と、時計と、あとゲームとか全部入った、四角いやつ」
「……意味がわかんねぇ」
「だろうなあ」
そう言って、太陽はくすくすと笑った。
薬缶が、かすかに唸り出す。
蒼真は湯を火鉢の端に寄せると、茶葉を入れた湯呑に静かに注いだ。
「……飲むか」
「うん」
差し出された湯呑を、両手で受け取る。
湯気が上がり、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「これ……ほうじ茶?」
「……多分」
素っ気ない返事だったが、何だか少し嬉しかった。
こういう些細なやり取りが、少しずつ、壁を溶かしていく気がした。
太陽は湯呑を抱えたまま、また火を見つめた。
炎が揺れる。その奥で、蒼真の影が静かに揺れていた。
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