第10話 料理教室


フクロウカフェを出た後、さすがに鹿子田先輩も、

休日なので用事でもあるかなと思ったら、

「次は何処に・・・行こう・・・」と言う。

催促―――された(?)


街は週末の活気に包まれ、通りを行き交う人々の楽しげな声が響く。

いやいや、こんなの当たり前田のクラッカーみたいなこと。

『スパカモラブ姉さん』の疑惑はさておいても、

昼前だし―――と思う・・。

だが、何処かの飲食店で食べるだけなのは何か勿体ない気がする。

お金が勿体ないとかなら経済的だ、倹約的だと思うのだが、

折角の日曜日、二人がいてそういう着地点というのに違和感があった。

ふと視線を落とすと、スマホの画面に、

『料理教室・手作り体験』の文字が踊る。

高校生の時、友達とバーベキューをしたり、

大学生の時に寿司を作ったことなどを思い出す。

何気ない日常の延長にある一コマだけど、それが何か胸で震えている。

ぼんやりと考え事をしてスマホを見ているのを読み取ったのだろうか、

鹿子田先輩が言う。


「……料理・・・得意・・・?」

「いや、まあ……普通ですかね。まず得意と言える人って、

大体の料理の作り方が分かるということと、

その料理を何度か作ってみたことがあるってことですから」


普通というのは、様々なハードルを抱え込んでいる状態だ。

別の言い方をしよう、出たとこ勝負(?)

といってもいまでは、料理教室アプリなんかもある時代だ。

料理の作り方を教えてくれる、

日本最大の料理レシピサービス、クックパッドもある。

素材や工程などが非常に多岐にわたるため、

難しいと思われがちだが、やってみると意外に簡単で面白い。


「……私は……苦手かも……」


俯腑いて、恥ずかしそうにしている。

それに鹿子田先輩がそんなことを言うのは少し意外だった。

テキパキ動いて、しっかりしているイメージがあるから、

料理もきっちりこなすタイプだと思っていたけれど。

「……たまに作るけど……不器用……お母さんに・・・、

料理教室・・・通わせときゃよかったって言われた・・・」


この料理教室は、初心者でも簡単に楽しめるメニューを教えてくれるらしく、

今日のテーマはイタリアンの基本というものだ。

ピザ作りと、簡単なパスタの調理を体験できるらしい。


「じゃあ来週は、リベンジマッチですね」

「―――小日向君・・・実家に来るの・・・(?)」

「いや―――あの、別に行ってもいいですけど、

そう言われると、趣旨が変わるというか・・・」

付き合ってもいない年頃の男女が、

その女性側の実家を訪ねる。

付き合ってるのと言われるに決まっていた。

結婚するのとか言われるに決まっていた。


「大丈夫・・・ちょっと赤飯と・・・ピザとパスタになるだけ・・・」


だが、それは悪い緊張ではなく、

ほんの少しの期待も混ざっているようだった。

フクロウカフェの道路の向こう側に広がる公園には、

家族連れが楽しげに過ごしている。

ピクニックシートの上で手作りのお弁当を広げる親子、

木陰で読書をする人々、穏やかな休日の情景がそこにあった。


「いいですね、旅は道連れ世は情け(?)」

ふっと鹿子田先輩がこっちを注視している。

「小日向君が・・・実家で料理を・・・作らないでもいいように・・・、

したい・・・・・・」


―――この人、苦手と言いながら、頑張り屋なんだよな。


「じゃあ、行きましょうか?」

「うん・・・・・・」


通りを抜けると、大きなガラス窓のある建物が見えてくる。

キッチンスタジオの前には、すでに参加者が集まっていて、

エプロンを手にしながら、レッスン前の会話を楽しんでいる様子だ。

時間は十分とかかっていない。

こうして、俺と鹿子田先輩は料理教室へと足を踏み入れた。

キッチンスタジオの扉を開けると、ふわりと広がる甘い香り。

バターの溶ける香り、スパイスが静かに空気へ溶ける気配。

大きな窓からは朝から昼へと切り替わった陽光が射し込み、

ステンレスのカウンターに煌めきを落としている。

参加者達はエプロンを整え、

腕まくりをしながらわずかに緊張した様子だ。

一七八四年に、魔術師カリオストロが、

リヨンにあらわれて秘密結社のロージュを開いたみたいなものだ。

それは様々な記憶がジグソーパズルになってゆくという妄想をさせる・・。


料理教室の単発レッスンでは、講師の知名度、

食材の良し悪しのチョイスなど様々あるが、

初心者向けレッスンと銘打って、三八五〇円、

ええいこれ以上はどうしようもねえぞ、

どうとでもしやがれみたいな値段。

五千円というハードルを切った上で、ピザとパスタの作り方を教わり、

食べられるというのは、十分に採算が取れるものだと考えた。


トントントンと小気味のよいリズムが聴こえてくると、

台所へ迷い込んだ子供時代を思い出す。

昂奮した声と、透明人間たちの旗。

人に教えるというのは、もちろんただ出来るだけでは務まらない。

講師の包丁さばきや手際の良さに、俺も鹿子田先輩も、

「プロすごい…」と静かに感動する。

見よう見まねでやってみるが、スムーズに切れる人と、

めちゃくちゃ慎重に切る人の差がすごい。

となりのトトロを観た後に、

日本の原風景に感動するようなものかも知れない。


さて、キッチンにはすでに食材が整然と並んでいる。

小麦粉、卵、オリーブオイル――パスタとピザの材料がずらり。

「よし、気合入れるぞ!」

俺が腕まくりをし、鹿子田先輩がエプロンを手に取る。

借りると柄がやたら可愛いが、

鹿子田先輩が大人の女性ではなく女の子のように見える。

しかし落とし穴はまずそこから(?)


「このエプロン・・・小さい・・・」

「え? サイズ選びミスりました?」


エプロンを上手く結べないようなそぶりを見せていたので、

手伝いましょうかと言おうかと思ったら、手がぶつかる(?)

すみません、それで、と思春期の少年には出来ない大人の貫禄(?)


―――料理って男女の距離がこんなに近いのだ。

そのことを気にするあたり、非モテ成分を感じるが。


「これ・・・子供用・・・・・・」


適切なサイズのエプロンを見つけるまでにそれほど時間はかからないのだが、

既に講師が説明を始めていて、幸先が悪く、

お互い顔を見せ合いはにかんでしま―――う・・。

十代の男女か。

ステンレスのカウンターが光を反射して、清潔感があり、

そして機械的な性質を徐々に帯び始めて―――いる。


周囲では、計量ミスをして、

え、ちょっとこれ多くない、と焦るリアクションが聞こえてきて、

ついほくそ笑んでしまうが、次は自分の番(?)

失敗は成功の母だが、

料理のハードルを上げて飛び越えられなくする必要はない。

人生ハードモードの方がスキルアップにつながるという考えもあるが、

基本的なところで思う。

しなやかな猫のジャンプは素敵だけど、あれを見習っては駄目(?)


ガラスボウルに強力粉を入れ、俺は手でこね始める。

どことなく慣れた手つきで生地をまとめていくが、

鹿子田先輩は少しぎこちない―――というか、既に暗雲が立ち込めている。

「粉がめっちゃ・・・飛ぶ・・・・・・」

「力の入れ方が悪いんじゃないですか?」

「こう?……あっ!」


バッサァーーー!!!

鹿子田先輩が力を入れすぎた結果、強力粉が宙を舞い、

俺の顔に見事な白い模様を作り上げる。

講師がグレイト、という風に指を立てる。

ここまで盛大な失敗久しぶりに見たよと褒めてくれる。

―――いや、絶対褒めてねえよ!


マリオカートをしながら身体を動かし、

扇風機でワレワレハウチュウジンダとやる、

夏の日の間延びした空気を思い出す・・。


「……ちょっと、俺、幽霊みたいですかね?」

「いや…これは新たな料理の神・・・誕生…」

「鹿子田先輩、後で湖行きましょうね、

絶対絶対、行きましょうね、

天然シャワーが鹿子田先輩を待ってますよ」

「小日向君に―――デートに誘われてしまった・・・

絶対を二回もチョイスされた・・・情熱的・・・(?)」


―――そういう意味じゃねえ(?)


トマトを煮込んで、ゆっくりと木べらで混ぜる。

おたまでもいいのに、あえて木べらというのが本格的な気にさせる。

そこにはポリシーというものがあり、アイデンティティーがある気がした。

バジルとオリーブオイルを加えながら、

甘みと酸味のバランスを調整していく。

バジルって口にするだけで何か凄そうな度合いが跳ね上がる。

「これ・・・味見してみる・・・?」


鹿子田先輩がスプーンでソースをすくうと、俺が慎重にひと口。

しかし普通に料理しているだけなのに、時折微妙な間が生まれる。

それはやっぱり鹿子田先輩のせいなのだ。

だって、緊張のせいか、初々しさを出しておられ、

これもうなんか、あれだ、あれって何だ―――新妻(?)

恋人やいずれの日かの旦那に、

料理をするという妄想を爆上がりさせる。

嫌な意識だ、消えてなくなれ。爆発しろ(?)


「……うん、美味しい!」

「よかった・・・じゃあ・・・もう少し塩足そうかな・・・・・・」

俺が再び味見――そして、鹿子田先輩も味見する。

そして気づけばソースの半分がなくなっていた(?)


「ねえ、私達・・・ソース食べるペース・・・速すぎる・・・」


あえて分かっていて一番大事なことを聞ける根性、

大切だと思う(?)


「いや、味見は大事ですし?」

「これもう・・・パスタソースじゃなくて・・・トマトスープ・・・」

空気は催眠剤や、緩下剤のようなものだが、

講師は微妙な顔をしながら見守っており、

俺と鹿子田先輩は人形芝居のようなぎこちなさを帯びながら、

ソースを追加することを何故か決めた。

俺達はこのインストラクターの眼に教師の面影を感じた(?)

それからピザ生地を伸ばし、トッピングを開始。

影絵でも見るようなぼんやりとした書き割り。

鹿子田先輩はモッツァレラをたっぷり乗せ、

俺はバジルを慎重に配置していく。

やっぱり、バジルモード(?)


「アート作品みたいに・・・配置したい・・・」


さっきまでちょっと恥ずかしがる様子や不安そうなそぶりを見せていたのに、

いまは猫みたいに違う表情を見せていてドキッとする。

―――フクロウカフェで見せていた少女っぽさからの変化。


「いや、それは食べるものですから!」

「見た目も・・・大事・・・」

「でも、チーズ多すぎると溢れますよ!」


ピザの上で、俺と鹿子田先輩のこだわりが交錯する。

最終的に、チーズたっぷりで、

美しく配置されたバジルという妥協点に落ち着いた。

後、講師がこいつらイチャコラーダしにきたのかな、

という眼で見ている。


ああ、その眼なんだよ、眼が、眼が・・・・・・、

ムスカ大佐と、崩壊してゆくバルス後のラピュタシーン(?)​

そして一足先に、君をのせてを歌うだろう、裏声で(?)

そうなのだ、料理教室とは―――墓場(?)


ピザをオーブンに入れ、じっくりと焼き上げる時間がきて、

しばらく俺と鹿子田先輩はパスタ作りに集中していたのだが・・・・・・。


「ねえ……小日向君・・・煙出てない・・・?」


講師―――は、いや、尊師は(?)

このタイミングで火を弱めてくださいとか、

生地をこねる時は手のひらを使いましょうなど、

具体的なポイントを的確に指導できる。

(―――ちょ待てよ、何で急に視点変わったんだよ?)

だが、当たり前のことが出来ないということを、

的確に指導するための予知能力や、

危険察知能力を得てはいな―――いのだ・・!



―――察してください(?)



「えっ……やばい!」


オーブンを開けると、ピザが黒焦げになっている。

どうも、温度設定を間違えたらしい。

自然、ふわっとして風を柳のように受け流す流れ、

偉大なる講師大先生様は、

「大丈夫大丈夫大丈―――ブイヤベース(?)」


この期に及んでも、ワルツを踊っている。

すごすぎるぞ、この人(?)


「これ……炭?」

「いや・・・これはオペラント条件づけの期間中に、

生起する反応のグラフ式の記録―――でしょうか?」

「・・・・・げんじつ・・・とうひ・・・(?)」


黒光りという語は塗装面の平滑さなどから来る艶、

表面反射を意味していると言えるが、それがまさしく、黒光り(?)

行き過ぎているというか、撮影禁止というか、

そこ、肖像権っていうか、アクロバティックガイダンス。


「いや、まだギリ食べられますよ……?」


試しにカットするが、包丁がチョコレート質の何かと見紛いながら、

バキッと異音を立てる。


―――(回想這入りまーす)親戚の子に可愛いサンタコスは譲った、

僕は男の子、もうトナカイでいさせて、

赤鼻つけてもいいから照明でクリスマスを照らさせて・・(?)


「ふふふ・・・( *´艸`)」

「小日向君・・・顔が顔文字に・・・なってる・・・」

「だって、もう、ピザじゃなくて武器ですから(?)」

「盾やマンホールにも・・・使える・・・(?)」

「そんな用途、異世界ファンタジーでなければ求められません」


―――そして、ピザせんべい、として食べることに――(?)


気を取り直し、パスタ生地を伸ばし、手打ちパスタを作り始める。

隣のグループがすごく手際がよく、講師が軽くジョークを言っている。

順調に麺が整い、鍋で茹で始めるが・・・・・・。


「小日向君・・・なんか鍋から・・・泡がすごい・・・」


―――あのね、持ってる人なめちゃいけない(?)

あぁぁっ、と慌てて叫ぶ。

声の動揺が激しくなる―――髪を振り乱し、角膜から、

突出する、声というもう一つの皮膚、破片、

いまにも一荒れきそうな気配・・・。


「それ、吹きこぼれてますよ、早く火止めて!」


慌てて火を弱めるも、すでにコンロの周りが泡まみれ。


「なんか今日、食べる前に料理が試練を与えてくるんですね(?)」


―――そして、もう、他人行儀に語るスタイルを確立(?)

でも最初はなんとなく遊びに行くだけだったのに、

いまは料理を通じてもっと知りたいと思う気持ちが生まれている。



―――鹿子田先輩を、だ。



「料理の神様・・・意地悪・・・でも試練を乗り越えた者にだけ・・・、

美味しさを与えることも……あります・・・、

頑張らないと・・・いけません・・・・・・(?)」


―――鹿子田理論では、そういう風に解釈する(?)


ピザは黒焦げだったが、パスタは何とか成功した。

皿に盛り付けて、二人で試食する。

ピザを持ち上げた瞬間のチーズのとろけ具合、真っ黒だけど(?)


「これは……美味しい!」

と、嘘でもそう言おうと思っていたのに味はまともだった。

「ピザは……歯が強ければ・・・大丈夫・・・」

と、本気でそう言っているが、ラーメン屋のバリカタ仕様を、

おそらくおそらく―――ピザでは求められない方程式(?)


講師は―――いや尊師は、

“最初はゆっくりでいいんですよ。

慣れたら自然に手が動くようになります”と―――僕等師弟に、

優しくそう仰ったのだ。

(―――ちょ待てよ、何で視点変わったんだよジョージー?)

僕等はそれで緊張が解けたような気がした。

それはただの錯覚だったかも知れないけど(?)


経験がなければ分からないタイミングでも、

プロの技を惜しげなく教えてくれたのです、先生・・!

うおおおおお、先生!

そして、空にぷかぷか浮かびながら悟りを開いておられるあなたは、

「カレーカステラについて聞かれても困る」と謎の言葉を仰りながら、

今日という試練、課題をも、一皿の上の様々な料理の組み合わせとして、

あたたかく、あたたかく見守ってくれたのですね・・!

なんで飛んでるんですかあああああ!(?)


―――しかし料理初心者同士で励まし合い、

最後には、なんか戦友みたいだね、と言い出す人もいる。

真っ青な絨毯の上に貝殻を落としたような、

センチメンタルな気持ちになった。

町ぐるみの小さなお祭りだけど、ジュースおまけしてくれる。

ドラマティックなムードは、頑張りとワンセット―――だ・・。

登山口から降りて来る人達に挨拶しているみたいな爽やかな気分だが、

料理もまた、一種のランナーズハイなのかという問題はあるが(?)


「もはや歯を鍛えるための食べ物になってますけど、

何だかんだ、大失敗も含めて楽しい時間でしたね」

「次こそ・・・完璧なピザ・・・作るから・・・」

「そうですね、俺も家で練習します、来週は鹿子田ファミリーホームで、

黒焦げピザという名のバズーカするわけにはいきませんからね、

でも成功という名のバズーカで、

鹿子田ファミリーホームを駆け抜ける戦士となれ(←日本語しゃべれ)」

「うん・・・絶対に焼き加減ミスらない・・・」


でも料理の時間はただ食べることじゃなくて、

一緒に作ることの楽しさが何より大事だった。

俺は一層唇を固く閉じさせ、

眉根に深く刻んだ皺をピクリともさせない。

怒っているわけでも笑いをこらえているわけでもない、

一人で料理を作らないという選択肢もあるのだなと、

感慨深く思う。


どれも完璧な料理、調理風景とは程遠いけれど、

二人にとっては笑いの絶えない時間だった。

料理が苦手でも、失敗しても、

楽しんで作ることができれば十分なのだ。

それに鹿子田先輩の言葉はポジティヴだ。

包丁を握る手に、わずかに緊張が滲んでいた場面を思い出す。

鹿子田先輩があんなに硬い表情をしていたことなんてあるだろう―――か。

でも、しっかり、ちゃんと、短い時間だったけど何かを教わり、学んだ。


「次は絶対に・・・成功する・・・」

何だかんだ、鹿子田先輩が楽しそうに笑ってるのを見て、

嬉しくなるのが―――俺の収穫かも知れない。

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