第4話 食堂...夜のロッカールーム...


あれから、スパカモラブラブ姉さんの過去の投稿を一通り見返してみた。

これだという確信には至れないものの、

鹿子田先輩がそうである可能性は大分上がっ―――た。

ぼんやりと見ているのと、注意して見ているのとでは、

些細な部分に眼がいくようになる。

ただ、鹿子田先輩とそんなに話す時間がないというのも、ある。


もしそうだとすれば、

鹿子田先輩が俺を好きだということになる・・・・・・。


(鹿子田先輩が好きかという問いには肯ける、

尊敬しているのは分かっている・・・)

(でもそれが恋愛感情なのかどうかは分からない、

ただ、めっちゃ気になる、すげー気になる・・・)


よし、思い立ったが吉日、一念発起。

猛禽類と昆虫類の混淆から成る遠いざわめきの喧騒を離れた、

『企画・開発部門』の昼休み・・・・・・。



「あの・・・鹿子田先輩?」

「・・・・・・何?」

「今日のお昼って、何処で食べる予定ですか?」

「・・・・・・え?」


思考停止した顔をし、ひょいと後ろを向き、

鹿子田先輩のネガティブ節が炸裂する。


「・・・・・・社員食堂には来ない方が・・・いいと・・・思う・・・・・・、

井戸掃除をする・・・貞子が・・・ポルターガイスト・・・するから・・・(?)」


―――設定多いな(?)


「先輩を避けるために聞いてるんじゃないですよ」


アグレッシヴなまでに、 ネガティブな結論へと、

縦横無尽に突き進んでいくな、この人。

というか、鹿子田先輩に、

わざわざ昼休みにそんなことを言いに行ってどうする(?)

でも、もしかしたら過去に、

そんなことを言われた経験があるのかも知れないな、 とぼんやり考える。

物理攻撃力上昇を伴う―――口撃。

みんながみんなではないけど、 男は男に厳しいものだし、

女だって女には厳しいもの―――だ。


「じゃ・・・じゃあ・・・何のため・・・?」


というか、後輩が何処で食べるかと聞いたら、

普通に選択肢一つしかない。

(と、思われる、)

しかし世の中には、色んな人がいるので、

考えすぎてしまう人なんかは、

一番単純な答えが恐ろしいほど高い壁のようなハードルになることはある。

もちろん、愛妻弁当ですわよ、とカマ全開にすることもできる、

弁当作ってきていないが(?)


「それは勿論、よかったら、

お昼をご一緒にできないかなと思いまして・・・・・・」


分かり易く、好意を口にしておく。

勘のいい人なら、お茶を濁すべきシーンだろうけど、

鹿子田先輩マニュアルを作ってきた経験則として、

多分、何を言っても大丈夫って分かってきた。

あと、分かり易さが屈折のあまり曲解されること―――も(?)


でも一瞬、鹿子田先輩が、

乙女のような何かを期待している表情をしているのに気付く。

それで、もう一押しだと思う。


「この前も、偶然とはいえ、

一緒にカフェで食事しましたし、どうです?」


でも、鹿子田先輩を舐めプしないでいただきたい(?)

そこまできて、そこから―――高速道路逆走し、

ブレーキとアクセル踏み間違える、逸材なのだ(?)


「・・・・・・五千円・・・・・・までなら・・・大丈夫・・・です・・・、

人間キャッシュカード・・・それは・・・年上の上司の仕事・・・(?)」


それゆえこれは断れない案件で、

ある意味では社長や重役に仰せつかった類の指令ということですか?


「鹿子田先輩、タカリ目的じゃないです」


というか、何も、大丈夫じゃない。

あと、五千円って社員食堂で紛れ込んだフードファイターでなければ無理だ。

しかしまあ、世の中には部下にたかられる上司とか、

妻子のいる上司が部下にたかるということもあるらしい。

世も末だ。

というか、女性の上司に男性の部下がたかるっていう構図は、

フェミニストにごちゃごちゃ言われそうだ。

フェミニストだけど(?)


女性管理職というのは“部下を育てたい”とか、

“後に続く人たちのために道をつくりたい”

という利他性を意識した意見を持っていると聞く。

色んな人がいて、 やれ、女性は感情で仕事をするから付き合いづらいとか、

やれ、女性は社内政治に弱いから、

自分の昇格や出世に影響がありそうとか、

どうせ数値目標のために下駄を履かされて昇進しただけ、とか。

色んな意見があるけど、

女性の上司に男性の部下がたかるという時代は来るのだろうか(?)


懐具合はあるだろうけど、 お金はその人の心のあらわれでもあるから、

決して鹿子田先輩が嫌がっていないというのは―――分かる・・。

ただ、鹿子田先輩って、誰にでもそういう風に言いそうな所があり、

ちょっと分かり辛い。

いや、そもそも鹿子田先輩にそういう人がいないので、

比較する判断材料以前なわけだけど・・・・・・。


ともあれ、気を取り直して社員食堂へ移動する。

オフィスのフロアを抜け、階段を降りると、

食堂の入り口が見えてくる。

昼休みのピーク時になると、そこはまるで戦場のような賑わいを見せる。

扉を開けると、ふわっと広がる香ばしい匂い。

定番のカレー、日替わりの定食、そして社員に人気の揚げ物。

カレーは他のメニューより提供スピードが速く、忙しい人には重宝する。

奥の方には、好きな料理を選んで取るセルフサービスコーナー。

セルフサービスの小鉢を選ぶ時は、

無意識に栄養バランスを考えてしまい、

トレーを持った社員達が、選択肢を前に真剣な顔をしている。


完璧なドレミファソラシドを持っていて『ある音』を聞いたときに、

それに当てはめて音名を当てるみたいに・・。

―――迷宮での幻聴や、迷いの森での案内する声・・。


「今日のカツ丼、サイズ大きくない?」

「栄養バランスを考えて、小鉢も取るべきか……」


決断力が試される場だ。

小鳥に催眠術をかけている大蛇の魔力のような食欲。

テーブルの並びは、部署ごとに何となく固定化されている。

ベテラン社員が雑談する長テーブル、新人が集まるカウンター席、

そして食事に集中したい人たちの静かなソロエリア。


「・・・・・・奢ったのに」

「いいんですよ、さっきも言いましたけど、

そういう目的で誘ったわけじゃないんですから」

「・・・・・・なら、どういう目的?」

「え?」

「・・・だって、私なんかと・・・ご飯を一緒に食べるメリット・・・、

小日向君には・・・ないと思う・・・学級委員長に言われたの・・・、

ううん・・・先生に言われたの・・・」


―――子供がえりしないで、鹿子田先輩(?)


でも、悲しいことを言う。

メリットやデメリットで考える人が増えた、

女性的な時代なので、こういう意見は出てくる。

効率性重視なのだ、世の中。

不意に全国の箸袋の収集家を思い出す。

必要ないことや、興味のないことは、

存在する場所さえ許されないのだろうか・・・?


涸れた井戸に石でも放り込むみたいに、人間はそんなに単純じゃない。

それは、膿んだ傷口のように燃えた。

でも心の底に流れている言葉は知っていた、

何の衒いもなく、他愛もなく投げられた言葉は、

歳月のあまりの無常さを知ってい―――る。


鹿子田先輩は、さっき食堂の一角で、トレーを前に悩んでいた。

とはいえ、席の確保が第一ミッションなので、俺がさっき確保してきた。

謎の固定席文化もあり、上座下座中州というわけではないが、

そこはかとない考慮が必要になる。

「……どっちが……いいかな……」

カツ丼と親子丼の前で数秒フリーズし、それから、

「先輩、カツ丼の方が満足度高いですよ」

「……でも、親子丼の・・・ほっこりする・・・優しさも……捨てがたい……」

結局、悩みに悩んだ末に選んだのは。

「……ラーメンにする」


どっちも選ばないという謎の選択、

―――いや、ウルトラチョイスをする鹿子田先輩。

本当に何でもよかったので、俺もラーメンにした。

でもトレーを持った瞬間、カツ丼を横目で見ているが、

もう後戻りはできない。

煮物の、煮崩れた野菜って、なぜこうも美味しいのか、

というような表情をしている。

今度もし機会があったら鹿子田先輩の迷っている方を選んで、

一口ぐらい食べさせてあげようかな? 

それは―――ユーチューブのショート動画で見た、

まだ小さな肉食ネコ科動物への餌付けという気がした(?)


「そんなことないですよ、 鹿子田先輩と仲良くなれるじゃないですか」

「・・・仲良く・・・なりたいの・・・?」


『仲良くなりたいの?』と聞いた時の顔、

ほんの少し期待していたような、そんな表情が浮かんだ。

高速道路に架かるでっかい陸橋のようにも思えた。


「はい」


正確にはスパカモラブ姉さんのこともあり、

鹿子田先輩のことをよく知りたいって感じだけど、

何せ俺はまだ鹿子田先輩のことを、よく分かっていない。

彼女が本当にスパカモラブ姉さんなのかもそうだし、

もしそうだとして、 彼女が何故俺に片思いしてくれているのかもそうだ。

ベランダ菜園でパクチーを育てているぐらい、分からな―――い・・。


人の心を知りたい、分かりたいっていうのは、

透視したい、未来を読みたいっていうことなんだろう―――か、

もしそうなんだとしたら、人間って天敵がいなくなって、

動物や昆虫に比べれば、かなり自由なはずなのに、

本当につまらない生き物なんだろうな。

今現在以外に、どんな答えの一つも成立しないはずなのに。

だけど、やっぱり人の頃を知りたい、分かりたいと思うのは、

―――こうやって対面した席で、 偶然覗いた表情のせいかも知れない。

あ、ここが重要ポイントだ。

頬の濃淡のように筋肉がちらと動くのが分かる。

鼻の尖端から唇へかけての横顔の曲線。


「そう、そっか―――ありがとう・・・」


こうして彼女の照れて笑う姿が可愛いということすら、

今初めて知ったぐらいなんだ。 照れて笑う姿が、

今まで見たことないぐらい可愛い。

でも、交通整理は終わっていない。

片方の耳の奥では、動脈の張る音が高く明らかに鳴っている。

込み入った地図の中から、目的の場所をうまく見つけられない。

そういえば気のせいかも知れないけど、

スパカモラブ姉さんの投稿が近頃、少し増えた気がする。

毎日を誰かに見せたくなるぐらい、 充実しているからだろうか?

食堂を出る時、ほんの一瞬、 鹿子田先輩が俺の方を見た気がした。


ただ、その時の顔がいつまでもはっきり自分の印象に残りそうだ、

という予感があった・・。

―――恋はどんなタイミングでも、始まるもの・・。




社内の時計が、夜の二十二時を指していた。

仕事が忙しいのとは別に、もうやること片っ端からやって、

オフに入ろうとついつい遅くなってしまいがちだ。

オフィスは既にほとんどの社員が帰宅し、静けさが広がっている。

わずかに残っているのは、深夜まで資料整理をしている管理部の数人と、

雑務を片付けている経理のスタッフ――そして、俺ぐらいだろう。


「……さて」


俺は立ち上がり、社内の片隅へと歩き出す。

仕事終わりにふと気になったことがある。

物語と幻想と現実が織りなす情景―――だ。

穴あき窓調整器もないし、角棒開き窓調整器もない。


―――『使われていないロッカーの整理』


社内の一角には、今はもう使われていないロッカースペースがあり、

そこには保管され続けている何かがあるらしい。

使われなくなったロッカースペースは、

一部の社員にとってちょっとした物置になっている。

これは周知の事実だ。

段ボールが積まれており、そこには古い会社の資料や、

退職した社員が残していった荷物が静かに眠っている。

過去の販促品やイベントグッズが積み上げられており、

誰かが手を伸ばせば、何年前のものか分からない、

ノベルティが出てくるかも知れない。


そして、その場所に、

『Unidentified Mysterious Animal(未確認動物)』みたいに、

―――鹿子田先輩がいるという話を耳にした(?)


残業を終えた後の遅い時間に、何故かその場所にいるらしい。

ただの整理なのか、それとも何か目的があるのか……?

さざえのごとく疲れきった頭脳は、醗酵してきたような具合で、

それ自体が――時間の水底に沈殿する・・。

ちなみに、複数の情報源があり、調査に乗り出したというわけ―――だ。

ちなみにのちなみにだが、報酬はない(?)


静かな廊下を歩き、ロッカールームへ向かう。

夜中に何をしているんだろうという気はしつつ、

廊下を歩くたびに、足音がわずかに響く。

昼間の騒がしさとは全く違う静けさだ。


「こんな時間にロッカー整理って、何してるんだろ・・・・・・」


そう思いながら、目的の部屋へと向かう。

というか、いなかったらどうしようと思う。

それこそ、肝試し案件である。

そして、ロッカールームの扉を開ける。

照明は点いていたが、少し薄暗い。

かすかに残る紙の匂いと、金属の冷たい質感がした。


「・・・・・・」


通常の業務スペースから一歩踏み入れると、

そこは不思議なほど静かで、 ひんやりとしている気がする。

線路の向こうの土地開発を謳っていた巨大な看板の背後に、

まだ見ぬ祝福された構築物としてのプロットがあるような、

微妙な違和感を覚えた。 部屋の中には整理途中のダンボールと、

不規則に積まれた書類の山。

そして――その隙間に、鹿子田先輩の姿。


「・・・・・・出た!」

誰が幽霊だと思うが、 確かに急に俺が現れたら怖いのかも知れない。

「・・・・・・いや、何でいるんですか?」


俺は思わず足を止めた。

鹿子田先輩は、棚の奥に手を伸ばしている。

少ししゃがみ込むような体勢で、黙々と作業しているのが分かる。

だが、その手元をよく見てみると―――スパカモのグッズ・・。

確実に、スパカモのクッションや小物が整理されている。

まるで秘密結社のアジトに足を踏み入れたような錯覚があり、

もっと的確に言うなら駄菓子屋博物館へ迷い込んだようなもの。

もしかして、ここは……。


ばらばらの手足が影絵のようにおよぐ。

ルノワールの“ムーラン・ド・ラ・ギャレット”を思い出す・・。

舞踏る―――転轉る・・・。


隠されたスパカモコレクション・オン・ザ・ロッカー?

この光景、考えれば考えるほどシュールだ。

会社に私物を持ってきてはいけないという、

修学旅行の先生みたいな気分になるが、

しかし、迷惑になっていなければある程度のことは許される。

だが、撤去を命じられたらどうするのかとちょっと心配になる。

鹿子田先輩は気配に気付いたのか、少し振り向く。


「……これは、その……会社の・・・備品整理の一環……」


聖域というか、サンクチュアリ感を出している人が、何か言った(?)

数秒の沈黙。

だが、俺の視線が完全にスパカモのグッズに、

向いていることを悟ったのだろうか、観念したのか・・・・・・。


「・・・・・・見なかったことに・・・・・・してほしい・・・・・・」


俺は思わず笑いそうになった。

口許を細長くきりっと結んだあの形。

優しさに戸惑う、森のうすぐらい湖のような形状・・・・・・。


「鹿子田先輩、それ言う時って、大体核心突かれた時ですよね?」

「……違う……!」

「いやいや、もう完全にスパカモのグッズ整理してるじゃないですか」

「……違う……これは……その……書類の整理……、

禁断の詠唱呪文を・・・唱えに・・・世界最後の魔法使いが・・・、

黒いローブを・・・着ながら・・・やってくる・・・(?)」


―――あの、スルーしますね(?)



書類は確かにロッカールームにあるが、

鹿子田先輩の手元に一枚も書類がない、

というところの―――書類の整理(?)

まあ、監視カメラでテトリスをするみたいな鹿子田先程の動向を、

観察していたわけではないので、

先程までは本当に書類を整理していたという可能性もないわけではない。


何気なく、ロッカールームを見回しみる。

かつては社員たちが愛用していたであろうロッカーが並び、

今はひっそりと沈黙を保ち、いくつかの扉は完全に閉じられ、

一部はわずかに開きかけていて、中の暗がりがちらりと見える。

張り紙が剥がれかけた扉もあり、

そこには個人使用禁止と書かれた文字がかすかに残っている。

一番端のロッカーには、誰かが忘れていった水筒がポツンと置かれているが、

もう誰もそれに気を留めることはない。


「いや、そのクッション完全に柴犬を抱きかかえる時みたいに、

大事そうに扱ってますよね?」

「……これは……バランス……バーコードをピッと・・・、

読み取ると・・・軽くなる不思議・・・(?)」


そんな機能搭載されていたら、どうかどうかどうか、

―――教えてくださいね(?)


「バランス?」

「……ここの空間を調整するための……クッション……」

「いやいや、何の空間ですか?」


結局、完全に言い訳が迷走している。

ここは“誰にも見られない場所”――だからこそ、

鹿子田先輩は時折ここに足を運んでいるらしい。

会社には堂々と置けないけれど、家には持ち帰りたくない。

そんな中途半端な存在として、ここに保管されているようだ。


「それにしても、ここで何してるんです?」

「……整理・・・・・明日・・・・・・休みだから・・・・・・舌の奥で・・・、

唾液が溢れた・・・パブロフの犬的な・・・反応・・・」


―――そういう使い方、新鮮(?)


「訂正させていただきますけど、スパカモの整理ですね」

「……違う……」

「違わないですよね?」


鹿子田先輩は、わずかに視線を伏せながら、小さく溜息をつく。

「……まあ……そうかも……」

認めさせるのに時間がかかる。

上司だけど、まったく困ったベイビーだぜ、と思う。

「でも、ここって誰も使ってないロッカーですよね?」

「……昔、ここ……ちょっと……使ってた……」

「え?」

「……個人的に……グッズの……置き場所として……」

「つまり、スパカモ専用ロッカーだったんですね?」

「……違う……!」

「もう認めてくださいよ」


鹿子田先輩は、わずかに顔を赤くしながら視線を逸らす。

だが、その手元の動きは、完全にグッズの整理モードだ。


「……こんな時間に来たのも……ただの整理ですか?」

「……気分……雨の匂い・・・ペトリコールとゲオスミン・・・、

童話のタイトル・・・みたいだと思う・・・」


―――思いますが、一体それがどういう関係が(?)


「気分で、こんな時間までロッカー整理することあります?」

「……たまに……ある……印章派という・・・透明な翅をして・・・、

またロマン派の・・・結晶的な・・・雰囲気をして・・・」


―――美しいですね、美しいのが世迷言っていま知りましたよ(?)


「たまに?」

「……うん……盆踊りが・・・祭りにあるように・・・、

焼きそばが・・・祭りにあるように・・・」


先輩だけど、上司だけど―――アンタ、何言ってるんだ(?)

結局、鹿子田先輩はこの場所を、定期的に訪れているらしい。

スパカモのグッズをこの空間に保管しつつ、

誰にも見られないように、大切に整えていた――。

そして、夜は更ける。


「でも、これ全部、会社に置いてるんですね」

「……家に置くと、バレる……蜜蜂や・・・天道虫も・・・、

太陽と・・・月の夢を見る・・・まだ味わい得られぬ・・・エレメント・・・」


―――ところでフィフスエレメントって映画観たことありますか(?)


「バレるって誰に?」

「……いろいろ……」


具体的に言わないところが、鹿子田先輩らしい。

両親だろうか、三十路手前の鹿子田先輩が、

こんなファンタジーな趣味を持っていると色々突っ込まれるのかも知れない。

理解していない人にとっては、

ディズニーランドのカチューシャが何百個もあるようなものだろうか?

夢の国でなければ、それはただのわけのわからない記号である。

本を読まない人にとって、本はただの飛び道具であり、

その筋では広辞苑という殺傷能力指定の武器はアルマゲドンと呼ばれる(?)


いつか、鹿子田先輩に捜査令状を持った警察みたいに、

家宅捜索したい衝動に駆られるが、

さすがにそれは行き過ぎというものだろう。

でも昔のピアノの調律がいまとは少し違っていたことを、

音色のいい口笛や、砂漠の中のオアシスのように、

思い出―――す・・。


「まあ、誰にも迷惑かけてるわけじゃないですし、いいんじゃないですか?」

「……そう?」

「はい。むしろ、ここに来てまで整理するなんて、すごいですよ」

「……まあ……」


先輩は静かに手元のグッズを整理しながら、

わずかに考え込むような顔をする。


「……小日向君・・・いつも……こういうの・・・気にするよね……」

「え?」

「……変なところに・・・気付く……ウィリアム・モリスの・・・、

愛した・・・アカンサス模様・・・(?)」


―――ダンテならシンメトリーな、幾何学文様のパターン(?)


「それはまあ、眼の前でスパカモの整理してたら、気付きますよ」

「……そうだね……」


こうして、夜のロッカールームには、

理解、暗示、示唆、誘導、提示を経て、

妙な静けさと不思議な空気が流れていた。

スパカモのロッカー、誰にも知られないコレクション、

そして鹿子田先輩の少しずつ変化する距離感。

こうして、またひとつ鹿子田先輩の謎が解き明かされたのだった。





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