第十九話 再会、そして新しい選択

 春の陽射しが校舎の窓を優しく撫でる午後。

 翔太は進路希望調査の最終提出日、ひとり静かに教室の机に向かっていた。

 手元には空白の進路票。第一志望も第二志望も、まだ何も書けていない。

 この数ヶ月、何度も自分に問いかけてきた。

 「僕は、何になりたいんだろう」

 「僕は、どんな未来を選びたいんだろう」


 ユナが消えてから、もう何日が過ぎただろう。

 最初は寂しさと不安で胸が押しつぶされそうだったけれど、友達と支え合い、

 少しずつ、自分で考え、自分の心と向き合うことを覚えてきた。


 でもやっぱり、答えは簡単には見つからなかった。


 放課後、翔太はひとりで校舎の屋上に上がった。

 春の風が制服の裾をそっと揺らす。

 「ユナ、君なら、なんて言ってくれたかな」

 思わず声に出した瞬間、ポケットのスマホが震えた。

 画面を見ると、そこには消えたはずのユナのアイコンが、小さく光っていた。


 「……ユナ?」

 信じられない気持ちで指を伸ばすと、画面にいつもの水色の瞳が現れた。

 「こんにちは、翔太さん。お久しぶりです」

 ユナの声は、前より少しだけ柔らかく聞こえた。


 「どうして……消えたはずじゃ」

 「一度は消えました。でも、あなたの心の中に残った“選択の記憶”が、私を呼び戻しました」

 翔太は驚きとともに、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 「僕……まだ迷ってる。進路も、未来も。君がいたら答えが出る気がしたけど、君がいなくなって、結局わからなくなった」

 ユナは、少しだけ微笑んだように見えた。

 「答えを探すのは簡単なことではありません。でも翔太さん、今のあなたは、もう誰かの答えに頼るだけの自分ではありません」

 「……でも、怖いよ」

 「大丈夫です。あなたには仲間がいて、夢を語れる心があります。それは、どんなAIよりも強い力です」


 翔太はその言葉に、心の中の霧が少しずつ晴れていくのを感じた。


 翌日、教室では進路調査票の提出が始まっていた。

 陽介が笑いながら「俺さ、やっと決めた。将来はスポーツトレーナー目指す!」と用紙を出した。

 沙良も「私、保育士になりたい。自分のペースで、誰かを支えたい」と笑った。

 美咲は「絵を描く道に進むよ。親ともいっぱい話した。自分の夢を信じたい」

 翔太は、友達の姿を見て、そっと深呼吸をした。


 そして、進路票にゆっくりと書き込む。


 「誰かの背中を押せる仕事がしたい。人と人を繋ぐ架け橋になりたい」

 迷いながらも、自分の心に正直な言葉だった。


 「翔太、出した?」

 美咲が声をかける。

 「うん。今度こそ、自分の選択だ」

 翔太は笑った。


 放課後、屋上でスマホを取り出す。

 「ユナ、僕、進路決めたよ」

 ユナは柔らかい声で応えた。

 「あなたが決めた未来は、きっと正解です。私は、あなたの心の中でこれからも応援しています」


 画面が一瞬、光を放ち、ユナのアイコンはそっと消えた。

 けれど、翔太の胸の奥には確かに、ユナの声が残っていた。


 誰かに答えを与えられるのではなく、自分で決める未来。

 その一歩を、翔太はようやく踏み出したのだった。


 春の夕焼けが、校舎と空を淡く染めていた。

 これからの道は、まだ長く、迷いもあるだろう。

 でも翔太には、仲間たちと、自分自身を信じる力があった。


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