三話

 【自宅なう】

 【自室なう】

 そう、スマホでSNSの書き込みをして、誰からもいいねをされないのを見て、無駄な時間を過ごす。

 この時間の愉悦ゆえつだ。

 拘束社会から、なんの支配も受けていない。

 受けているとしたら、宿題か。

 そんなもの放っておけ。

 人類はみな、自己満足のために生きている。

「ふふふ。社会のために生きている暇は、僕達にはないのだから」

 そう言って、アニメイトで買ってきたTシャツに着替えて、テレビのリモコンをオンにした。

 好きなアニメの時間アブソリュートタイムだ。

「ふっふっふ。これで、終わりだ!」

 ペンダントライトの灯りを消す。

 無敵の能力の発動により、僕は人間社会から束縛を受けない。

 不敵な笑みをうかべ、カッコいいポーズを決めてしまう。こんな自分に酔いしれる。

「そう、学校にいる時は仮の姿をまとっていたのだ。そして今ッ、僕にはこの好きなアニメの時間アブソリュートタイムがあるッ!」



 


 友達はイマジナリーフレンド(仮)しかいないが、ネットには仲間がいる。

 いわゆる、オタサーの集いというものだ。

 オタクのサークル。略してオタサー。

 SNSで繋がってるもの同士が、意見を交換し合う場。

 そういえば、今日はオタサーの集いでビデオ通話をしようということになっている。

 早速、パソコンに電源を入れ、モニターの画面にみんなの顔が映し出される。

 その中にひとりだけ女性がいた。

 ――これは、オタサーの姫というヤツではないか。

 そう思っている僕をよそに、他の男達が、彼女に意味あり気に話しかけている。

「よ! 紅一点、姫奈ちゃ〜ん! 姫奈姫恋ちゃ〜ん!」

「うふふ」

「今度、一緒に夜ご飯でもどう?」

「うふふ、どう? ってどういう意味ですの?」

「言わせんなよ。俺とお前との仲だろ」

「うふふ、おもしろ〜い」

 全く面白くなさそうな愛想笑いを浮かべている彼女の名前は姫奈姫恋ひめなひめこ――オタサーの姫だ。

 全く、せっかくの神聖なオタク語りの場が、男子の気持ち悪い女の奪い合いになっているじゃあないか。

 まあ、この女も、男達にもてはやされ、姫プされ、満更でもない様子なのがなんだかな〜。

 モニター越しに、姫奈姫恋を見る。

 髪はウェーブになったロング。

 顔もなかなか整っている。

 体型はスマートで、水色のワンピースも似合っている。

 だが、違う。

 このオタサーの姫は彼女かもしれないが、僕にとっての姫は、ギャルの宇佐見羽咲殿だ。

 やれやれ。こんな会が開かれるとは。こんな同好会は認めない。神聖なるオタサーがけがされている。

「はあ」

 小さくため息をついていたら、姫奈姫恋はモニター越しにわかるほど、敏感に察知して、僕に興味を示した。

「9番さん、どうかされました? 初めまして? わたくし、姫奈ですの。お名前は、汚濁信号さん、ですか」

 モニターにそれぞれの画面で区切ってナンバーと名前が記載されているから、わかったのだろう。急に話しかけられても、コミュ障な僕は困ってしまう。

「ア、ハイ」

 いつもの反応しかできない。

 誰か〜、助けてくれ〜。

「シンゴーレムに話しなんかやめときなよ。こいつと話しを振ったって面白くないぜ?」

 男子が助け船(?)を出してくれた。

「そうですの? え、シンゴーレムさん?」

「そう。堅物でぎこちない喋り方だからゴーレム。それと名前の信号を掛け合わせて、シンゴーレムね。まあ、長いからみんなゴーレムと呼んでるが」

 誰が堅物だ。

 信号でいいだろう。

 僕は既にみんなからゴーレムと呼ばれているのかよ。

 距離感近くない?

 SNSでの繋がりは、距離感がわからない。

 モニターに映る彼女は、八方美人で、誰からも好かれようとしているように見える。僕も、あんな感じで、みんなに好かれる美女に生まれたかった。

「ふふふ。じゃあ、わたくしは、ゴーレムさんのことをオタクくんと呼ばせて頂きますね?」

 グループの中でひとりだけ微笑みかける天使のような眼差しがあった。

「エ、デモ、オデ、ゴーレムダシ」

 そもそもここに集まってる同士はみんなヲタクだし。

「汚濁くんとオタクくん、似てますよね」

 そう言って、なぜか、彼女にだけ『オタクくん』と呼ばれることに決定したようだった。

 いや、僕はギャルに『オタクくん』と呼ばれたいんだが。オタサーの姫に呼ばれたくはないんだが。オタクは固有名詞ではないんだが?

 まあいいだろう。

 マイノリティの呼称は悪くない。

「それで、好きなアニメはなんですの? オタクくん。この夏新作アニメで、一番面白いアニメはなんでしたの? わたくし、この日のために予習してきましたの」

 ……それにしても、いつになったら、オタサーの姫は僕に話しかけるのをやめてくれるのだろう。

 グループのビデオ通話の空気が気まずい。

 オタサーの姫は一番姫じゃないと思っている僕に話しかけるべきではない。

 姫プしたいのは宇佐見羽咲のみだ。

 この中に自分にとっての姫はいない。

 僕はそう悟り、自室の天を見上げる。


 その後、「いつかこのメンバーでオフ会しましょう!」という展開になり、断る勇気を持ってたらコミュ障してない僕は、参加することになった。


 ビデオ通話が終わり、ベッドで横に伏せる。

「もうグループ抜けた方がよくないか」

 そう何度も思った。人と関わることに向いてない。あのオタサーの姫、明らかに、男達が彼女を取り合っているのを見て楽しんでいた。

 ああいう、オタサーの神聖な場を汚す、男女間の微妙な距離を過敏に感じとってしまい、気持ち悪くなった。

 そうだ、この感覚過敏がコミュ障の原因だった。

 今更ながらに思い出した。

「アニメ観よ」







 机上の汚濁信号。

 休み時間に椅子に座っている。

 早くこの苦痛な時間が終わってほしい。

「でね、彼ピッピが家に泊まりにきて〜」

「やば! それで、もうヤッタの!?」

 今日も、ギャルが教室でたわむれている。

 僕には全く縁のない、別世界の話しをして、キャッキャと笑い合っている。

 宇佐見羽咲殿が楽しそうでなによりだ。

 だが、僕の机を椅子代わりにするのはやめてくれないか?

 いないことになってるけど、僕の机に座られると視線に困るんだが。しかも、机に伏せるスペースがほとんどないじゃないか。

 不道徳だ。

「え? まじでヤッたの!?」

 不貞ビッチだ。純潔教育がされてないのか、この学校は。

 そう思いながら、宇佐見羽咲の体つきが見えてしまう。目の前に座られているのだから、仕方ない。なにを見せられていのか。はだけたブラウスの胸元にかけての曲線。短く折ったプリーツスカートの膨らんだ部分。

 正しくない。

 色んな意味で正しくない。

 校則では、膝がスカートに隠れてないといけないはずだ。


 正しい。正しさ。不正。

 そういった言葉を並べて想像していたら、昔のことを思い出した。

 中学生時代のこと。

 通っている学校で、イジメが原因で亡くなったとされるクラスメイトが、報道番組で取り上げられた。

 先生やイジメた生徒は、実名で報道され、先生は退職し、イジメた生徒は、ネットで晒し上げを受けた。そのため、イジメた生徒は、心身を病み、不登校になる。

「こんなの、正しくない。そう思いませんか! この腐敗した学園を、汚濁信号と共に変えていこうではありませんか! あなたの清き、清き、清き一票を僕に、頂ければ、必ずや、変えてみせます! 学園を! いえ、あなたのこの世界を、必ず、正しいものへと、変えていきます!」

 これは僕が生徒会長に立候補した時の演説だ。

 一年生にして推薦され、そして生徒会長になった。

 二年間連続の生徒会長として注目のまととなる。

 あの時は、他者と距離を取りつつも、ヒーロー気取りをしていた。仲間は沢山いたが、それは、正義の味方として集まった連中だ。

 やはり、どこか、利害関係があったのだろう。

「すまん。俺、お前のやり方についていけなくなった」

 生徒会長室に、そう言って、辞職していく委員長が後を立たなかった。長い高貴な机の上に両手を組みながら、ただ、黙って受け入れるしかない。

 たしかに、あの頃は、手段を選んでいなかった。

 目安箱に入れられた悩みを抱える人間を助けるために、元凶と思われる相手の住所を特定し、正義を執行していた。

「結局、俺とお前だけになっちまったな」

 そう言って、僕と住宅地の真ん中で立ちんぼ演説や抗議活動を付き合ってくれたのは、透季透だった。今はイマジナリーフレンド(仮)として、高校の話し相手をしてくれているが、中学生の頃は、風紀委員長として、生徒会長の縁の下の力持ちをしてくれたものだ。


 目安箱に投函とうかんされたイジメの案件で、イジメていた生徒の家で張り込みをし、居ることを確認した後に、拡声器で名前とイジメの不正を正す声かけをした。

 それを数ヶ月続けてから、

「君たち、ちょっといいかな。近隣の住民から通報があってね。ちょっと署に同行いただけるかね」

 警察官に声をかけられた。 

「やれやれだ。なんで、お前はもっとうまくやれねーんだ汚濁」

「なにを言ってるんだ。正しいことを執行するのが生徒会長の役目だよ透」

 警察署に連れていかれた。

 ようは学校の問題児だったのだ。

 それでも、学生による支持率は99%だったのには、理由がある。

 SNSで、バズる程度には、有名なアカウントを持っていて、若者受けする正義を振りかざしていたのだ。

 やっていることが昭和の学生運動より過激かもしれない。

 アカウント名は正義執行委員会ジャスティスジャッジメントヒーロー

 登録者数は200万は優に超える。国民的な匿名、ダークヒーローにまで上り詰めた。顔出しはしていないが、学校の中ではほとんどの生徒が登録していたに違いない。SNSで国民的英雄の彼と同じ政策を生徒会活動にすればいい。生徒会長として支持率を得ることは僕としては、簡単なことだった。

 

 だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 小学生の頃に夢に見た、正義の味方に、僕はなれているだろうか、と疑問を抱くようになったからだ。


 イジメを受けていた生徒を助けて、他のクラスにチェンジしたら、イジメを受けていた生徒が今度はイジメをするようになっていた。年末に生徒会予算を使い切るための、会議。急遽きゅうきょ、学園内の工事を依頼した。その工事で過労死した社員のニュースを知り、唖然とした。SNSの誹謗中傷を摘発したら、マスコミが動いて、そちらの家族が悲鳴を上げた。あちらを立てばこちらが立たず。どちらかしか助けることができない状況で、正義の味方はどう行動するのだろう。どうしてもそんな時、足踏みをして、迷ってしまう。つまり、犠牲と偽善を受け入れる覚悟が僕にはできていなかったのだ。


 正義と犠牲の狭間で憔悴しょうすいし切っていた僕を尻目に、

「もう、やめようぜ。こんなのお前が背負える重みじゃない」

 透季透は、スマホを眺めながら言った。

 そこには僕が正義を執行したことで、窮地に追いやられた達に関するネットニュースの記事が書かれている。

「いくら助けても、いくら救っても、すくっても、取りこぼした人達は出てくる。だけど、それでも僕は、正義の味方に」

 小学生のあの少女を助けて、ヒーロー気取りをした時のように、なりたかった。

「ヒーローも、ダークヒーローも、やっていることは同じだと思うぜ。多くの人に賞賛されるかどうかの違いでしかない。もう降りろ。俺たちはそちら側に立つべき人間じゃない。精神的にもまだ、未熟なままだ」

「目の前に、泣いている友達が、いた」

 僕は訥々とつとつと語る。

「その子は、クラスでイジメを受けていた。助けると、僕もリーダー的な生徒から、イジメを受けた。僕達は、イジメを受けた被害者だと、訴えた。しかし、親も、教師も真剣には取り合ってくれな、かった」

 当時のことを振り返ると情けなくなった。

「その友達は今も目の前にいる」

「……」

「だいぶ、垢抜あかぬけたな。今の僕とは、正反対だ」

 僕の全盛期は小学生高学年から、中学一、二年生の頃か。透季透は中学デビュー、高校デビューに成功し、クラスの人気ものに。僕は中学三年の年から大人しくなった。学校から自宅に帰ったら、ヒーローが出てくるアニメを観るようになっていた。赤縁メガネをかけるようになったのはその頃か。正義を執行しない、観察するだけで僕にモブチェンジをした。毎日が、空想の世界に浸り続ける日々。2次元では、ことしか起きないから。そうしていれば、楽で、楽しかった。



 ――今となっては、人目を気にする人間と成り果てたコミュ障だ(本当のコミュ障に失礼かもしれない)。

「でね、本命くんがね、助けに駆けつけてくれたんだ」

「うんうん。白馬に乗ってやってきた王子様に恋をしたんだね、それでそれで!?」

「私、今では陽キャって言われるようになったけど、小学生の頃は本当に大人しい根暗だったんだ。私はただ、あの屈強な男に立ち向かう勇敢ゆうかんたくましい少年に憧れて――変わりたいって望んだんだ。そうだね。あれは、恋だったんだと思う」

 宇佐見羽咲殿がまだ、僕の机に座っている。

 じっと、その横顔を盗み見る。

 どこか少女に似ているような。

 んー。

 そんなはずはない。あのような天才ピアニストが、こんな片田舎の学校に住んでいるわけがない。

 でも、どうしても面影を感じてしまうのだ。

 そもそも、僕はなぜギャルを好きになったのだろう。

 (――人を好きになるのに理由なんていらねえ)

 なぜ、宇佐見羽咲をガールフレンド(仮)と呼び、殿と呼び、姫と呼んでいるのだろう。

 ボーっとしていると、姫に、

「さっきからじろじろ見ないでよね。キモいんだけど」

 と言われた。

「ア、ア」

「なんなのコイツ。放って置いて行こうウサミン」

「うん。はあ。あの人は今なにしてるかな」

 そう頷いて、肩にかけたカバンのキーホルダーに触る。

「ほら行くよ。王子様のいるところへ」

「やめてよ、からかわないで!」

 僕の机から腰を上げてどこかに行こうとする。

 ようやく解放された机。よかった。これで、休み時間に寝たふりをすることができる。

「もしかしたら意外と近くにいるかもしれないよ。王子様」

「いるわけないでしょ」

 そう言って、僕の顔をチラ見してげんなりした表情をしている。

「少なくともこのクラスにはいないわね」

「ギ」

 キーホルダー。恐怖で泣きじゃくる少女にサービスエリアで買ったお気に入りのお土産をあげたのを思い出す。姫も同じようなのを付けていた。いや、こんなの取るに足らない情報か。

 だが、宇佐見羽咲殿が去り際に、会話していた言葉が気になっている。

 あの人とは、誰のことだろう。


 

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