ギャルに優しいオタクは姫に尽くす
かげる
一話
僕の名前は
どこにでもいる冴えない高校生。
オタクという部類に属するらしい。
深夜にアニメを観る人生だ。
「キャー、
今日も今日とて、僕のイマジナリーフレンド(仮)である
なぜか、イマジナリーフレンドが女子にモテているが、気にしないでおこう(つまりこれは虚構ではないのか!?)。
そんなことより、我が学生時代の生き甲斐、ガールフレンド(仮)
やがて、目の前にハーフアップに結った金髪をしている彼女が現れた。
心臓部の鼓動が速くなる。
「うっす、透、朝からモテモテだねー!」
そんな宇佐見羽咲は僕を素通りしてイマジナリーフレンド(仮)に声をかけている。
まるで、自分は存在していないかのような振る舞い。
ここは教室。
ギャルの顔を見れただけで満足だった。
体育の授業が始まる。
赤い縁のメガネを外して、机の上で寝たふりをする。
体育の授業に行くのが億劫になったのはいつからだろう。
早く体育館の脱衣室に向かわないといけないのに。
「ウサミンいくよ!」
「ちょっと待って、今彼ピッピに返信してるから!」
道中を誘われる友達が、宇佐見羽咲にはいる。
だが、僕にはいない。
いるのは、イマジナリーフレンド(仮)の透季透くらいだ。
脳内で作り出した架空の友人。
この過酷な学生期間を生き延びるには、彼が必要だった。
「今、彼ピッピって言ってたけど、なんのことだろうね」
「ふん。そんなことも知らないのか」
「好きピとか、彼ピとか、ギャル語はよくわからない。本命は誰なんだよ」
「意味わかってるじゃないか」
「ははは。そもそも僕はギャルの定義がわからない」
シニカルに笑ってしまう。
「はあ」
と、彼はため息をついて、
「もう一年経つけど、アイツ、信号の顔すら覚えられてないぞ」
イマジナリーフレンド(仮)はそう言って、教室を出ようとする。
「お前、まだ返信終わってないのかよ……」
「アンタには関係ないでしょ!」
机に突っ伏して、現実逃避するか。自分が主人公になって、特別な能力によって、問題を打破していく、そんな空想を……。
僕の好きなアニメは、キャラクターが魅力的で、そんなキャラクターに自己投影して、悦に浸る。
高校生にもなって厨二病感が抜け切れていない。
物語の主人公というものに憧れているのだろう。
昔の記憶。
女の子が泣いていた。
どうしたらいいのか、わからなくて、頷くことしかできなくて、側にいることしかできなくて。
ピアノの演奏する音が微かに聴こえる。
上の階の音楽室からだ。
どこか、懐かしい気持ちになった。
休み時間は、二十分あった筈だ。
誰かが弾いていてもおかしくはないけれど。
次の授業まで、もう少し、空想に浸って寝ていたい。
あわよくば、あの頃の青春を。
そう思って眠りに落ちる。
勇者になってヒロインを助けて魔王討伐。
むにゃむにゃ。
「おい、起きろ」
そう呼ぶ声がして、はっと我に返る。
「なんだ、マイイマジナリーフレンド(仮)ではないか。起こしてくれたのか」
「人を空想の産物みたいに呼ぶな。早く行かないと、次の授業遅れるぞ」
透季透はそう言って、急かす。
人と比べられるのには嫌気がさす。
体育の授業も、テストの成績も嫌いだ。
しかし行きたくなくても、こうして、起こされてしまうのだ。世知辛い。
「わかったよ。行くよ。僕はまだ本気を出してないだけ。そもそも、本気を出すことで、人に優れていると誤解されるのが不快なだけなんだ。わかってくれるか。イマジナリー透」
気怠げに、彼の後をついて行く。
上の階の音楽室からピアノの音は消えていた。
弾いてた人も次の授業に向かったのだろう。
体育の授業は、雨なので、男女共にバスケになった。
晴れであれば、校庭と体育館を男女交互に使い分けるのだが、今日はそういうわけにはいかなかったようだ。
体育館に集合。
体育の教師がバスケットボールを脇に抱えながら、
「女子と比べて男子の数がだいぶ少ないな、バスケットコートは二つしかないし……仕方ない。男子対女子でゲームをするぞ」
と言った。
まずい。
うちの教室にいる男子は僕を筆頭に弱キャラばかりだから、バスケでコテンパンにやられる。
イマジナリーフレンド(仮)の透季透に連れられたまでは許せるが、男子として情けない目にあうことになってしまう。
相手の女子チームにはバスケ部が複数人いる。
こちらは、バスケ部はいない。弱キャラしかいない。
圧倒的な戦力差。
教師の吹く笛の音と共にゲームは始まった。
結果は98対2。
男子チームの惨敗だった。
女子チームに宇佐見羽咲もいたが、僕はそれどころではなかった。こちとら僕を筆頭に女子と目を合わせることすらできない弱キャラばかりで構成されたチームだぞ。そもそも、バスケットボールを持っている女子にアタックできる度胸もなく。
女子にシュートを決められて、男子のボールになったところで、シュートを決める前にバスケ部にボールを奪われて、パス回しが始まる。その繰り返し。
なす
もはや、男子はまな板の上の鯉状態だった。
これほど惨めな結果は見たことがない。
「……惨めだ」
と呟いていると、他の男子から、
「よくやった。汚濁がシュートを一本決めてくれて、俺たちは報われた」
「ア」
「そうだな。あれがなかったら、俺たち、100対0で負けてたかも」
「ア、ハイ」
男子チームが
それでも、そんな労いの言葉は嬉しかった。
「なんなのムカつく! 私のボール奪われたんだけど! あんな男子いた!?」
「知らない。うちのクラスにあんなにも地味で冴えない生徒はいなかった気がするわ」
「100対0で決めてやろうと思ったのに、残念だったねー」
「なんであんな鈍そうな動きしかできなそうな奴に……、ぐぬぬ」
なにやら、向こうで集まって、女子会議が開かれているようだった。
試合終了後に話し合いをするとは結構なことだ。
その中で一人、こちらに目をやった人物がいた。
宇佐見羽咲だ。
一瞬だけ視線が合った気がしたが、僕はオドオドして、目を背ける。
「ねえなんで、最初から本気ださなかったの?」
「俺か?」
「さっき点を決めた人のこと。できる人の動きだったからさー」
「さあ。本気だして、負けたら、自分の才能のなさに傷つくからだろ」
「私、あの人、知らない」
「お前はな。だが、汚濁はお前のことを知ってる」
「汚濁って言うんだ。変な名前ね。それにしても随分と親しいのね」
「ああ。俺はアイツと、ずっと一緒だったからな。アイツは、俺のことをイマジナリーフレンド(架空の友達)だと思っているようだがな。因みに、宇佐見。お前のことは、ガールフレンドだと思っているようだぞ」
「きも。一度も喋ったことのない親しくない相手になんでガールフレンドだと思えるのよ!」
「あ……いや、正確にはガールフレンド(仮)だったか。まあ、いい。せっかくなら、無関心でいるより、好きになるか、嫌いになるか、してやったらどうかと思ってな。どうだ、これで、汚濁信号のことがわかってきたか?」
「そもそも興味ないわよ。あんな人。忘れたわ。でも、シュートを決めた時、ちょっと、いえ、なんでもない」
体育の授業が終わり、更衣室で着替えている。
ここはヒエラルキー最下層に位置する。そして、バイタリティの低い僕みたいな貧弱な人間は、この過酷な階級社会に適応できるわけもなく、誰かと喋るでもなく、孤独を紛らわせるために空想の世界に浸る。
「くっく」
現れた。
僕が創り出した、架空の友人。
彼はふてぶてしく腕を前に組み、壁を背にして笑っている。
「……もう少し、夢を見させてくれよ。なんで、お前ばかり喋るんだ」
「それは、お前が、お前自身が傷つかないようにしてるからだろう。強いやつから嫌われることを防衛本能で恐れてる。……わからんな。アイツのどこがいいんだ」
被りを振って彼はそう言った。
「そ、それは、いっぱいありすぎて」
言葉に詰まる。
「顔か? 容姿か? 性格か? そもそも、なんで、お前みたいなオタクがギャルを好きになる?」
「……」
「この世界にオタクに優しいギャルはいるが、ギャルに優しいオタクはいないぞ。なのに、なぜお前は宇佐見を好きになれる? 男は弱い女も好きになれるが、女は格下の男を好きになることはない。俺みたいに、格上のモテる男に、女性は惹かれるんだ。つまり、俺は」
やめろ。
「俺は、宇佐見羽咲を格下だと思ってる」
「やめてくれ!」
古傷をえぐられたような気持ちだ。
過去の記憶を掘り起こされたような。
「お前なんか相手にされてないのに、じゃあなぜ?」
なぜ? なぜ? を繰り返す。
それで、たどり着いた答え。
「彼女を見ていると、父性を感じるんだ」
「へ」
「僕は宇佐見……さんを見てると、守ってあげたくなるんだよ」
そのあと、ぽかんと呆気にとられたイマジナリーフレンド(仮)である透季透は、
「まじか。いやいや、守らないといけないのはお前の方なんだけど? え? え? ちょーうけるんですけど」
そう言って、困惑した様子でどこかへ消えていった。
ようやくイマジナリーフレンドから解放された僕は、着替えを始めた。
近くにいた、同じクラスの男子達の、「まじ? 汚濁、あんなギャルがいいのかよ」「俺は、あん中だと友井さんかな」「いや岡田さんだろなめんな!」「やめろよ!」「殴ったなやんのかこら! 表へでろ! こっちはいくととまでいくからな!」「こっちは覚悟決まってるよー!!」「俺だって覚悟決まってるから!! なめんな!?」「……しかし、いつも、透季と汚濁はしゃべってるよな。仲がいいんだな」という声が、聞こえる。
「なあ、汚濁」
僕に肩を組んで来た。
「ア、ハイ、オデ、オダク」
「宇佐見って、なんか俺たちと敵対してるところあるよな」
「オデ、オタク」
「ひ弱な男子ってだけで、汚物を見る目で見てきやがって」
宇佐見殿に認知されてるなんて羨ましい。
「ヒエラルキーの頂点に君臨してるからっていい気になっててさ、俺は、ああいう女嫌いだわ」
クラスメイトと喋るのは緊張します。
「オデ、スキ。ウサミウサノコト、スキ」
人と話す時にカタコトになってしまうので、クラスメイトにはシンゴーレムと呼ばれている。ゴーレム語とも。
「お前だけは友達だって思ってたのに!」
急にヒステリックになって、どこかへ行った彼の名前を思い出せない。
どうやら、僕には、みんなが嫌いなものを好きになる性質があるようだ。
クラスメイトに上手に溶け込めている人が羨ましい。
人と話す時に、緊張してコミュ障が発揮される。
緊張してるから会話にゆとりがない。
いつからだろう。
小学生の頃は、まだスムーズに会話ができていた。
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