第02話:アイと友だち

 自己紹介が終わって最初の休み時間。

 わたしの席の周りには、何人ものクラスメイトが集まってきていた。

 ……えーっと、あの、みんな、わたしになにか用?

 緊張で身を固くしているわたしを、あっというまに質問の嵐が飲みこんだ。


「ほんとにペンダントがしゃべってるの?」

「頭で考えたこと、ほんとにぜんぶペンダントに伝わるの?」

「考えてることと違うことをしゃべっちゃうこととかないの?」


 え? え? そんなに次々と質問されても……。

 わたしは目をきょろきょろさせるばかりで、うまく頭がまわらない。

 みんなの声がいっぺんに押し寄せて、まるで水の中にもぐったみたいに息苦しくなる。

 どうしよう、何も答えられない……。

 空気にのまれていく自分が、情けないよ。

 ……助けて。アイ。


(よっしゃ。うちにまかせとき)


 アイは質問の合間をぬって「ちょっと待ってや。そんなにいっぺんに質問されても答えられへん」と声を上げた。

 その言葉で、質問の嵐が止まった。


「それとな、うちが花音のこころ読んで話すんって、けっこう気ぃつかうねん。せやから、質問にはうちが答えさしてもらうわ。ほな、最初の質問どうぞー」


 そういって、アイはみんなの質問にてきぱきと答えていく。

 ありがとうね、アイ。わたしなんかじゃこうはいかなかったよ。

 でも、ほっとしたのもつかの間だった。


「あんた、なんで声でなくなったの?」


 その質問に、頭から水をかけられたみたいに、身体が冷たくなった。

 それは……。

 声がでなくなった日のことが、嫌な日々の思い出が、頭の中をかけめぐる。

 ふと質問してきた子をみると、それはわたしをロボット女扱いした一軍女子だった。

 自己紹介のときは座っていたからわからなかったけど、一軍女子は身長が高く、すらりとしていてスタイルも良かった。

 わたしをからかうような声音で、もう一度質問を投げ付けられる。

 

「何があったら声ってでなくなんの? 声でなくなるとかマジでウケるんだけど」


 ウケる……? そんなふうに笑いものにされるようなことじゃないのに。

 身体がだんだんと重くなって、どこまでも落ちていくような気持ちになる。

 涙がでそうになるよ……。

 そんなわたしの気持ちを吹き飛ばすように、アイが明るい口調で言う。


「うーん、それは企業ヒミツやわ。詳しいことはタダやとちょっと話されへんなー。ほな、次の質問いこか」


 一軍女子は「は? 何それ? 答えになってなくない?」と不服そう。

 でも、そんな声はすぐさま次の質問に掻き消された。


「ねえねえ、カラオケ好きー?」


 え? カラオケ? わたし、声が出せないのに?

 一瞬、イジワルな質問かと疑ったけど、とても悪意のある口調じゃなかった。のほほんとしていて、やさしい声づかい。

 質問してきたのは、わたしの前の席に座っている女の子だった。

 つぶらで丸い瞳で、にこにことした表情が印象的だった。髪はゆるいウェーブのかかったセミロングで、赤いリボンの髪留めがついている。肌が白くてスベスベで思わず見とれちゃう。

 わたしがのほほん女子に見とれていると、一軍女子の冷たい声が教室に響く。


「はあ? なにそれ。知坂ともさか、アホすぎんでしょ」


 教室が一瞬、しんと静まり返る。


「カラオケって、ロボットが歌って楽しいと思ってんの? 空気読めなさすぎ。ウケるんだけど」


 知坂と呼ばれていたのほほん女子は、目をぱちぱちさせて、何が悪かったのか分かっていないみたいだった。


「なあ、あんたもそう思うっしょ?」


 え?

 急に話をふられて、わたしは固まった。


「喋れないあんたにカラオケを好きかどうか聞くなんて、意味わかんなくない? バカじゃん? ねえ、ウケるよね?」


 一軍女子がニヤニヤと笑っている。

 でも、その切れ長の目は少しも笑っていない。

 一軍女子が暗に聞いてきている。あんたはあたしに逆らわないよね、と。

 もし逆らったら、このクラスでの居場所を無くしてやる、と。

 うなずけば、空気を読んだことになるのかもしれない。

 でも、それって知坂さんを笑いものにするってことだよね。

 胸がドクンと鳴って、息がつまる。

 視線で周囲に助けを求めるけれど、だれも助けてくれそうな子なんていない。

 ……助けて。アイ。


(りょーかいや)


 アイが声色を少しだけ明るくして、一軍女子に答える。


「まあまあ。落ちついて仲良くしようや。知坂ちゃんも悪気はなかったと思うわ。それに、花音もウチもカラオケは好きやしな。カラオケの話できるんは嬉しいわ」


 一軍女子がふっと鼻で笑った。


「へぇ。ロボットって仲裁までできるんだ。ウケる。さすが人工知能ってやつ?」


 その口調は軽かったけれど、たっぷりと皮肉が込められているのがわかった。

 教室にすっと空気が張りつめたような静けさが流れる。


(あかんわこれ。怒らせてもうたかもしれへん……)


 わたしの席を囲んでいたクラスメイトが小さく顔を見合わせて、ひとり、またひとりとこそこそと離れて行った。

 あ、これ、ヤバいかも……。

 背中に冷たい汗が流れる。

 そんなとき、ふと隣の席から「なあ、そのへんで許してあげなよ」と男の子のぶっきらぼうな声がした。

 声のしたほうに目を向けると、背の高い男の子がほおづえをついてこちらを見ていた。黒髪はナチュラルなショートヘアで、すっと鼻筋が通っている。黒に近いダークブラウンの瞳がキリッとしていた。


「……なんだよ、結城?」


 一軍女子が小さく舌打ちする。

 この男の子は、結城くんっていうの?

 結城くんはするどい目つきで一軍女子を見つめている。


「転校初日の子を相手に悪ノリしてんなよ」

「……悪ノリなんてしてないっての。あー、なんか興味失せた」


 そう言い残すと、一軍女子はプイと視線を外して自分の席へと戻っていった。

 ……助かった、と言っていいのかな?

 結局、わたしの席のまわりに残ったのは、知坂さんと結城くんだけだった。

 うう……。転校初日からやっかいな子に目をつけられちゃったかも。

 ちゃんと友だちできると良いんだけど……。


「ねえねえ、花音ちゃん!」


 急に知坂さんが大きな声を上げた。


「カラオケ何曲くらい歌えるん? 好きな曲は?」


 まるでさっきのことなんて、なにもなかったみたいに。


 わたしは思わず笑ってしまった。

 ……うん。大丈夫だ。わたし、友だちできたかも。

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