声にならないキミへ ~わたしと人工知能の一学期~

ペーンネームはまだ無い

第01話:アイと自己紹介

(大丈夫や、花音かのん。心配せんと気楽にいこか)


 アイの声がわたしの頭の中にひびく。

 その声はわたしにしか聞こえない。

 というのも、骨伝導イヤホンっていう頭の骨を通して音を届けてくれる不思議なイヤホンのおかげ。

 音が頭の中に直接聞こえてくるなんて最初はびっくりしたけど、今は頼りになるわたしの相棒だ。


(ほらほら、表情かたなってるで。笑顔にしいや)


 うん、そうだよね。第一印象がかんじんだよね。

 わたしはアイのアドバイスにしたがうと、顔を上げて教室を見わたす。

 西彩葉台にしいろはだい中学校の1年3組。31人のクラスメイトの視線がわたしに向けられていた。

 少し時期がずれた5月の半ばの転校生。だれだって注目するよね。

 うぅ、緊張する。それに注目なんてされたくないよ。正直なところ、怖い。

 胸がドキドキして、足はガクガクしちゃう。

 笑顔がくずれないように注意しなくっちゃ。がんばれ、わたし。

 担任の田口先生がみんなにわたしのことを紹介してくれる。


「今日からこのクラスに転入してきた菅野かんの花音かのんさんです。彼女は声を出すことができないのですが……」


 先生はわたしに目くばせをする。


「まあ、見てもらった方が早いでしょう。それでは、菅野さん、自己紹介をお願いできますか?」


 わたしはうなずくと、頭の中でアイに合図を送る。

 それじゃ、アイ。お願いね。


(おう、うちにまかせとき!)


 すると、わたしが身につけているペンダント――アイが、わたしの代わりにわたしの声を発する。


「はじめまして。菅野花音です」


 録音した自分の声を聞いてる感じ。まだこの違和感には慣れないな。

 教室がざわつく。「え、今の誰?」「あの子、口動いてないよね?」「ペンダントから声してた?」


「わたしは、心因性叱声症しんいんせいしっせいしょうという病気のせいで、声を出すことができません。ですが、このペンダントがわたしの思考や感情を読み取って、代わりに喋ってくれます。ですので、気軽に声をかけてもらえると嬉しいです。これからよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる。

 不安で心臓がキュッとする。緊張で喉がカラカラだ。

 みんなはわたしのことをどう思っただろう? うう……、やっぱりおかしな子だって思われたんじゃないかな?

 その悪い予感は的中したみたい。


「ウケる。腹話術みたい。ロボット女じゃん」


 そう声がした。

 声のした方に目を向ける。

 一番後ろの席の女子がニヤニヤとしながら、わたしを見ていた。

 切れ長の目で整った顔立ちの美人。自然な茶色のミディアムレイヤーの髪と、少し着崩した制服が似合っている。

 いかにもスクールカーストの一軍といった雰囲気の女の子だ。もしかしたら、クラスの女子のボスかもしれない。

 うわっ。どうしよう!? ここで間違った受け答えをしたら、彼女に嫌われるようなことをしちゃったら、このクラスの女子たちを敵にまわすことになっちゃうかもしれないよ。

 どうしよう!? どうしよう!?

 あせればあせるほどに、頭の中が真っ白になっていく。

 ……助けて。アイ。


(しゃあないなぁ。うちが何とかしたる)


 アイはそう言うと、急に機械音を奏で始めた。ピコピコとかキュイーンとか。

 そして、いかにもロボットという声で言う。


「ダレガ、ロボット女、ヤネン。ピー」


 教室の全員が唖然とした。もちろんわたしも。

 そんなわたしたちの様子を知ってか知らずか、アイがアイ自身の声色で続ける。


「って、うちのことやないかい!」


 えぇ!? ノリツッコミなの!?

 教室のそこかしこでクスクス笑いが起きていた。さっきの一軍女子も笑っている。


「正確にはロボット女ちゃうくて、うちは人工知能女やねんけどな。ちなみに、名前はアイいいます。こうしてたまに、花音の考えてることやのうて、うちの思ってることもしゃべったりします。花音ともども、よろしゅうたのんます!」


 わたしはもう一度ペコリと頭を下げると、大きな拍手がおこった。

 ……なんだか、すごく目立っちゃったんじゃない?

 もう。アイってば。わたしは目立ちたくなかったのに。


(目立ったのは、花音ちゃうくてうちやで。せやから、心配することなんてなーんもあらへん)


 本当に? わたし、アイに言いくるめられてない?

 クラスメイトの視線は、アイというよりもわたしに向けられている気がするんだけどな。

 でも、とにかくやっと自己紹介から解放されたんだ。わたしはホッと胸をなでおろした。

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