第4話 依頼証明のゴブリンの耳です

「それで、結局まだ会いに行ってないんだ?」

「当たり前だろ? ヒーローズのクランハウスとか金もらっても行くもんか」


 神奈日南と会って数日後。たまたま坂瀬川に会う機会があったので、俺は鈴鹿ダンジョンで起こった一連の出来事について話していた。

 

 俺が力を込めて答えると、坂瀬川は苦笑いする。


「その話、他の探索者に聞かれたら袋叩きにされるよ」


 仕方ないだろ。あいつ達からすれば五年もの間、連絡もなく、大した協力もなく、ソロで活動をして来た俺は戦犯もいい所なんだから。今更どの面下げて会いに行けばいいのか。


「……坂瀬川でもダンジョンヒーローズのメンバーに会えるってなったら会って見たいもんなのか?」


 俺の言葉を聞き、坂瀬川が少し考え込む。


「んー、まあ会いたいかな。言いたいこともあるし」


 意外な返答だった。こいつの事だから「行ったところでお金も貰えないのに、そんな面倒なことしないよ」なんて言いそうなのに。


 普通の人からすれば、そりゃヒーローズの面々は英雄そのものだから、ファンだって人もいくらでもいるだろうけれど、坂瀬川がファンになっているところはあまり想像がつかなかった。


「……実は私、彼らと面識があるんだよね。それで彼らに言いたいことがあるんだ」


 何かを思い出して懐かしむように目を細め、「気軽に会えなくなっちゃったからなぁ」と軽く笑って彼女は呟く。


 メンバーの中に知人が居たのか。そりゃ納得だ。


 しばらく俺が一人でうんうんと納得していると、坂瀬川は思い出したようにポーチからいくつもの封筒を取り出した。


「そういえば、君の家に大量の書類届いてたよ。能力開発局と探索者合同管理会、魔法を発展させる会、ダンジョン溝際対策組合、公営探索者団体に、それとIRM。君、家のポスト放置し過ぎじゃない?」

「色々ツッコミどころはあるんだけど、まず俺の家のポストを当然のようにのぞいてるんじゃねえよ」


 実際、ここ数日忙しくしていたのでほとんど自宅に帰っておらず、ポストの中がどうなっていたのかは想像に難くないが、だからといって勝手に覗くな。

 

 同人誌とか見られたくないものを注文してなくて本当に良かった。こいつじゃなかったら普通に通報してるところだぞ。


 んで、封筒の中身はどうせ、団体への所属を求める内容か寄付をせびりに来てるだけだろうし。

 しかもこういうものに限って、だいたい文章の内容を要約すると「寄付は探索者の義務」だとか、「所属させてやる」みたいに上から目線で腹立つんだよな。そんなものを何件も送られれば、そりゃ、ポストを見る気も失せる。


「坂瀬川のとこにも来てるから分かるだろうけど、こんなもん読まずに捨てたほうがいいぞ」

「私は事務所に届くようになってるから、こういうのが自宅に届くようなことはほとんどないよ」


 忘れそうになるが、こいつは日本有数の武器職人で、大きな事務所を持ってるんだったな。こういう封筒が家に届かなくなるのは素直に羨ましい。俺も事務所とか作って書類を処理してくれる人でも雇おうかな。

 

「まあでも、他のはともかく、IRMの封筒だけはきちんと見ておいた方がいいんじゃない?」


 坂瀬川は封筒を見ずに破こうとする俺に手を添えて、そう言う。


 特異境界統制庁、通称『IRM』は、今回俺に手紙を送ってきた団体の中で、――いや、きっと現在運営されているどの探索者組織よりも人類のために作られた組織だ。基本的にすべての日本のダンジョンを管理し、日本の公式な資格を持つ探索者の九割以上がこの組織に所属している。

 

 俺は組織から縛られることや、強制任務といったものが嫌だったので所属していないものの、装備購入時の支援、まだ稼げるレベルではない探索者に対しての金銭的支援、死傷した探索者に大しての補償など、所属することで受けられる恩恵は相当手厚い。


 そして、IRMが所属していない俺に対して、手紙を送ってくるときの内容は決まって面倒事である。それが分かってるだけに俺の表情は苦いものを飲まされた時のような表情になってしまう。


 ため息をつきながら封筒を開いて、固まる。


「……どうかした?」


 あまりにも反応がなさ過ぎたせいで、坂瀬川からも心配されるけれど、それに反応する余裕は今の俺にはない。


 もう一度手紙の内容に目を通す。


【政府通達文書/特別招集案内】


令和××年 ×月×日


黒種遙真 様


拝啓 平素より、特異災害対策に関するご理解とご協力を賜り、誠にありがとうございます。

このたび、内閣府 特異境界統制庁では、現役および元高位探索者による「今後の探索者方針に関する会合」を下記のとおり開催する運びとなりました。つきましては、貴殿にもご出席をお願い申し上げます。


中略。

 

参加についての留意事項

 本会合は形式上は任意参加とされておりますが、実質的には特例法第19条に基づく「要協力指定探索者」への通知であり、原則として強制参加となります。特段の事情がない限り、正当な理由なき欠席は不利益判断の対象となり得る点、ご留意ください。


 また、当日は身元確認およびセキュリティチェックのため、指定時間の30分前までに入構を完了願います。


 内閣府 特異境界統制庁長官 松笠瑛大


 ここまで読んで思わず特大のため息を吐く。


「そんなにため息つくと幸せが逃げるよ」


 茶々を入れてくる坂瀬川のことは無視する。これがため息吐かずにやってられるかよ。


 手紙の内容はいたってシンプルで、「探索者同士の集まりに出席しろ。名目上任意ってことになってるけどこれ強制だから断んないよね? 断ったら資格はく奪されるかもしれないよ」というものだ。パワハラもいいところである。


 そして、注目すべきは最後の名前だ。

 

 松笠瑛大まつがさえいた


 IRMの創設を政府に指示し、自らそのトップを務めあげる傑物にして、『公正』を掲げるダンジョンヒーロー。ダンジョンが現れてからは、長年政治家として勤めた経験と手腕を生かし日本を救った功労者だ。


 リアルでは政治家をやっているというような話を、ゲームの中でもしていたけれど、まさか本当だとは思わなかったわ。


 わざわざ俺宛にあの爺さんの名前を載せた手紙を送るとか、こんなもん、どう考えたってヒーローズの息がかかってるとしか思えない。今までだって、似たような集まりの誘いはあったが、どれもこれも「来たい人は来てね」くらいのニュアンスで送ってきていたのに、今回は断らせる気がないし。


「坂瀬川、この招集案内お前のところにも来た?」

「ん?あぁ、来てたと思うけど任意参加って書いてあったから今回も参加しないよ」


 俺の方には強制って書いてあったんですけど。今からでもそっちの手紙と交換できないかな。だめ? そっか……。


 ふー、どうしたものかな。頭をガシガシとかくものの、良い案は浮かばない。


 本気で出席したくない。ないんだが、この会合に出ないという選択肢はないのだ。


 なぜなら、日本において探索者の権利を保障しているのはIRMで、IRMに認められなければたとえ所属してようとしていなかろうと、探索者としては終わりを意味する。そして恐ろしいことに、資格を持っていようとIRMから認められていない探索者の扱いは、潜在的犯罪者と相違ない扱いをされる。


 まあこれは、仕方ない部分もある。なんせ探索者なんてものは言い方を悪くすればただの生物兵器だ。その力の矛先がダンジョンに向けられているからよいものの、一度それが人間に向けられてしまえば何より恐ろしい兵器となってしまう。


 例えば、相手に探索者がいないという条件を付けるなら、俺含めダンジョンヒーロー級の探索者が三人いれば、時間はかかるものの日本を滅ぼすことができると思う。


 ……さすがにこれは極端な例だが、それほどまでに探索者というものは人間をやめた存在だからこそ、その扱いも厳しくならざるを得ない。


 非探索者を傷つけた探索者は対応次第ではその場でしてしまえるほどに。

 

 さすがに今回の欠席一回でそんなことにまでは発展しないだろうが、それでも長いものには巻かれておくのが吉だ。余計な敵を作ることほど怖いものもない。IRMほど大きい組織であればなおさらだ。


 よって出席はする。だが、そうだな。道連れを作ろう。

 俺はできるだけにっこりと笑って坂瀬川に話しかける。


「そうだ、坂瀬川。お前もみちづ……仲間として一緒に出席し「しないよ」ないか?」


 笑顔が引きつりそうになるが、ノータイムの返事を務めて無視する。


「やさしいやさしい逆瀬川さんが参加してくれると非常に助かるなー、なんて思うんですが」


 そこまで言うと坂瀬川はしばらく考えるそぶりを見せ、俺と同じようにいい笑顔を見せる。


「残念ながら参加してあげませーん。特に用事とかないけど」


 殴りたいこの笑顔。


「ふぁっきゅー薄情者、地獄に落ちてくれ」

「正体現したね。君だってそうするでしょ?」


 楽しそうにしやがって。こっちは必死なんだぞ。

 

 しぶしぶ出席する覚悟を決めた俺は、もう一度ため息を吐いてから封筒をポケットにしまう。会合の開催日は1週間後。場所は東京、特異災害対策庁か……。


「あ、お土産よろしくね」


 ……とりあえずこいつのお土産はゴブリンの耳とかでいいや。

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『不屈』のダンジョンヒーローは溜息を吐く @Amaisora_rain

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