第8話

 将棋部の部室から叩き出されるようにして出ると、わたしは僅か数歩だけ歩いたところで、両足が軟体動物になったみたいにへたり込んだ。


「……吉高さん、大丈夫ですか?」


 そこへ、花屋が心配そうに手を差し伸べてくる。


「大丈夫なわけないでしょ!! 花屋君、君って奴は、もしあれで負けてたらどうするつもりだったんだッ!? 4000円の8倍で危うく3万2000円もあいつらにぶんとられるところだったんだよッ!!」


「……別に僕がギャンブルに負けたからといって、吉高さんがお金を払う必要はないと思うんですけど」


「そういう問題じゃないッ!! もしもあそこで君に負けられたら、何かわたしの所為みたいになるじゃないッ!!」


 わたしがそう言うと、花屋は驚いたように目を丸くした。


「何を言ってるんです? 僕が雉野先輩たちから大金をせしめることができたのは、全て吉高さんのお陰じゃないですか」


「……はい?」


「僕が雉野先輩のイカサマを見抜くことができたのは、吉高さんがLINEラインのトーク機能で詳細に彼らの言動を知らせてくれたからです」


「……そんなの、最初から花屋君が遅れずに部室に来ていれば、わたしがいなくても自力で見抜けたでしょうよ」


「それでは駄目なんです。もしも僕が最初からゲームに参加していたら、賭け金のレートを引き上げることはかなり難しかったでしょう。あれは雉野たちにいいようにやられ、あそこまて絶望的状況を作り上げていたからこそ通った要求です。狙ってできることではありません」


「……君、絶対わたしのこと馬鹿にしてるだろ? まァ、花屋君には花屋君なりにきちんと勝算があって、振り駒を何回か無駄にしてでもレートを上げたかったことは理解したよ。でも、幾ら駒を四枚貼り合わせて厚みの面積を増やしても、駒が立って止まる確率はそんなに高くないと思うんだよね。ましてや、一番確率が低い『逆立ち駒』がそんなに都合良く出るものなのかな?」


 わたしが疑いの眼差しを向けると、花屋は爽やかに笑った。


「あはは。なーんだ、吉高さん、わかっているじゃないですか。勿論、確率が上がったからといって『逆立ち駒』がそう簡単に出るわけがありません。あれは『逆立ち駒』が出るよう、あらかじめ金の駒の斜めの面に薄くを塗っておいたのです。その上で、貼り合わせた面を縦方向に転がすようにして投げた。の粘性で、駒が逆立ちしたところでピタリと止まるようにね」


「……呆れた」


 ――花屋と雉野。

 これではどっちが悪人だかわかりやしないではないか。


「それじゃあ吉高さん、今回の仕事の分け前です。受け取ってください」


 花屋がそう言って、わたしに四枚の一万円札を差し出した。


「……え!? ちょっと、これってさっきの勝負で得たお金の全額じゃん!! こんなに受け取れないよッ!!」


「いいえ、これは学ラン三人組への暴行を見逃してくれたことへの感謝の印です。それに、あなたは僕を刺激的なギャンブルに引き合わせてくれた。また何か面白そうな話があったときは教えてくださいよ。それでは今後ともどうぞよろしく」


 花屋はそう言って、誰もいない薄暗い校舎の陰に消えていった。


「…………」


 これが花屋友成とわたし、吉高菜々子が共闘した最初のギャンブルだった。

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