第7話
そして花屋のターンでゲームが再開される。花屋は当然のように将棋盤の外にわざと振り駒を転がした。
「駒が盤外にある為、振り駒は無効となる」
これによって、ゲームの賭け金のレートが2倍になる。
「……勝ちを捨ててまでレートを上げるなど、正気の沙汰とは思えないね」
その間にも雉野は着実に自分の駒を前に進める。出目は4。上がりまで、残り10マスだ。
「ふふふ。狂気の沙汰程面白いと言うでしょう?」
「全く、理解不能だよ」
「まァ、何とでも言ってください」
次のターンでも花屋は盤の外に振り駒をする。これでレートは4倍。
「どうやら自分で自分の首を絞めるのがお好きなようだ」
雉野の振り駒の出目は3。これで上がりまで残り7マス。
「…………」
雉野が現状、意図的に『裏駒』を出せないとはいえ、偶然『裏駒』が出ることだって充分あり得る。それ以外にも『立ち駒』が絡めば、次で上がられても全くおかしくない状況だ。
それなのに、当の花屋は何故か平然としている。
この男は本当に何を考えているのか?
「おっと失礼」
鬼塚のターン。鬼塚が振り駒を将棋盤の外に溢してしまう。
「悪い悪い。ちょっと手元が狂っちまって。ま、破滅願望があるアンタには都合が良かったかもな」
「……お気遣い痛み入ります」
――これでレートは8倍。
「……ふーむ、8倍ですか。少々物足りませんが、賭け金を吊り上げすぎた結果、取り立て不可能で踏み倒されてもつまらない」
花屋はそう言って、おしるこの缶にそっと手を触れる。
「ふッ、今更イカサマで『裏駒』を出したところで、とうに手遅れなのが理解できないのかな? いや、手遅れと言ったのは撤回するよ。今からでもイカサマで『裏駒』を成功させれば、運が良ければ『歩』から『香』に昇格することくらいはできるかもしれないね」
「……えーっと、雉野先輩。一体何時僕が『裏駒』を出すイカサマを使うだなんて言ったのです?」
花屋は机の上のおしるこの缶を横に倒す。すると当然、中に入っていたおしるこがどんどん机の上に広がっていく。
「お、おい、何をやっている!?」
「わかりませんか? ああ、わからないですよね。これから僕が何をしようとしているのか。それがわかっていれば、あなたは賭け金のレートを引き上げるルールの追加など絶対に提案したりしなかった筈だ。雉野先輩、あなたは僕がレートを上げようとしていることを知った時点で、強引に僕からおしるこの缶を奪ってでも、『裏駒』を出して上がっておくべきだったのです」
「……一体何を言っている? もしかしてイカレているのか?」
「あなたの敗因はズバリ、回り将棋のルールから『立ち駒』を除外しなかったことです。まァ、『裏駒』をルールに盛り込む都合上、『立ち駒』だけをルールから除外するのは難しかったのでしょうが、それでもあまりにも不用意だったと言わざるを得ません」
花屋が金将の駒を机に広げたおしるこに一枚ずつ浸していく。それから四枚の金将の駒を重ねて、綺麗に貼り合わせた。
「……ま、まさか、お前、あれを狙っているのかッ!?」
そこで雉野の顔がさっと青ざめる。
「ええ、その通りです。振り駒で『立ち駒』が出にくい要因は、単純に将棋の駒の厚みの面積が小さいからです。ですが、四枚の駒をピッタリになるように貼り合わせればどうでしょうか? 駒の厚みが増したことで、『立ち駒』が出る確率は格段に上がることになる」
「……ま、待て待て、そんなもん認めるわけないだろッ!!」
すると、副部長の犬飼が慌てた様子でイスから立ち上がる。
「イカサマだ、イカサマッ!! インチキだそんなもんッ!!」
「おやおや、振り駒を貼り合わせてはならないなどというルールは聞いておりませんが? それに、先にイカサマをしたのはそちらではありませんか。今更そんな甘えた主張は通りませんよ」
「……ぐぬぬッ」
花屋がピッタリ重なり合った四枚の金将を将棋盤の上に振り落とす。
四枚の金将の駒は重なった状態で転がり、逆さまになってピタリと止まった。
「……ば、馬鹿なッ!?」
「自分の駒が将棋盤をぐるりと一周するには32マス進む必要があり、上がるには更にこれを『歩』『香』『桂』『銀』それぞれの駒で一周しなければならない。つまり、スタートから上がりまでに必要な距離は128マスになります。そして雉野先輩が吉高さんにした事前のルール説明によれば、『逆さ駒』は確か100マス進んでいいんでしたよね? でしたら『逆さ駒』が四枚で100×4=400マス進んでいい計算になる。ここまで説明すればもうおわかりですね? 僕は既にもう、上がっている」
「…………ッ!?」
雉野、犬飼、鬼塚の三人が無言で顔を見合わせる。
「追加ルールによって、このゲームのレートは通常の8倍。ゲーム終了時『銀』だった雉野先輩は8000円、『桂』だった犬飼先輩と鬼塚君にはそれぞれ1万6000円ずつ支払って戴きます。合計4万円。この程度の金額でしたら今まで新入生相手にイカサマで荒稼ぎした金で簡単に用意できますよね、雉野先輩?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます