小さな訪問者
青馬 達未
第1話
春の終わりを告げる様に、しとしとと、朝から降り続く雨。
少しの肌寒さにどこか心が落ち着く静かな朝だった。
心地の良い雨音を聞きながら、温かいコーヒーを淹れる。
カップから立ちのぼる湯気と共に視線を上げ、ぼんやりとベランダの窓越しに外の景色を眺めると――。
ふと、視線の端に動くものがあった。
「……なんだろう?」
小さなアパートのベランダ外を覗いてみると。
雨の中、真っ黒な毛並みをした小さな猫がうずくまっていた。
「雨宿り?何もないけどゆっくりして行ってね。」
話しかけても逃げる気配はなく。
子猫はこちらをちらりと見て、まるでその言葉を理解したかのように、再び小さく身を縮めて雨音に耳を傾けている。
私は窓辺に腰掛け、コップを両手で包み込みながら、黒猫を眺めた。
開けた窓からは冷たい空気が流れ込み、コーヒーの香りをやさしく揺らす。
雨は少しずつ強くなり、世界がぼやけていくようだ。
私はコーヒーをすすりながら、そっと語りかけた。
「ねぇ、君知ってる?別れは出会いの始まりなんだって。」
「逆に言えば、出会いは別れの始まりでもあるんだよね。」
黒猫は小さく鼻を鳴らし、また目を閉じた。
きっと疲れているんだろう。
「名前、あるのかな。」
黒猫は答えない。
「……じゃあ、黒猫だからクロって呼んでもいい?」
クロはなにも答えない。
でも、小さな声で呼んでみると、クロはパタパタと尻尾を揺らした。
それが返事なのか、気まぐれなのかはわからない。
でも、私はそれで充分だった。
やがて、雨は止み、外の景色には日が差し、少しずつ鮮明さを取り戻し始めた。
クロは一度こちらを見上げると、すっと立ち上がり、細い尻尾をピンと立てたまま、静かに去っていく。
「次は、雨宿りじゃなくても来ていいからね。」
「……だから、また会えるよね。」
そう呟き、私は窓を閉め、再びコーヒーを手に取った。
雨の匂いと、コーヒーの香りの中で、私はもう一度だけ、夢のような朝を味わった。
小さな訪問者 青馬 達未 @TatsuB
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