怖いもの知らず

甲賀雲丹

怖いもの知らず

「先輩、怖いってなんすかねぇ」

作業を終えた後輩が突然聞いてきた。

「どうした?なんか怖いことでもあったのか?」

「いやぁ・・・俺にはないんっすよ。けど・・・なんて言ったらいいんすかね・・・」

後輩は持っていた棒に手のひらを乗せ、その上に顎を乗っけながら頭を左右に揺らした。

まるで学校の掃除時間中、「だりぃなぁ」「早く帰りてぇなぁ」と言わんばかりのポーズだ。

「俺、昨日友達と映画観に行ったんっすよ。なんか全米でめっちゃ売れてめっちゃ怖い!って煽りの、よくある感じのホラー観に行ったんですよ」

「ほお?さてはそれが怖くなかったんだな?」

「そうなんっすよ〜」

ため息混じりで後輩は続けて言った。

「おまけに話も地味なんっすよこれが。なんか、悪魔払いやらカルト宗教だとかなんか"怖い"って思われてるものを全部持ってきたみたいな映画なんですがね〜、な〜んか地味に描いてるんっすよ」

「地味?」

「ええ、んで俗に言うヒトコワ?ってやつだったんですよ結局。性に合わなかったてのもあるんですが全然怖くなくてですね」

「向こうで話題騒然の映画をいざ観たら、自分には合わないなんてよくある事だろ?」

「けど周りの人み〜んなギャァァァ!って声上げてる人が結構いましてね。おまけに前の席にいたカップルなんて、彼女さんが泣き叫んで彼氏さんがずっと慰めてたせいで集中できなかったし。んで、観終わった後にあんま怖くなかったなって言ったら周りから驚かれちゃって。どこがどう怖いかの解説もされたんすけど、なんかピンってこなくて」


突然だが、目の前にいるこの後輩を尊敬している。

私は42年間の人生で、彼はどの怖いもの知らずを見た事がないからだ。

彼は今年20歳の大学3年生。見てくれはどこにでもいる大学生だが、肝っ玉は私より座っているとー勝手ながらー思っている。

彼との付き合いが始まって2ヶ月経つが、彼の若者の会話から出てくる彼の考え方に強く心惹かれる物がある。

憧れともいうだろうか?


「先輩聞いてます?」

「ああ、つまり楽しくなかったように見られたのが嫌だったんだな」

「そうっすよ〜。みんなで飯食ってゲーセンにも行けたのにそこでがん萎えされてめっちゃ気まずかったんすよ。俺、怖い話聞く時もふーんって感じで聞き終わっちゃうんで人生の悩みの一つなんっすよねぇ」

恐れ知らずには、恐れ知らずなりの悩みがある。ここは人生の先輩としてアドバイスを行わねばならないだろう。

「そうだなぁ・・・俺が思うに・・・」

「あ、先輩待ってください」

後輩が会話を止め、棒を持ち直し前に進んだ。


作業を終え後輩が戻ってきた。

「すんません。んで、先輩が思うに・・・なんですかね」

「ああ・・・」

仕切り直しだ。

「俺が思うに、君は"怖い"ってのを受け流し続けてるから、"怖い"を目前にしたら自然と受け流して"怖くない"になっていると仮定しよう。まず、みんなが思う"怖い"を"怖くない"って思うのはそれは普通の反応だ。"怖い"って人それぞれだから」

相槌を打ちながら後輩は聞いてくれている。

「そこでだ。"怖い"を面白いと捉えてはどうだろう」

「面白い?」

「うん。"怖い話"限定になるが、"怖い話"というのは想像力を働かせるんだ。何故?という疑問一つから、無数の仮定が生まれてそのうちの一つでも本編内で描かれたら、やった!予想が当たった!となる過程が楽しかったりするんだ」

「ふーん」

「俺はそうしながらホラー映画とか楽しむから、まず"楽しもう"と思うのがいいんじゃないかな。話に上手く入り込むためにも」

「それって怖くなくても楽しんだように振る舞う演技をするって事すかね」

「まあ、そうとも言えるな。特に若い人なんて、色んなことに敏感で独特な考え方もある。少しでも輪に入るためには演技の一つや二つ必要かもしれんな」

「うーん・・・」

後輩は顔をあげ考えに耽っていた。

分かってる。言葉足らずだし明確なアドバイスとして上手く機能していないかもしれない。

人と関わる事が少ない事をこんなに呪ったことはない。上手く伝わればいいのだが。


しばらくして。後輩は何かに納得した様子で話を始めた。

「まあ、"怖い話"を楽しむように受け止められるように頑張ろうとは思います。確かに怖くなかったって言った時、めっちゃ空気悪くなったのがめっちゃ嫌だったんで」

一応成功・・・したのか?

「そんで、これって面白いかなって話があるんですが聞いてもらっていいですか?」

「おお、なんだい?」

後輩は話を始めた。


「俺がまだ小さい頃、ニュースじゃ切り裂き魔の話題が多く上がってたんですよ。カッターナイフ使って子供ばかり狙う悪趣味な切り裂き魔でして、ちょうどウチの近所で月に2件くらい被害が出てたんです。集団下校とかも懐かしいな。最初の被害が出てから半年くらい経ったある日、友達の家で遊んでた帰りの事です。帰ってる途中でなんか、目線って言うんですかねそれを感じて後ろ振り返ったら電柱に男が隠れてるのが見えたんです。いや、隠れてるっつうかじっと見てたってのが正しいかも。そんで変なのもいるなぁと思いながら、前向いて歩いたんです。家まで後5分くらいの所だったかな。公園でお菓子食おうと思って、公園のベンチに座ったんです。ちょうどまだ食ってなかったし小腹も空いたから食べちゃおって思ってたら、男が近づいてきたんです。電柱に隠れてた男が近づいてきて、ボク、こんなところで何してるの?って聞いてきて、お菓子食べようとしてるんです、って律儀に答えたら、ボク、ボクはね、お菓子ね、体に悪いってね、言われてね、お母さんね、くれなかったんだ、ってなんか喋り方にすげえ違和感あったんですよ。区切りすぎというかなんか辿々しいってんですかね。けど俺その男の事気にせず普通に食べようとしたんですよ。そしたら、おい!って叫ばれて、それ!体に!悪い!って癇癪起こし始めて。あー、多分こいつがあの切り裂き魔なのかなって思い始めたんです。なんでこんな分かりやすいのが見つからないんだろうなあって思いながら・・・あっ、すんません」

「いいよ、俺がやる。続けてくれ聞いてるから」

俺は自分の棒を持ち作業を行った。

作業する俺に向かって後輩は話し続けた。

「男の顔見たら、すっげえ目が血走ってて花粉症にでもなったんかな?って思いながらじーっと見つめてたんですよ。そしたらね、なんなんだその顔は、ボクを、バカにしてるの、か?ってなんか被害妄想が悪化しちゃって。そんで俺嫌だなぁって思いながらお菓子食うのやめて、もう帰ろうと思ったんです。失礼しますって言ってぼちぼち帰ろうとしたら男が俺の腕強く掴んで、ボクを、無視するの?ってなんかめっちゃ必死に止めてきて、片方の腕見たらなんかカッターみたいなの持ってて、あっこりゃまずいってなったんです。そんでわざと地面にしゃがんで運よく転がってた大きめの石掴んで、男の顔面目掛けて殴ってみたんです。なっさけない声出して、痛いよおって喚き始めて心底がっかりしました。これが、ウチの地元を"恐怖"に落とし入れた切り裂き魔?バカじゃねえか?って」


「それで、君はどうしたんだ?」

後輩はきょとんとした。

「俺もそのニュースは知っている。なんてたってその切り裂き魔、暴行された状態で発見されたって大騒ぎになったからな」

「それです!それ!知ってたんですね」

後輩は話を続けた。

誰にも知らない真相を話し始めた。

「俺、本当にそいつに対して腹立ってて。なんか集団下校も一々だるいし、早く帰って来いやら寄り道やめてとか色々言われてま〜じで自由奪われてたんです。泣き喚いてるの眺めてて思ったんです。こいつはどこまで怖がらせたらもう二度としなくなるのかなって。だから、倒れてる男に、馬乗りになってもう一度石で顔面殴ったんでは。二発目、三発目、四発目からやっと退行したんですけど、俺気づいたらハサミも手に持ってて。いつ手に持ち始めたかは分からないんですが、これが役に立ったんですよ。抑えてくる片方の手の平に突き刺したら、めっちゃ痛がって抵抗すらしなくなりました。そんで、まあ死なない程度に殴り続けて言ってやったんです。お前のせいで退屈だから二度とすんじゃねえぞって。けど、それでもなんかスッキリしなかったんです。だから顔押さえて、ハサミで左耳を切ってやりました。そしたらスッキリしましたね。そんで家帰ったら、手洗いと一緒にそのハサミも綺麗にして翌日の図工の授業も無事にやれましたね」



私は作業を終え後輩の隣に立った。

「どうして俺にそんな話を?」

「先輩のアドバイスを元にこれって面白い話にはできませんかねって思ったからです」

「心のうちにしまっておいた方がいい話もある。だから、その話はここだけの話ってやつにしておけ。それと・・・」

「なんすか?」

「それは怖い話だ。それに普通なら警察に話すべき話だろ」

「ああ、確かに。けど面倒だから言いませんでしたね。親にも友達にも。先輩だけですよこの話したの」

余談だが、その切り裂き魔は手が刺されていた以外にも、両手の指も潰され左目の眼球が潰れていたなど、因果応報とはいえ悲惨な状況で発見された。

生きているなら今も服役中だったはずだ。



しかし、私の心に狂いはなかった。

彼は正しく"恐れ知らず"だ。

ホラー映画だけでなく切り裂き魔にも怖けない。少々常識から外れたところはある。しかし大した男であるのは間違いない。

何よりここに2ヶ月居続けるのがその証拠だ。


「そういえばこの仕事っていつから合法になったんでしたっけ」

「かれこれ2年目だな。しかし、君は長く続けてる方だよ。他の人なんて大抵は単発やら短期で終わるもんだしな」

「あざっす。あっ・・・またかよ」

後輩は棒を握り再びひっくり返し、下へと押しやった。押されたそれは再び水中へと潜っていった。

後輩が次の会話を始める一言を放った。

「なんで人の死体ってこんなに早く浮かんでくるもんすかね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怖いもの知らず 甲賀雲丹 @igaguri4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ