第27話 縁談の相手



 美桜とレイがケーキを購入し、マンションに戻る頃には、父の気持ちも血圧も落ち着いたらしい。赤く火照っていた顔は、すっかり普段通りに戻っている。


「ただいまー」

「おかえり、美桜、レイさん。二人は本当に仲良しなのね、しっかり手を繋いじゃって」

「み、み、見てたの!?」


 どうやら、両親は部屋の窓から私たちのことを見ていたようだ。レイの言ったとおりである。


「あのね、美桜。正直に話すけどね、最初、お母さんは美桜が嘘をついてるんじゃないかって疑ってたのよ。それまで、誰かとお付き合いしてるって話も聞かなかったし。それが急に、こんなイケメンを連れてくるんだもの。偽彼氏でも雇ったかと思ったのよ」

「に、偽彼氏って」


 母の指摘に、美桜はドキリとする。実際、そういうサブスクもあるらしいというのは、美桜も知っていた。サブスクを使ったわけではないが、まさにレイは偽彼氏なのだから、美桜が焦るのも当然だった。

 だが、美桜の心配をよそに、母は二人の顔を交互に見て、にこりと笑う。


「でも、二人のこと見てたら、そんな疑いも晴れたわ。ねえ美桜、こんな素敵な人、どこで出会ったの? 職場? 合コン?」

「ちょっともう、そういうのやめてよ……」


 美桜は軽く疲れを感じながらも、小さな疑問がわいてきて、首をひねる。


「……あれ? ていうか、お母さん、レイに見覚えないの?」

「あらー、こんなイケメン、一度でも会ったことあったら忘れないわよぉ」

「そう……?」


 母が知らないのなら、美桜はいつ、レイと出会っていたのだろうか。見た目の印象が変わっていた可能性もあるが、それなら、美桜だって彼と再会したとき、気づくことはなかっただろう。母の知らないところで、彼と会っていたのだろうか。


「それより、ケーキ。お父さんとお母さんから、好きなの選んで。私、紅茶淹れてくる」



 そうしておやつ休憩――と言っても、まだ午前中なのだが――を挟みつつ、父は本題に入った。


「本題というのは他でもない。くだんの縁談のことだ」

「縁談って……さっきも言ったけど、私、レイと」

「分かっている。そのためにさっき、お前たちの意思を確認したんだ」


 父は、苦虫を噛みつぶしたように返答した。しつこく電話がかかってきていた時点でうっすら察してはいたが、やはりややこしい事情のある案件らしい。


「見合いをしたからといって、必ず結婚に至るわけではないというのは、父さんだって最初から分かっている。だから先方にも、美桜が結婚する気にならない可能性があるという旨は、きちんと伝えていたつもりだ。だが先方は、それも承知の上で、とにかく一度美桜に会いたいということだった。結婚は断れても、見合いのセッティング自体は、もう断れないんだ」


 そもそも、今回のお見合い話は、先方からの強い要望で持ち上がったものだったらしい。美桜の父は、一度は断りを入れたのだが、それでも先方は折れなかった。その際、父の会社にとっても利益のある話が上がってきたため、そのまま押し切られてしまったのだとか。


「どうしてそこまで?」

「さあ。理由は分からないが、ご子息自身が美桜に興味を持っているようだったぞ。ご子息にも特に問題がありそうな感じではなかったし、美桜とどこかで会ったことがあるんじゃないかと思って、あまり気に留めなかったんだ」

「え、会ったことある人? 誰だろう……お名前は?」

「うん? 伝えていなかったか? たちばな夕弦ゆづるくんという青年なんだが」

「えっ? 橘先輩!?」

「橘……!?」


 美桜も驚いたが、レイはそれ以上に驚きを隠せない様子だった。

 父は美桜とレイを交互に見て、首を傾げる。


「ん? 共通の知り合いか?」

「レイはどういう知り合いなのか分からないけど、私の会社の先輩よ。えええ、橘先輩、そんなこと一言も言ってなかったのに……」


 美桜は頭を抱えた。橘とお見合いだなんて会社に知れ渡ったら、針のむしろだ。なんせ、橘は非常にモテるのである。絶対に、何としても、隠さなくてはいけない。


「美桜、橘くんというのはどういう青年なんだ?」

「甘いマスク、人当たりのいい性格、仕事も早くて有能。まさにスパダリって感じ」

「ほーん、美桜には釣り合わない好青年ということだな」

「ちょっとお父さんどういう意味!?」


 さらっとディスられたような気がして、美桜は柳眉りゅうびを逆立てる。事実なのがまた腹立たしい。

 一方、レイは顎に手をやり、真剣な表情で考え込んでいる様子だった。


「はあ。もう一度確認なんだけど、断ったら、お父さんの会社に不利益があるんでしょ?」

「そうなるな」

「じゃあ、お見合いだけならしてもいいよ。結婚は無理だけど、橘先輩なら、話せば分かってくれると思うし。同じ会社で働いてる以上、決着つけとかないと気まずいしね」

「……美桜……」


 美桜の答えに、不安そうな反応を示したのは、レイだった。彼が橘とどういう関係なのか美桜は知らないが、行くな、と目で訴えているように美桜には感じられた。


「レイ、大丈夫だよ。確かに橘先輩はちょっと腹黒そうなところがあるけど、変なことにはならないと思う。心配してくれてありがとう」

「だが……しかし」

「平気よ、信じて」


 レイはさらに眉間に皺を寄せる。美桜は、固く握りしめたレイのこぶしの上に、手のひらを乗せた。レイは少しだけ表情を和らげたが、まだ心配そうに瞳を揺らしている。

 そんな美桜たちを見て、父は小さくため息を吐いた。


「黎明くんが心配するのも分かるのだがね。……そうだ。もし美桜がこの見合いを無難に乗り切って、我が社に利益をもたらしたら、黎明くんとの結婚を認めようじゃないか」

「えっ!? それ、ずるくない!?」

「心配するな。社としての交渉は父さんがするから、美桜は、うまく橘くんの機嫌をとってくれればいい。よし、そうだ、そうしよう」


 父は、「我ながら名案だ」とばかりに上機嫌で紅茶を飲み干すと、勝手に話を締めくくった。レイと母はとても心配そうな表情をしているし、美桜も頭を抱えているのだが、完全に無視だ。

 とはいえ美桜としては、知人が相手だし、結婚は断っても良いと言われているので、以前より気は楽である。


 お見合いの日時は改めて知らせるからと言って、父と母は帰っていったのだった。

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