第4話 信ずるに足る



 それから美桜は、コンビニまでの道を歩きながら、レイと少し話をすることにした。

 レイは、自身の過去の話をしてはくれなかった。けれど、美桜が覚えていないほど小さい頃に、レイと出会っていた可能性が高いことだけは分かる。でなければ、美桜が彼の名を知っていたことに、説明がつかない。


 そして、差し迫った問題は――、


「えっと、要するに……レイさんの今のお住まいはかなり遠くて普通には帰れない上、荷物を落として一文無し。家に泊めてくれるような知人もいなくて、そもそもどうして昨日あそこで倒れていたのかも覚えていない、と」

「……情けない限りで御座います」


 ――そう。美桜の隣で申し訳なさそうに縮こまる美しい男、レイは、行く当てもなく、このあたりで一夜を明かしたのだという。


「あれ、でも、猫ちゃん――よもぎちゃんの飼い主さんは? お知り合いなんですよね?」

「いえ、蓬のあるじは既に他界しております。野良となっていた蓬とは、昨夜、偶々たまたま再会いたしました」

「にゃあ」


 猫の蓬は、レイの腕の中に戻って、大人しく撫でられていた。やはりレイは、以前、この辺りに住んでいたということだろう。


「そうでしたか……確かに、特徴のある猫ちゃんだから、再会したらすぐに分かるか。蓬ちゃん、とっても賢いし。それで、レイさんは、これからどうなさるおつもりなんですか? 交番、一緒に行きましょうか? それか、電話番号とか住所とか覚えてたら、私から連絡して差し上げることもできますけど」

「……いえ。頼れる人間は、もはや誰もおりませぬ故。自力でどうにか致します」


 レイは、困ったように首を横に振った。いや、実際困っているのだろうが、美桜に頼る訳にはいかないと思っているのだろう。

 そして美桜のその考えは、どうやら合っていたらしい。


「では、これ以上美桜様にご迷惑をおかけする訳にも参りませぬ故、私はこの辺りで失礼いたします」

「あ、待って下さい!」


 美桜は、コンビニの前で引き返そうとしていたレイを呼び止めた。

 ――レイは、しっかりした大人の男性だ。自分が彼を気にかけなくても、彼は本当に自分でどうにかするだろう。

 けれど、何故だか、彼のことが気になって仕方なかった。頼れる人がおらず彼が心細く感じているかもしれないこともそうだが、自分がレイとどういう知り合いだったのか、思い出したかったというのもある。

 ……と理屈を並べて美桜は考えるが、要するに、これっきりでレイと別れてしまうのが惜しかったのだ。


「あの。もし良かったら、今日の夕方、待ち合わせしませんか?」

「……待ち合わせ? 私と、美桜様とでですか?」

「はい。もし夕方になっても、泊まるところとか帰る方法とか、どうにもなりそうになかったら、私を頼ってほしいんです。仕事が終わったら、またこのあたりに戻ってきますから」


 レイは目を瞬かせていたが、美桜の言葉を聞いて、眉をひそめた。


「しかし……ご迷惑では?」

「乗りかかった船ってやつです。それに、レイさんがちゃんと帰れるかどうかも気になりますし」

「……美桜様。私が言うのも筋違いだとは存じますが、出会ったばかりで素性も知れぬ人間を、そう易々と信じるのは、正直どうかと」


 レイは、さらに眉をぎゅっと寄せ、冷静な口調で美桜を諭す。その言葉には、美桜に対する心配が滲み出ていた。

 そしてそれは内容に相反して、『レイが信じるに値する人物である』という美桜の直感を肯定する言葉でもあった。


 ――もしかしたら彼は詐欺師で、言葉巧みに美桜を信じさせようとしているのかもしれない。

 心の表側からはそんな考えも浮かんでくるが、表面ではなくもっと深層の部分で、美桜はレイとの不思議な繋がりを感じていた。

 そして、美桜の薄っぺらな語彙では説明のしようがないその不思議な繋がりが、声高に主張しているのだ。

 レイは、絶対に美桜を裏切らない――信ずるべき人物だと。


「……信じてもらえないかもしれませんが、普段はもっと、きちんと警戒しているんです。でも、どうしてだろう……レイさんのこと、何故だか信用できるって確信があるんです」


 美桜がはっきりそう伝えると、レイは、わずかに目を見開いた。先程の不満そうな表情から一転して、探るように美桜をじっと見ている。


「それに、レイさんとは、出会ったばかりじゃないですよね? 名前を思い出したってことは、小さい頃、それなりに交流があったってことだと思うし。実際は、知り合いだった頃の記憶なんてなくて、名前しか思い出せないけど……頼りになる人だ、大丈夫だって、なんだか深層心理に刷り込まれてるみたいなんです。きっと交流があった頃、レイさんはいつも私に優しくしてくれてたんでしょうね」

「……ふ」


 美桜が自身の考えを正当化するように一気に捲し立てると、レイは、口元を綻ばせた。

 彼が初めて笑顔を見せてくれたということと、その端正な顔立ちが相まって、美桜は不覚にも心を掴まれてしまった。クールな男性がふとした瞬間にだけ見せる優しい微笑みには、言葉に尽くせないほどの尊みがある。


「貴女は、変わらずお人好しで御座いますね」

「あはは、普段はこんなにお人好しじゃありませんよ。っと、そうだ」


 美桜は頬が熱くなってしまったのを隠すように笑う。


「だったら、お人好しついでに。蓬ちゃんと、少しだけここで待っててください。まだ、いなくならないでくださいよ」


 レイにコンビニの前で待つように告げると、美桜は店内に入り、急いで買い物を済ませたのだった。


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