第7話

 公爵邸に来てから2週間がたった。

 その間にエドワード様は私のことをアニエスと呼んでくださるようになり忙しいお仕事の合間を縫って一緒にお茶をしてくれたりするようになった。

 しかしそんな私はこの家に馴染んでいく中で心の中で少し焦燥感に駆られていた。

 私はここに来てから朝昼晩の3食を取りそれ以外の時間はリリとルルが入れてくださるお茶を飲みながら本を読んだり庭を散策したりなど何もこの家のために役に立っていない。

 実際のところエドワードとギヨームが体力がつくまで外に出したりしては危ないと過保護になっているだけなのだが、実家にいたころは毎日夜遅くまで働いていた彼女にとって何もしないということはとても不安であった。


 よし!エドワード様の業務を手伝おう!


 そう思うと私はさっそくエドワードの執務室に足を運んだ。


「エドワード様、失礼いたします。相談事があってまいりました。」

「ん?どうした、何か困りごとでもあったのか?ちょうどキリがいいところだしギヨーム茶の準備を頼む。」


 エドワード様は軽く伸びをされると私の分の椅子とお茶を用意してくださった。


「で相談とはなんだ?私にできることなら手を尽くそう。」

「あの失礼かと思いますが、私このお屋敷に来て快適に過ごさせってもらっています。それに関してはとても感謝しております。ですが何もこの家のために役立ってはいません。実家では朝から晩まで働いていたためそのことがとても不安なのです。よろしければエドワード様のお仕事を手伝わせてください。」


 私はそういうとエドワード様は難しそうな顔をしていたがギヨームがエドワード様に耳打ちをすると急に表情が変わり仕方ないというように話し始めた。


「わかった。正直私はこういう書類とにらめっこする仕事はあまり得意ではない、アニエスが実家で父の政務を手伝っていたというし力になってくれるというなら私は止めはしない。だが夜中まで働かせ続ける気はない。お前はここに来てからましになったとはいえ不安になる体つきをしている。決して無理はするなよ。」


 私はやった!と心の中でガッツポーズしながらギヨーム様が用意してくださった公爵領についての書類を読み始めた。


 この公爵領には大きく分けて2つの特産品があるようだった。

 一つは銀、どうやら多くの銀が取れる銀山があるらしい。この国では銀は通貨として多く使われているため銀山は王家の直轄地以外は毎年とれた量の一部を国に納めるという決まりがある。そのため収量を見た限りではこの国でも一番の銀山を保有する公爵家はかなりお金を持っていてそこから鉱夫などへの給料も出しているようだった。

 もう一つが農作物でエドワード様曰くこの土地は作物の育ちがよく良質な穀物や野菜、果実が取れるためそれを聞きつけた商人たちが買いつけに来ているらしい。明らかに耕作地の面積に比べて収量が多い。どうしてかエドワード様に問いかけた。


「そろそろ町に顔を出そうと思ってたしちょうどいい。この家に来てから家の外には出ていないだろう直接見たほうが早いということで明日視察ということで街に行こうか。ギヨームそういうわけで明日は町にいってくる。」


「わかりました。それでは町に伝えて馬の準備をしておきます。私は不要かと思いますので奥様をしっかりとお守りくださいませ。」


「話が早くて助かる。というわけでアニエス明日は私と町へ出ようか。」


「あ、はい!喜んでお供させていただきます。」


 ただおかしく思えた場所を聞いただけなのだかなぜかとんとん拍子に明日の予定が決まってしまった。

 だが内心私はうきうきしていた。実家で働いていたころは町に住んでいる人々と話したがらず我が家の私設軍(この国は国が保有する国軍とそれぞれの領地で各家が保有している私設の二つがあり、エドワード様が所属していたのは国軍に当たる)のほうにもっぱらかかりきりであった父親に代わって父親の補佐の女文官と身分を偽らされて町の人々と話し合いをしたり実際に現場を視察していた彼女にとって視察とは母親や妹に意地悪される家から出られる数少ない楽しみであったためである。



 翌日私はなぜかリリとルルに朝からお世話されていた。

 朝からお風呂に入れられ髪をルルにとかされていた。


「アニエス様、今日のデートのコーディネートは任せてください!私たちの手でアニエス様を仕立て上げてエドワード様をメロメロするお手伝いをさせていただきます!」


「別にデートじゃなくて視察なのだけど。」


「アニエス様、夫婦となる男女が二人きりで出かければそれはデートです!」


 妙に気合の入ったリリは私の部屋のクローゼットへ向かっていくとそのままクローゼットを開けて中の服を見た。


「え…?アニエス様。言っては失礼ですがいつも地味な服を着ていてもったいないと思っていたのですがもしかしてそういう服しか持っていらっしゃらないのですか?」


 リリは私のクローゼットの中をみて絶望したように私に問いかけた。


「えぇ、前に話した通り私は実家ではあんまりよい扱いをされていなかったたきれいなお洋服は買ってもらえなかったのです。」


 きれいなドレスやお洋服をもらっていた妹と違い私はきれいなお洋服など買ってもらえず地味なちょっとお金に余裕のある平民程度の服しか買ってもらえなかった。


「ルル、このままではデートにふさわしいアニエス様を作れないわ。ルルの服ならサイズ的にも問題ないわよね。あなたの服をアニエス様に貸そうと思うのだけどいい?」


「もちろん…私はアニエス様のためなるなら、それがメイドとしての使命…!今持ってくるから待ってて。」


 そういうとルルは見たこともないスピードで部屋を出ていくと1分もたたないうちにかわいい水色のワンピースを持ってきた。


「これなら動きやすさを損なわず、アニエス様の可愛さを前面に押し出せる…!」


「ルルさすがのセンスね。それじゃあアニエス様これからお着替えと化粧をさせていただきます。」


 リリは私にそう言うと私はなされるがまま彼女たちによって飾り付けられてしまった。


 ***

「おぉ…アニエス様…すっごい綺麗です。」


「やっぱり美人さんだと思ってたのよね。ここに来た時は正直夜見かけたら幽霊と勘違いするかと思うほど痩せてたけど。」


「リリ…普通に失礼。」


 リリとルルにおめかしされた私は自分でもびっくりするくらい綺麗だった。水色のワンピースは体のラインを出しすぎず涼しげで儚い妖精なようで、顔は軽くファンデーションなどで血色を良くして口紅を塗っただけなのにそこには実家にいたころの頬骨が浮き出た私はおらず、肖像画でしか見たことない私の母にそっくりの美人がいた。


「リリ、ルルありがとう。」


「私たちはお洋服を貸して少し化粧をしただけです。」


「アニエス様の…元の素材がいいから…です。」


「門でエドワード様がお待ちしております。おめかししたアニエス様の魅力でエドワード様をメロメロにして差し上げてください。」


「本当にありがとう。それじゃあ行ってくるわね。」


「「いってらっしゃいませ」」


 私は2人にお礼を言って部屋を出ると門で馬の世話をして待ってくださっているエドワード様の元へ軽い足取りで向かっていった。

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