第22話 ダブルデート

 只今、午後1時35分。

 約束時間を5分過ぎたところだけれど、誰も来ない。


 5分前に到着してから10分経過。

 遅れるかもとは聞いていたけど、本当に遅れるのかーって感じ。


「ごめん、沙織ちゃん!」


 イラっとする気持ちをごまかしきれずモヤモヤしていたら、秋川くんが猛ダッシュで駆け込んできた。

 息を切らせて、頭を下げてくれれば恐縮するしかない。


「部活終わって急いできたんだけどさ」

「大変だったよね、焦らせちゃってみたいでごめんね」


 部活終わってそのまま来たんだと思う。リュック型のスポーツバッグを背負ってるから、部活の用意が入ってるんじゃないかな。私服にリュックってちょっと違和感だし、結構重そう。


「大荷物だね」

「Tシャツとかそのまんま突っ込んだから絶対臭い」


 そういって笑う秋川くんにつられるように笑ってしまう。

 そんなに無理して遊びに行く必要はないと思うんだけどな。


征斗まさと! 置いてくなよ!」


 続けて新堂くんも息を切らせながら登場。

 秋川くんと同じく大きなリュックを背負っている。

 

 ――どうしよう、新堂くんが眩しい。

 やっぱり今日来てよかったかもしれない。新堂くんの私服初めて見た!

 新堂くんも秋川くんもTシャツとパンツみたいなシンプルなコーデだけど。新堂くんとわたし、デニムパンツかぶりで何かお揃いみたいになっていて――ああ、駄目だ。絶対考えちゃ駄目。


「古見と一緒に来るかと思って」


 古見、という名前に、浮かれていた思考が一瞬で冷静になる。

 そうだ、新堂くんには古見さんがいるからこんなに浮かれてちゃ駄目。

 もうちょっとおしゃれしてくればよかったとか、考えちゃ駄目。


「女バレまだ終わってなかったし。あ、能島さん、遅れてごめん」


 生音声は、まずい。そういえば最近気まずさから避けていて、こんなにじっくり聞けるのって久しぶりだ。

 あああ! 駄目なのにドキドキする!

 動悸が激しいのって外からはわからないよね? 大丈夫だよね?

 いつもみたいに笑えば大丈夫だと思いたい。


「ううん。部活お疲れ様。二人ともそんなに焦らなくても全然大丈夫だったのに」


 大丈夫っていうのは嘘。ちょっとイライラしてたけど、ここまでぜーぜーと息を切らしている人たち相手にそれをぶつけるようなことはしない。

 なんだろうな、新堂くんがそれだけ必死になってくれたのは、いけない感情だとはわかってるけど嬉しい。すごく、嬉しい。

 謝罪の声も、わたしだけのもの。

 だけど、ここでストップ。やめよう。浮かれるのここまで、ここで終わり。


「さすがに人待たせてのんびりするって落ち着かないし」

「俺も翔も性分みたいなもんだから、沙織ちゃんも恐縮すんな!」


 秋川くんにおどけたように言われて、あははと笑ってみせる。

 二人ともいい人すぎる。


「それより、ごめん。何か無理やり誘っちゃったみたいで」


 申し訳なさそうな顔で、新堂くんに謝罪されてしまった。

 謝罪の声もすごくいい声。 悔しいけど全部許したくなってしまう。

 いやいや、それも駄目。


「本当だよ!」


 心を鬼にして言い放つ。

 すごく嫌だったって思ってたことは知っていてほしい。せめて新堂くんには。


「でも、新堂くんだから今回は許す!」

「わー、沙織ちゃんやっさしい」

「……本当にごめん」

「沙織ちゃんが許しても、俺は許さんけどな!」

「ごめんっつてんだろ!」


 手を合わせて頭を下げていた新堂くんだったが、秋川くんにからかうような口調で言われて顔をあげると秋川くんの襟首に手を伸ばして掴み上げた。

 秋川くんも新堂くんの襟首をつかみ上げて――えっ、ちょっと!? 慌てて止めようとしたら、二人同時に吹き出して手を離した。

 えーと、じゃれてるってこと? ……この二人ってこんなに仲良かったのか。知らなかった。


「ほら、沙織ちゃんがびびってるからやめろよー」

「……沙織ちゃんって、なんでそんなに能島さんに馴れ馴れしいんだよ」


 ちょ、ちょ、ちょっと待った!

 今、新堂くん、沙織ちゃんって、沙織ちゃんって言った!?

 わたしのことを呼んだわけじゃないのに、ちょっと、待って、待って、頭が正常運転に切り替わらないよ!?


「仲良くなりたかったから?」

「やらしい奴め……! 能島さん、こいつに近づいてもいいこと絶対ないから」

「そういう翔こそどうなんだっつーの。あの古見と付き合えるなんてどんな裏技使ったんだか」


 ……古見さんと、新堂くんが付き合ったきっかけ、か。

 何かちょっとぐさっときたけど、ちょうどよかったかも。

 だって、ねえ、さっきの「沙織ちゃん」呼びは、わたしに向かって言った言葉じゃない。

 今から新堂くんの彼女がくるんだし、そろそろ、本当にそろそろ落ち着かないとまずい。


「それ、わたしも気になってた! どういうきっかけだったの?」

「え!」


 なんで新堂くんはそんなに心外みたいな顔するんだろう。わたしがそれを聞くのっておかしいのかな。……まあ、一度は告ってるわけだから、いやでもあれはなかったことになったから。純粋な疑問だし。それ以外の意味はないよ、うん。


「お待たせ」


 秋川くんとアイコンタクトで、尋問だ! と決定したその時、凛とした涼やかな声が耳に届いた。

 慌てて振り向けば、いつの間に近づいてきていたのか、すぐ傍に古見さんが立っている。

 

「あ、古見さん、お疲れ様」

「部活長引いちゃって。男バレは早めに終わったみたいね」

「あれ、古見、荷物は?」

「部室のロッカー。帰りに寄ればいいと思って」

 

 あまりに軽装備な古見さんに疑問に思ったのか秋川君が尋ねれば古見さんはそう答えた。

 なるほど、だから小型のショルダーバッグだけなのか。

 ひざ丈のシャツワンピースにだぼっとしたロングカーディガンを合わせていて長身ですらっとした古見さんによく似合っている。ちゃんとお洒落してるなーっ感じ。古見さんにとってはデートだからか。


「じゃあ、行こうか」


 わたしを一瞥することもなく古見さんは新堂くんを真っ直ぐに見てそう言った。

 ……まぁ、いいか。



 いわゆる交通系ICカードを持参していてよかった。

 さっと改札をくぐっていく古見さんと新堂くんの後ろを追いかける。

 せめてどこに行くのか教えてくれたっていいのに。何か、やっていることが幼稚じゃないのか。


 さっきじゃれてたのが気に障ったのかもしれない。ちゃんと言ってくれたら謝罪ぐらいはするのに。

 ホームにやってきた電車に乗っても古見さんの態度は変わらなかった。

 わたしに背中を向けるように新堂くんにだけ話かけている。

 新堂くんは困ったように何度か古見さんに呼びかけているけど、古見さんは一切取り合わないという態度だ。


 モヤモヤするなー。


「あのさ、どこに行くのかぐらい教えてくんないと」


 困った様子で秋川くんが問いかければようやく古見さんは新堂くんからわたしと秋川くんを見た。


「公園」


 二駅ほど離れた、小動物のふれあいコーナーや子ども向けの遊具がある公園へ行くと教えてくれた。

 先に言って欲しいんだけどなあ。


「話しかけたら邪魔かなって思って」

「邪魔って何が?」

「だって秋川君と能島さん、仲良さそうだから。話しかけにくくて」


 嘘つけ! と声には出さなかったけど、なにそれ! って感じ。

 ……なんか本当に!


「ふうん、つまり、お前らの邪魔すんなってこと?」

「征斗、そんなこと言ってないだろ。古見も――」

「いいっていいって。邪魔するつもりないし。いこう、沙織ちゃん」

「え! あ、秋川くん」


 古見さんと新堂くんの二人に、秋川くんは冷たい口調で早足で電車の連結部分に向かって足を進める。隣の車両に向かってるようだ。

 少しだけ躊躇ったけど、わたしも秋川くんを追う様に隣の車両へと向かった。二人の方からは目を逸らしていたから、新堂くんがどんな表情をしていたかはわからない。でも今はどうでもよかった。




「秋川くん」

「全く、何考えてるんだか古見の奴」


 隣の車両に移って、秋川くんは空いている座席に腰を下ろすとわたしに横に座るように促した。

 ちょうど空いている時間なのか、乗客もまばらだ。座席も空席だらけ。


「何かごめんね」

 

 古見さんのあの態度、わたしのせいかもしれない。

 秋川くんの隣に座ってそれを謝罪すると秋川君は小さく苦笑を漏らした。


「なんで沙織ちゃんが謝るんだよ」

「さっき新堂くんとおしゃべりしてたの、古見さん的に嫌だったのかもしれないなーって」

「それでも沙織ちゃん悪くないじゃん」


 やっぱりそう思うよね? 秋川くんの言うとおりだとわたしも思う。

 あんな風にわたしの存在を無視するような行動はなしだよね?


「わたしが新堂くんと仲良いの、彼女としてはちょっと嫌なんだろうなって理解できなくない、かな?」


 ちょっと理解できるかどうか怪しいのでちょっとだけ言葉を濁す。

 好きな人が別の女の子としゃべっているのが嫌だっていうのは、わかるから。古見さんと話しているところを見ると、わたしもつらいから。


「沙織ちゃんって翔とそんなに仲良かった?」


 秋川くんは不思議そうな表情をしている。あれ、さっき駅の前で親しい感じで話をしてたと思うんだけど。違うの?

 

「うん、四月の最初に隣の席だったから、そこそこ仲いいよ」

「それだけで古見に目を付けられるって、災難~」


 笑い飛ばしてくれる秋川くんに、ちょっとだけほっとした。

 仲がいいとは思われてなかったんだ。絶対に態度でバレバレだと思ってたんだけど。岸くんにバレてたぐらいだし。


「あ、そっか、沙織ちゃん褒め上手だから」

「褒め上手!?」


 聞きなれない言葉に思わず変な声をあげてしまった。

 え、わたしって褒め上手なの?


「なんかすぐ褒めてくれる印象。女子にも男子にも。ほら奈々には周りを元気にする人、だとか、俺にも気遣い上手さんっとか」


 それって思ったことをそのまま言っているだけで、褒めてるって自覚はないな。


「翔にも言ってんじゃないの? 彼女から見たらアプローチしてるように見えるかも」

「そんなまさか! だって声がカッコいいねとしか言ってない」


 っていうか、最近は言わないようにしている。

 古見さんが嫌がるだろうなって思ってたし、対立するつもりなんてないから。


「声? あー、確かに翔の声って重低音だよなあ、顔に似合わず」

「そのギャップがいいんだって。わたし新堂くんの声のファンだもん」


 子供っぽく笑うのに、あの声! たまらないんだけど。と、語ると止まらなくなると気づいて慌てて口を噤む。

 この感情は誰にも知られたくない。


「古見が目の敵にする理由がわかった」

「え!」

「そんな風に彼氏を語られたら勘違いするって。翔も悪い気しないだろうし」

「そ、そうかな?」


 勘違いって。勘違いじゃないんだけど、勘違いってことにしてくれる?

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