第19話 リレー練習開始
放課後、さっそくクラス対抗リレーメンバーの第一回ミーティングが行われた。
教室の隅っこの机を囲んで話し合い開始。
奈々以外の人とはあんまり絡んだことがないクラスメイトたちで、灯里も新堂くんもいなかったことに心の底からほっとした。だって二人とも微妙な感じなままだ。
流石に同じクラスだから全員の名前は知っていたけど、簡単に自己紹介をすることにした。
「そんなわけでよろしく」
最後に自己紹介を終えた岸くんが、一同を見回してそう言った。
岸くんは野球部員だ。野球部なのに陸上部エースよりも足が速い。陸上部員としては俊足で野球部員に負けるのはちょっと悔しい。
がっちりとした体格なのに、どうやったらそんなに早く走れるんだろう。
野球部とはいえ髪型自由なのに、坊主頭を貫いている岸くんはなんというか真面目そうに見える。
「まずは走順を決めよっか」
「アンカーは岸くんがいいんじゃない?」
うん。アンカーは一番速い岸くんが適任だと思う。
奈々の言葉にわたしも含め全員が頷いた。
「男女交互で走るんだよね? アンカーが岸なら、その前は誰にする?」
「女子で一番速いのって能島さんだっけ?」
そう言ってわたしに視線を送ってくるのは、秋川くん。男子バレー部所属。
新堂くんや沢渡と同じ部活でその二人と仲良いっぽいけど……うん、それだけで気まずい雰囲気を出すわけにはいかない。普通にしとこう。普通に。
「うん、そう」
「後ろに速い人固めた方がいいのかな。そうすると岸の前は能島さんがいいんじゃないの?」
「じゃあ、能島さんが第七走者で」
わかった、と重々しく頷いておく。
結構重要なポジションだよね、アンカーの前って。不調だからとか言ってられない。頑張らないと。
その後も揉めることなく走順が決まった。
ここにいるメンバーって何となく居心地がいいような気がする。
ちゃんと人の意見を聞いてくれるし、聞いてくれるからこそ自分の意見も言いやすい。みんないい人で良かった。
「走順とバトンパス、かな?」
奈々からリレーの必勝法は? と聞かれてそんなありきたりなことしか答えられなかった。
だってわたし、今まで部活でリレーの選手には選ばれたことないからそんなに詳しくない。
「やっぱバトンパスが重要になるんだね」
「走順の前後で連絡取り合って個別の練習をするってのはどうだろう?」
うんうんと、
なるほど、全員の時間の都合をつけるのは難しいけど、走順前後の二人だけだったら練習の時間を作るのも難しくはないはず。
岸くんの言葉に全員が同意して、連絡先を交換して第一回ミーティングは終了。
「第一走者って結構プレッシャー」
「奈々が適任なんだってば」
今日の陸上部は自主練習の日だ。
一応部室にだけは寄って行こう、と階段を下るわたしの横に奈々が並んで珍しく弱音をこぼした。
「そうそう、奈々ちゃんなら大丈夫だよ」
「絶対いけるって」
久美ちゃんも陽菜ちゃんも、階段を下りつつ奈々を励ましている。
奈々って絶対本番強いと思うんだよね。
プレッシャーに負けないというか。緊張感もはねのけて駆け抜けそう。
「それより私、遅いからみんなに迷惑かけちゃいそう」
陽菜ちゃんが自信がなさそうに言うので、奈々が慌てて口を開いた。
「大丈夫だって! ちょっとぐらいの遅れなんて沙織が何とかしてくれるから」
「やめて! プレッシャーかけないでよ」
思わず奈々を批難する。
あんまり調子良くないのに、無駄に重圧をかけないでほしい。
「沙織ちゃん、ご面倒をおかけいたしますが」
「どうぞよろしく」
「お願いします!」
三人に一斉に拝まれても困る。神だのみじゃないんだからって感じ。
奈々と違って、わたしはメンタルに走りが直結するタイプなんだってば。
あんまりプレッシャーをかけれると、ぐだぐだになっちゃいそうで怖い。
「拝むなら岸くんを拝んでよ!」
全部アンカーである岸君に押し付けてしまおう。
できれば岸くんが楽に走れるようにはしたいけど。
苦し紛れにそう言うと、陽菜ちゃんがちょっとだけ遠慮がちに口を開いた。
「だって岸くんって、ちょっと近寄りがたい」
久美ちゃんは頷いて、その陽菜ちゃんの言葉に同意してる、奈々はちょっと首をひねっているが。
岸くんってそういうイメージなんだ。
確かに厳つい体格だし、口調もちょっと強めで怖い感じだけど、わたしの中では頼り甲斐があるってイメージかな。
「真面目だし、頼れるリーダーって感じじゃない?」
「今日話してみてメッチャ頼れそうだなって思った!」
わたしが岸くんのフォローを入れれば、奈々もわたしの言葉に同意してくれる。
「でも岸くんはリーダーっていうか、裏リーダーって感じかも」
「それならわかるかも」
奈々の言葉に女子二人は何度も頷いて同意している。
裏リーダーって、岸くんが、裏リーダーか。
魔王っぽい岸くん、何か似合う、かもしれない。
河原で捨て猫拾って情が移っちゃう感じの人情派魔王だ。
その岸くんとバトンパスの練習をするんだった。早めに連絡とらないと。
頭の中の夕暮れの河川敷で猫を拾う魔王の映像を振り払い、昇降口でみんなと別れた。
「能島さん!」
部室に向かう途中で声をかけられて足を止める。少し身構えてしまったが、新堂くんの声じゃない。
新堂くんじゃないから大丈夫、と、声の方へと振り返れば、さっきまでミーティングに参加していた秋川くんが駆け寄ってきているのが見えた。
さっきは制服を着てたけど、今はバレー部のTシャツに着替えている。今から部活なんだろう。
……バレー部か。目線だけで辺りを確認する。新堂くんも沢渡も近くにはいないみたいだから、大丈夫。
「能島さん、今から部活?」
「部室に寄ってこうかなって思ってたとこ。秋川くんは今から部活?」
「そ、ちょっと遅刻して今から参加」
その恰好を見れば部活なのは一目瞭然だ。わざわざ聞くまでもないのかも。口にしてからそのことに気づいて苦笑すれば秋川くんも笑った。
「バトンパス練習、いつなら空いてる? って聞きたくって」
「火木は自主練習だから。でも部活の日でもリレー練習が部活みたいなもんだからいつでも大丈夫かも。秋川くんの都合に合わせる」
そうだった。わたしの前の走者は秋川くん。後ろだけじゃなくて前の走者とも練習する必要があるんだよね。
バレー部って毎日部活あるはずだからわたしより忙しいんじゃないのかな。
「そうだな~、後半体育館の日の方がいいから……、明後日とかどう?」
「大丈夫。了解。よろしくね」
「沙織ちゃん」
「え?」
いきなり名前を呼ばれれば驚きしかない。
そういえば、男子から名前で呼ばれることってなかったかも。
「って、女の子たちが能島さんのこと呼んでたけど、俺もそう呼んでいい? 名前の方が呼びやすいし」
「いいよ」
別に呼ばれる方にこだわりはない。ただちょっと変な感じ。
名前の方が呼びやすいって初めて言われたからかな。
能島ってそこそこ珍しい苗字だからか、苗字で呼ばれる方が多いかも?
「別に許可なんてとらなくてもいいのに、秋川くんって律儀」
「そういうのも礼儀かなって思って。じゃあ沙織ちゃん、明後日よろしく」
「うん、頑張ろうね」
馴れ馴れしくされても全然嫌な感じにならないのは、秋川くんの人柄なのか。
ちゃんと許可を取ってくるあたり秋川くんは気遣い上手なのかも。
体育館へ行く秋川くんと別れて、わたしも陸上部の部室へと向かう。
今日は自主トレしないで帰ろう。部室の自分のロッカーに運動着一式を放り込んで回れ右をしてそのまま部室の外に出る。
どうせ夕食後にランニングする予定だし、体感トレーニングもやろう。
バトンパス必勝法みたいなのもネットで探してみようっと。
今日家に帰ってからやるべきことを考えつつ、自転車置き場へと向かう。
九月に入ってもまだ暑い。今年の夏はいつまで居座るんだろうな。夕方ぐらいは涼しくなってくれればいいのに。
自転車で帰れば、家に着くころには汗まみれになっているに違いない。あの不快感を思い起こすだけで帰宅する気が萎える。
「能島さん」
「はい?」
今度は何だろう?
何も考えずに振り返ってしまって、呼びかけてきた人物を見てそのまま硬直してしまった。
なんで、振り返っちゃったりしたんだろう。
暑さのせいか、考え事をしていたせいか。
背後に立っていたのは、古見千早さん。
新堂くんの、彼女。
聞こえない振りをすればよかった! なんて今更だ。
振り向いてしまった以上は無視できない。しちゃ、駄目、だよね?
わたしを見る古見さんの表情は穏やかで、割と友好的っぽいようにも見えるけど。
嫌な感じしかしないのは、古見さんに嫉妬しているからなのかもしれない。
嫌、なのは、そんな感情を古見さんに抱いてしまう自分だ。
古見さんは悪くない、はず。
「……古見さん?」
硬直した体を何とか動かして古見さんと正面で向き合う。
中学も違う、去年も今年も違うクラス、部活も選択科目も違う。古見さんとわたしには共通点がない。古見さんと同じ女子バレー部の灯里とは仲良くしてるのが唯一の接点か。もしくは、今はその灯里とはぎくしゃくしちゃってるから、余計に古見さんが話かけてくる意味がわからない。
わからなすぎて馬鹿みたいに古見さんに呼びかけるので精いっぱいだ。
「少し話がしたいんだけど、能島さん、今時間ある?」
「話?」
できれば古見さんには関わりたくなんてない。
断りたい。「今は時間がない」「忙しい」って言ってそのまま逃げちゃいたい。
でも、ずっと逃げ続けるなんて絶対に無理。
だったら、この一回で終わらせたい。
「話って何?」
……本音を言えば全然聞きたくなんかないんだけど。
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