第3話 魔人の記憶

 ハルアの部屋は、整然としていた。

 長い木製のテーブルに、深緑の椅子が六脚。

 夢時たちは、それぞれ席についた。


 重苦しい沈黙を破ったのは、ハルアだった。

「……何と言えばいいか……。私がいながら、このような事態を起こしてしまい、本当に申し訳ありません」

 彼は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ハルア!」ロゼナが椅子を鳴らして立つ。

「あなたは囚われていたんです。悪いのは私です。長い間ここを離れた私が、受けるべき罰です」

 拳を握りしめるロゼナ。

「父も、母も、妹も、血の繋がりはなくても……無関係ではなかった。私が帰っていれば――」


「それでは、酷い扱いを受けていたのではないですか?」

 ルーシスの静かな声に、ロゼナは目を伏せた。

「……仕方のないことです」

「そんなことないだろ!」夢時が思わず声を上げた。

「もしルーシスが助けてなかったら、ロゼナは――死んでたかもしれないんだ!」


 ロゼナは一瞬、目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。

「……心配してくれるの?」

「な、なんでだよ。当たり前のこと言っただけだろ!」

 夢時は顔を赤らめ、視線をそらす。

「ふふっ……なんか、嬉しくて」

「嬉しい?」

「うん、あなたがそう言ってくれると、少し落ち着くの」


 ロゼナは再び椅子に座り、姿勢を正した。

「……話を進めましょう」


 ルーシスが小さく頷き、これまでの経緯――妖魔の襲撃、ローディオとの戦闘、ヨーデの出現――を説明した。


「……ハルスト様が妖族と通じていたとは……。しかも妖人を造り出していたとは」

 ハルアは険しい表情で顎に手を当てた。

「この国の根が腐り始めていたのですね」


「これからどうするつもりですか?」

「ヨーデは姿を消しましたが、放置はできません。奴が動けば、世界そのものが危うい」

 ルーシスは腕を組み、思案するように目を閉じた。


「そういえば、スランは大丈夫なんですか?」

 ロゼナが不安げに問うと、ルーシスは柔らかく微笑んだ。

「ええ、信頼できる者に預けました。心配はいりません」

「……よかった」

 ロゼナの瞳が安堵で潤む。

「ルーシス先生、夢時……助けに来てくれて、本当にありがとう」

「お、俺は別に……」夢時は頭を掻きながら呟く。

「恥ずかしがる必要はありませんよ」ルーシスが笑う。

「う、うるさいな……!」


 その光景を見て、ロゼナが小さく笑った。

「ふふ……二人を見ていると、なんだか親子みたい」

「お、親子!? 冗談じゃねぇ!」夢時が真っ赤になって叫ぶ。

 ルーシスは肩をすくめた。

「親子……ですか。悪くはありませんね」

「やめてくれぇ!」


 場の空気が少し和らいだその時、ロゼナが真剣な顔に戻った。

「ルーシス先生。話が終わったら、帝国を出るんですよね?」

「はい。スランの件もありますが、ヨーデの行方を追わなければ」

「私も……一緒に行っては駄目ですか?」

 ロゼナの声は静かだったが、決意に満ちていた。


 ハルアが微笑む。

「いいのではありませんか? 決めるのはロゼナ様自身です」

「ありがとうございます、ハルア」


 夢時は首を傾げた。

「そういえば、ロゼナってここの……姫様なのか?」

 その瞬間、部屋の空気が少し固まった。

 ロゼナ以外の全員が驚いたように夢時を見る。


「うん、そういえば言ってなかったね」

 ロゼナは微笑しながら、軽く胸に手を当てた。

「私はこの国の皇帝。ロゼナ・ローディンス」

「はあっ!? こう、こうていっ!?」

 夢時は椅子から転げ落ちそうになった。

「ルーシス、聞いてねぇぞ!」

「そうでしたか?」ルーシスは、いつもの笑顔でしらを切った。

(……ルーシスって、意外と性格悪いよな)夢時は心の中でぼやいた。


 ハルアが表情を引き締める。

「しかし、ヨーデの封印が解かれた以上、早急に対処しなければなりません」

「封印……なんで解けたんだ?」夢時が尋ねた。


 ハルアはロゼナを見つめ、ゆっくりと頷いた。

「……あなた方には話しておくべきでしょう。千年前、この帝国を築いたレスアン家が、妖人ヨーデを封じたのです」

「レスアン?」

神人かみびと冥界人めいかいじん、その両方の血を持つ者が“魔人”であり、同時にこの国の皇帝――レスアンの血を継ぐ者たちです」

「もう一つの家系、“フェンディア家”は魔人と人間の混血。公爵として帝国を支えてきました」

 ハルアの言葉に、夢時は目を瞬いた。


「神人と冥界人って……なんなんだ?」

 ルーシスが答える。

「神人は世界を守る存在。冥界人は、破滅をもたらす存在です」

「昔、人間・神人・冥界人・妖族が争い、世界は滅亡寸前にまで陥りました。

 そのとき、一人の女性――メリア様が、ヨーデを封じ、世界を救ったのです」

「千年前って……」夢時は息を呑む。

 しかし、周囲の反応は淡々としていた。


「人間以外は長命なんですよ、夢時」

 ロゼナが当然のように言う。

「……あ、ああ……そう、なのか……」

 夢時は思わず苦笑した。

 この世界の“当たり前”が、少しずつ理解できていく。


「夢時はもっと勉強が必要ですね。後で教えてあげます」

「やめてくれ! 俺、勉強嫌いなんだよ!」

「苦手こそ学ぶべきです」

「ぜっっっったいイヤだー!」

 部屋に夢時の叫びが響き、ロゼナが堪えきれず笑い出した。


「何笑ってるんだよ!? 俺、真剣なんだぞ!」

「ふふっ……ごめん。あなた達、本当に親子みたいで」

「もうやめろぉ!」


 笑いが落ち着くと、ルーシスが表情を引き締めた。

「ハルア様。魔人について、詳しく知るにはどこへ行けば?」

「……“ローフェルノ”へ向かうとよいでしょう。魔人の村です。ここからは遠いですが」

「ローフェルノ……私の故郷」ロゼナの声がかすかに震えた。

「結界が消えた今、彼らの協力が必要です」


 ルーシスは立ち上がり、仲間たちを見渡した。

「これからの戦いに、ロゼナの力は欠かせません。

 ――行きましょう。ローフェルノへ」

 夢時とロゼナは顔を見合わせ、力強く頷いた。


 窓の外には、朝日が昇り始めていた。

 新たな旅の幕が、静かに開こうとしていた。 

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