The Head Market 第二巻
Ohana Works
第十一話 弩手隠(どしゅいん)の成り立ち
──
金次郎の祖父(長吾)は幼少期には侍を夢見ていたが、当時は侍職につくには横弓の経験だけでは門前払いが関の山であった。また馬を操る事も必須条件だったため、いつか馬を馴らす事も夢の一つでもあった──。
(野生馬を仕留める事はあったが飼い慣らすなど夢の夢であった──)
侍に憧れを抱きつつ、弩での狩猟を幼少から叩き込まれていた頃に歴史的大災害が〝
安隠仁半島も大地震からの大津波被害を受け、さらに海底隆起や地殻変動の影響で本土から断裂し離島になり、おまけに南東に向かい島自体が移動してしまっていた──。
祖父(長吾)は命さえあったものの安隠仁(離)島自体の構造が大きく変化し、生活も一変する。
島の南半分の大地が突き上げられる形となり、これまで見た事もない山脈が形成される。
突き上げられた大地側の人間は、そのまま山の住人に成らざるを得なかった。
安隠仁人は大多数が災害で亡くなり、生きながらえた民も平地海側と山側とで分断され、本土とは孤立し、これまであった人々の往来が途絶える事となる──。
そんな中、山側住民はすべてが破壊された後もなんとか狩猟や高地農耕などで暮らしを支えた。
そんな祖父(長吾)はやがて金次郎の父(房吾郎)を作り弩を継承し、さらに父(房吾郎)の四男坊として金次郎が生まれる事となる。〝八津和〟の天変地異からおよそ半世紀後の事である──。
金次郎が生まれてすぐ母は他界し、その数年後には父も後を追って逝った。
長兄が金次郎に弩の扱いを教える事となるが、その頃にはすでに一家の生業は盗賊紛いの山の流浪民となっていた。
安隠仁(離)島は多くの漂流者の流れ着き場になっており、盗賊一家はその状況に目を光らせていた──。
その頃本島からの航路はおよそ三つに別れ、一番手前が安隠仁(離)島、最南遠方の藤井島、その中間地点に植木島があり、 人々は安住を求めて海に出た。
比較的行き易い安隠仁へ人が集まり、さらに山側へも入植という形で人が流入していった。
金次郎達はそんな山側への流入者が格好の獲物であり、生きる術はそんな入植者からの略奪であった。
物資を奪い、命を奪い、尊厳を奪い続ける事で自らの命を繋いだ──。
入植者の多くは北西から進路を取るが、特異な形状のため山裾での滑落などで容易に命を落としたりもする。
また、死に物狂いで登り切った後も、高山病や先住民(山の住人等)との争いに巻き込まれる事となる。
安隠仁には武士も多く流れ着き、弩手四兄弟の金次郎以外は、結局〝枯れ武士〟との争いに敗れ命を落としていた──。
やがて金次郎は同じような〝奪い手〟を集め束ねては死別を繰り返す、盗賊の頭となっていく。
その頃から〝弩手の金次郎〟から異名となる隠次と名乗り、〝
隠れた場所から獲物を狙い、致命傷を与える。
時には木の上から、時には地や沼や池にも潜り息を潜めて狩をする。標的は生き物全般であった。弾道の計算に長けていて、なおかつ策略家でもあった。
命乞いする者や、落人、心に隙のある者を見つけては支配下に置き、巧みに心を操り自身のために利用した。
価値のない者には見切りをつけ、早々と見限った。また裏切り者には見せしめとして、弩を使い石打ちでなぶり殺し、肝焼きを子分に振る舞い力を誇示した。
ただ隠次にはここ数年で二度の失態があった──。
一度は子分に恋情を抱いた事であった。
入植者の一団を闇討ちした際の生き残りの一人を手下に加えた。
「お前は見どころがありそうだ、俺の元で働きな──」
それが隠次の
尊厳死よりも己を殺し生きる道を選んだその男は、案の定飼い殺し状態となった。
怯える視線に胸を熱くし、常に傍らに愛玩物として仕えさせ、欲に任せて弄んだ。
単純な色欲に加え、支配欲も満たす事が出来たが、痛快さにかまけて隙が生まれてしまった──。
男が逃げ出し逃亡劇が始まるが、隠次の懐刀がなんとか追跡捕縛し取り押さえるものの、石打ち実刑時に気の迷いが生じ、腹心でもあった唯一の刀使い(隠次の
──そこからは隠次とその腹心の争いになり、他の手下達は混乱の中、身を守りつつ見守る事しか出来なかった。
結果、腹心であった唯一の刀使いは敗北し、その間には愛玩物の男も消えてしまっていた。
その時の喪失感と屈辱感は忘れたくても忘れられない傷として、心の中に残っていた。
あの時ほど腹心が憎く、逃げ出した男が愛おしく思った事は無いと、後になって己の恋情に気付き、自分の選択を悔いた──。
二度目は、手下に連れられ寝込み襲撃の際の失態であった──。
頼りは夜の月明かりの中、二人の手下を従え獲物の元へ向かうも、事前情報により弩は不必要と判断し、実行を手下に任せて高見の見物を決め込む腹積りでついて来ただけであった。
獲物も女という伝達もあり、手並み見物程度で武器も持たず最後尾に陣を取るも、まさに電光石火の斬撃にあっという間に鎮圧された──。
気付けば両足に致命傷を負い 、身動き取れず這いつくばって命辛々その場から逃げる事だけが出来た。初めての完全なる敗北で、痛みに耐えつつ何とか野営場に戻り意識を飛ばした──。
それから幾晩通して生死を彷徨うも、手下の介助を受け生還するも両足は死んだままだった。
ただ、あの神懸かり的な刀使いをどうしても物にしたいと言う欲求を抑えきれず、手下達を従えて後を追う事にした。
さらに手下を失う事になっても構わないとも思っていたが、〝デク〟と言う手下だけは別であった。
身動きが取れなくなっている今、自分の盾となり矛となる男がデクだった。
デクを最大限に利用し、刀使いの女を得る。それこそが己に課した命題であった。
またその結果、デクを失ってもやむを得ないと腹も括り、現在に至る──。
「それにしても・・・」
隠次は謎に満ちたカズの全容を未だ捉えられずにいた──。
解っているのは稲妻のように素早い身体能力と卓越した刀使いを、現実に体の小さい女が操っている紛れも無い事実のみ。
それ等はまやかしでも何でも無く、自らの身体に痛く染み付いている。
その女は北に向かい、今は一人ではない模様という事も解っていた──。
どちらにしても武が悪い状況ではあったが、それでもなお固執したのは、切り札への信頼からであった。
相手の全貌が分からないように、こちらにもおそらくこれまで出会った事も無いであろうデクという怪物がいた。
完全なる支配下にあるデクが、隠次にとっての切り札であった。
そして──、隠次はデクと共にカズ達の足取りを追う。
「次に見る景色は格別だろうな・・・いや、
荷台でそう呟くと、高らかに笑った──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます