恋占い

あべせい

恋占い



「おまえ、こんなところで何やってんだ?」

「何って、ランチを食べています」

「それは見りャ、わかる。ここは東都大の学食だ。メシを食うのは当たり前だが、おまえの食い方だ。なんだ、それは」

「なんだ、って。ごはんを箸でつまんで食べています」

「おまえ、なァ。そんな食べ方ってあるか。箸でメシ粒を一粒一粒づつつまんで、食べるか。メシは、こうやって食うんだ。見てろ。メシ椀はこう持って、箸をメシの中にさし込み、こうやるんだ」

 ごはんをガバガバとかきこむ。

「わかったか!」

「ぼくは、いま、ご飯を食べながら、大事なことをしているんです。先輩は、黙っていてください」

「黙っていてもいいが、先輩とはなんだ。おれたちは同じ東都大の4年生だろう」

「学年は同じでも、先輩は3浪して入学、ぼくは現役入学ですから、年齢が3つも違います。だから、先輩は当たり前」

「現役入学を鼻にかけるってことか。まァ、いいが、大事なことってなんだ。アンザンか?」

「あんざん?」

「暗算。足し算やってンだろう。そうやって、1足す1足すって」

「バカなことをいわないでください。ご飯粒を数えているわけではありません。第一、どうして足し算が大事なことなんですか」

「じゃ、何やってんだ。恥ずかしいことか。そうだな」

「まァ、いえ。黙っていてください」

「だから、なん何だ?」

「恋占い……」

「恋占い!? だれだ、相手は?」

「学食のサッちゃん……」

「サッちゃん?」

「この定食を学食の厨房から出してくれるサッちゃんです。わかりませんか。先輩はきょうはカツ丼だから知らないンでしょうが、定食コーナーにいる美人です」

「あの女か。どうして、名前を知っているんだ」

「だって、サッちゃんは胸に名札をつけています。『早乙女佐千』って」

「早乙女佐千か。あの女はよしたほうがいい」

「どうしてですか!」

「あの手の女は、性格が細かい。それに独占欲が強くて、やきもち焼きだ」

「どうして知っているンですか」

「見ればわかる。定食の皿を出すときの、あの女の手をよく見ろ。小さいだろう。手の小さい女は、細かいことを気にして、あれこれ口うるさくダメ出しをする。総じて人間が小さく出来ているンだな」

「そんなこと信じられません」

「おまえのようにアバウトな人間には合わない。そう言ってるンだ。あきらめろ。おまえには脈がない」

「どうしてですか。手を見ただけで、決めつけないでください。ぼくは真剣なんですから」

「無駄だと思うがな。それで、恋占いの結果はどうなんだ」

「だから、恋占いの最中です。こうやって、一粒食べて『好き』。また、一粒食べて『嫌い』、と続けて、最後の一粒が『好き』になるのか、『嫌い』になるのか。結果待ちです」

「おまえ、長生きするぞ。最後の一粒で、『好き』だったら、そのサッちゃんがおまえを好いている、ってのか。さくらの花びらで一枚一枚、好き、嫌いと数える恋占いって聞いたことがあるが、どんぶりメシのメシ粒で、恋占いするアホがどこにいる? いや、ここにいるか」

「あと30分で結果が出ます」

「そんな占いが当たると思っているのか」

「当たるから、やっているんです。図書館のミッちゃんでも当たりました。事務室のケイちゃんでも当たりました」

「当たった!?」

「はい。『嫌い』とはっきり出ました。でも、そのときぼくは占いの結果を信用しないで、『ぼくとつきあってください』って、声をかけたんです」

「そうしたら?」

「ミッちゃんからもケイちゃんからも、『あなた、ヘンタイね』っていわれて」

「おまえは懲りない男なんだな。それで、こんどはサッちゃんか。占うのなら、そんなメシ粒占いじゃなくて、ほかの占いをしてみろ」

「ほかの占い?」

「おれはいまスーパー占いに、はまっている」

「スーパー占い!? スーパー占いって、聞いたことがありません。どんな占いなんですか」

「知らないのか。星占いは星で占う、手相占いは手相で占う。スーパー占いというから、スーパーで占いをする。病院で占えば、病院占い、すき焼きで占えば、すき焼き占い」

「病院やすき焼き占いって、きいたことがない」

「占いなんて、言ったもの勝ちなんだ。別に法律や条例があるわけではないから、何をやっても個人の自由」

「それはそうでしょうが。スーパー占いというのはどんな占いなんですか?」

「だから、スーパー占いは、スーパーで占うンだ。だから、スーパー占い」

「スーパーで占う、ってどうやるんです?」

「本当にわからないのか? おまえ、義務教育はすませたのか」

「先輩は3浪入学ですが、ぼく現役合格です」

「おれより、頭はイイと言いたいのか」

「そういうわけではありませんが、まあ、それでもけっこうです。それでスーパー占いって、どうやるんですか。ぼくはスーパーマーケットでバイトをしていたことがありますから、いい加減な話では納得しませんから」

「スーパーマーケットで働いていたってか。おれは、毎日のようにスーパーで買い物をしているゾ」

「買い物はだれでもします」

「そんなことはない。おれのアパートの隣の奥さんは、結婚してから、スーパーで買い物なんか一度もしたことがない」

「それじゃ、コンビニか、それともデパートに行くんですか」

「バカいえ。コンビニに行くのは、電気代を払うとき、デパートに行くのは、トイレを借りるときだけだろう」

「それは先輩でしょう。その奥さんは近くにある銀座商店街に行くンでしょう」

「あいにく、奥さんの家の近くには、商店街はない」

「じゃ、買い物ができない。奥さんは、スーパーに行ったことがないのですか」

「スーパーには行く。ただし、スーパーに行っても、いつもタダもって帰る」

「そんなこと、大声でいうものじゃないですよ。万引きは犯罪です。テレビでよくやっているでしょう」

「だれが、万引きするって言った」

「いま、タダもって帰るって」

「自分の店の品物をタダ、持ってきてどこが悪い」

「なんですか。奥さんって、スーパーの社長さんですか」

「社長って、だれがいった。奥さんだ」

「同じです」

「何が同じだ。社長と奥さんは違う」

「だけど、社長の奥さんだって、店の品物をタダで持って帰るのは、法律的には問題なんです。なんていうか。会社の品物を、例え社長でも、勝手には持っていくことは許されないって聞いたことがあります」

「だから、奥さんは、いつも、売れ残った、売り物にならない、野菜や肉を持って帰る」

「ということは、腐った肉や野菜を持って帰るということですか」

「オイ、おれの奥さんをバカにしたら、承知しないぞ」

「おれの奥さん!? 先輩は、奥さんと、ややこしい関係になっているンじゃないでしょうね」

「いけないか」

「奥さんは、社長の奥さんだって、いったでしょう。人妻の不倫じゃないですか」

「奥さんは人妻じゃない」

「奥さん、っていったでしょうが」

「それでも、人妻じゃない。社長の旦那は去年、都合よく死んだ。奥さんは未亡人だ」

「だったら、奥さんはいまは社長なんでしょう」

「だれが、決めた。勝手におれの奥さんを社長にするな。奥さんは、副社長のままで、しばらくいくといっているんだ」

「もういいです。それで、腐った野菜と肉を持って帰ってどうするんですか」

「だから、腐った野菜と肉なんか、もって帰らない。持って帰るのは、売れ残った野菜や肉だ」

「売れ残りだから、腐っているでしょう」

「奥さんのスーパーは、売れ残っていても、まだまだ商品価値があるんだ」

「先輩が言っているのは、売れ残ったのは、消費期限や賞味期限を過ぎただけで、まだまだ食べることが出来る品物という意味ですね」

「だれが食べるといった」

「じゃ、どうするんです」

「イヌのエサにする」

「なるほど。こういうことですか。スーパーで売れなくなった商品は、ペットのエサに有効活用している。立派な奥さんですね」

「だから、惚れた」

「いい加減にしてください。スーパー占いはどうなったンですか」

「まだ、覚えていたか。仕方ない。スーパー占いをやってみるか」

「どうするんです」

「スーパー占いをするときは、まず、その日売り込む商品のそばに小さな台を置くンだ」

「その日、そのスーパーが売ろうとしている商品のそばに台を置くンですね。それから」

「商品の一つを開いて、小さく切り分けて、爪楊枝なんかを刺して、食べやすくしておく」

「まさか、そばにきた若い奥さんに、どうぞ召しあがってください、っていうんじゃないでしょうね」

「おまえ、スーパー占いをやっていたのか」

「それは、デパチカやスーパーでよくやっている試食販売じゃないですか」

「試食販売!? なんだ。試食販売ってのは?」

「先輩、知らないンですか。おばさんが、小さく切ったソーセージなんかを爪楊枝で刺して、どうぞお召し上がりくださいと言ってお客さんに勧めているでしょう」

「それだ。それがスーパー占いだ。試食販売に見せながら、実はあれは占いをしているンだ」

「あれが? 占っているようには見えませんが」

「そこが占いの難しいところだ。ソーセージなんかに爪楊枝を刺して、どうぞといって差し出す。お客が、それを食べたら、『きょうは、売れる』とわかる。試食販売が売れたら、スーパーの売り上げも期待できるから、店長はソーセージの食べる人の数をとても気にしている」

「ちょっと待ってください。爪楊枝にソーセージを刺して、どうぞといったら、大抵の人が食べるでしょう」

「爪楊枝にソーセージを刺すんじゃない。ソーセージに爪楊枝を刺すんだ。間違えるな」

「そんなことは、どちらでもいいでしょう」

「よくない。大事なことだ。人にナイフを刺すのか、ナイフに人を刺すのか。どっちだ!」

「わかりました。ソーセージに爪楊枝を刺して、どうぞと差し出されたら、大抵の人が食べるでしょう」

「おまえはそれでもスーパーで働いていたのか。いまどき、タダだと思って飛びつくのは、貧しいおまえの兄弟くらいなものだ」

「確かに、うちの兄弟は、タダのものを差し出されたら、迷わず食べるようにしつけられました。おやつ代が助かるから」

「そうだろう。ところが、ふつうの奥さんやこどもは、なかなか食べない。食べると、買わされるンじゃないかとか、いろいろ警戒する」

「しかし、1人が食べてくれただけで、『きょうは、売れる』っていうのは、いいすぎでしょう。2人目が食べたら、どうなります」

「きょうは、もっと売れるとわかる」

「3人食べたら」

「きょうは、かなり売れる」

「4人食べたら」

「どんどん売れる」

「5人食べたら」

「ますます売れる」

「6人食べたら」

「さらに売れる。まだ、やるか」

「7人食べたら」

「まだまだ売れる」

「百人食べたら、どうです」

「急にふやしたな。百人か。百人食べたら……」

「百人食べたら、何がわかります」

「そりゃ百人食べたら、何もしなくても勝手に売れるとわかる」

「千人食べたら、どうです」

「千人か。大きく出たな。千人も食べてくれたら」

「千人食べたら、そのスーパーの売り上げはどうなります」

「そうだな、千人も試食のソーセージを食べたら、ソーセージが売りきれて、その日は商売終わりだ」

「わかりました。試食販売がスーパー占いというのなら、モデルハウスは、訪問客の数で売り上げが予想できるからモデルハウス占い。学習塾の模擬試験は、大学入試の合格者が予想できるから、学習塾占い。占いなんて、いくらでもあるじゃないですか」

「そうだ。予想するものはみんな占いだ」

「予想と占いは同じだというんですね」

「そうだ。予想は外れる。だから、よそう、よそうというのに、みんな予想したがる。占いは、当たるも八卦、当たらぬも八卦というだろう」

「競馬の予想も占い。天気の予報も占いというんですね」

「その通り。予想とか予報とか、かっこうをつけていても、土台、外れることを覚悟して、みんな予想や予報を聞いている。だから、外れても、責任とれ!なんて言ったりしない」

「ということは、競馬の予想屋も天気予報士も、占い師というわけですか。競馬の占い師、天気の占い師……なんだか、しまらない」

「しまっても、しまらなくても、結果を予想する行為は、占いと同じだから仕方ない」

「だったら、地震の予知や予想はどうなんですか? 地震占いというンですか」

「地震の予想なんて当たったためしがない。いずれ起こるなんて予想は、だれにでも言える。街角の占いよりひどい。本当は、占いの仲間に入れたくないくらいだ。それでおまえのメシ粒占いはどうなった?」

「ようやく、これが最後の一粒。サッちゃんはぼくのことが……好き、好き! 好きだって!」

「なら、デートに誘ったらいい。ここにクラシックのコンサートチケットが2枚ある」

「もらっていいんですか? いままでうらない話をしておいて、いきなり売るっていうンじゃないでしょうね」

「おれは、ああいうコンサートは好かない。そろそろ2時だ。サッちゃんが休憩に入る時間じゃないのか」

「そうです。よく知っていますね」

「占いだ。サッちゃんが自分用のトレイを持って厨房を出てきたぞ。どこかに腰かけて、メシを食べるンだ」

「どこに腰かけるンだろう」

「決まっているだろう。入口から最も遠い窓際のテーブルだ」

「どうして、知っているんですか」

「占いだ」

「それも占い? その占い、教えてくださいよ。待って、入口から最も遠い窓際のテーブルというと、このテーブルじゃないですか。本当だ。サッちゃんがこっちにやっ来る」

「あらッ、拓三さん……ご飯はもうすんだの?」

「拓三さん、って!? どういうこと……」

「きょうはカツ丼だったから、君のカウンターには寄らなかった」

「そォ」

「早乙女さんはどうして、ぼくの先輩の北伊拓三のことを知っているですか」

「拓三さん、この方は」

「今西雄太、同じ4年生だ。現役合格を鼻にかけている秀才だな。君とつきあいたいらしいよ」

「拓三さん、それでいいの」

「先輩! 早乙女さんは、先輩の彼女なんですか」

「そうよ。後輩のくせして、そんなことも知らないの」

「悪く思うな」

「でも、先輩はスーパーの奥さんと……」

「それは占いのためだ」

「なに? スーパーの奥さんって」

「スーパーで占いをしている奥さんの話だ。そうだな、雄太」

「まァ、そうです。ぼくの占いは、大外れか」

「占い? わたしも占いをしていたの。拓三さんがデートに誘ってくれるかどうかって」

「どんな占いですか」

「今西さんには特別に教えてあげる。わたし、定食のコーナーで定食を出しているでしょう。定食にはA、B、Cの3種類の定食があるわね。値段はAがいちばん高くて、Cがいちばん安い。で、いちばん多く出るのがBなんだけれど、ときどき番狂わせがあるから、Aが最も出る日はわたしにとってもいいことがあるラッキーデーってわけ。Cが最も出る日はアンラッキーデー。これまで、よく当たったいたの」

「で、きょうは何がいちばん出たンですか」

「A定よ」

「だったら、早乙女さんにとっては、ラッキーデーなんですね。ぼくにとってもラッキーデーだ。ねえ、一緒にクラシックコンサートに行きませんか。チケットがあるんです。ほらッ」

「このチケット、この座席番号は……わたしが拓三と行こうとして買った。拓三、このチケット、どうしたの!」

「おれは、クラシックは苦手だ。だから、雄太にあげた」

「わかった。じゃ、わたし、この人、今西雄太さんと行くわ。あとで後悔しても知らないから!」

「先輩、いいんですね」

「泣き言はいわない」

「ということは、ぼくの占いは当たったンだ」

「待て。おまえたちのつきあいがうまくいくか、いま占ってやる」

「先輩得意のスーパー占いですか」

「バカいえ。ここはスーパーじゃない。しかし。占いの道具はある」

「道具? どこにあるのよ」

「どこにもないじゃないですか」

「占いの道具なんて、どこにでもある。例えば、雄太、手首を出してみろ。おまえの手首で、おまえたちの将来を占ってやる」

「どうやるんですか」

「おまえがやっていたメシ粒占いと同じだ。1分間で、おまえの脈がいくつ打つか、数える。我が国では古来より、割りきれる偶数を不吉な数とし、割りきれない奇数をめでたい数としてきたから、おまえの脈が偶数で終わったら、おまえたちのつきあいはうまくいかない。反対に奇数なら、結婚までいく可能性がある」

「だったら、やってください」

「よし、おれが時計を見ながら、1分を計るから、おまえは脈を数えろ。いいな」

「ハイ」

「よし、5、4、3、2……スタート!」

「いまぼくの脈は正常に打っています。10……15」

「10秒経過……」

「18、20……30……段々、早くなってきた」

「30秒経過……あと20秒……10秒……」

「60、65……」

「あと6、5、4……」

「67、68、69、70」

「ストップ! ちょうど70か。惜しかったな、やっぱり不吉な結果が出た。佐千とつきあうのは、あきらめろ」

「いまの数え方はインチキよ。わたしも自分の腕時計で1分計っていたけれど、拓三は1秒早くストップを掛けたわ。本当は、雄太の脈の数は71で、奇数のはずよ」

「そんなことはない」

「拓三は、わたしと雄太をつきあわせたくないのよ。わたしのことが好きだから。そうに決まっている」

「そんなことはない」

「だったら、こんどはわたしの手首で脈をとって、占ったら」

「いや、ダメだ。佐千の脈は使えない」

「どうして?」

「雄太がどんなに佐千に惚れようが……」

「ぼくがサッチャンにどんなに惚れようが、どうしたんです」

「佐千は、脈がない」

                (了)

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恋占い あべせい @abesei

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