【うちの弟は転生者らしい】原作知識を呟いただけなのに、世界は3日で "姉" の手に落ちた

私貴方私

第一部 姉はすべての障害を破壊する

第1話 うちの弟は転生者らしい

きっかけは偶然だった。


最近、弟が産まれた。

すると母は自分に構ってくれなくなった。

弟は可愛いがそれとこれとは別だ。


つまり、少女は暇だったのだ。


今日は父も母もいない。

部屋の中で1人、手遊びをして時間を潰す。


ふぉわん


彼女の手から 淡い光 が溢れる。


『魔法』


それは暇つぶしの手遊びだった。

少女は輝く魔力をこねこね。

色々な形を作って暇を潰す。


彼女の手に触れた魔力はハト、カバ、イルカ、カメ、ミミズク……自在にその形を変えていく。

実物を見たことはない。

しかし、母は少女がぐずるとたくさんのものを見せてくれた。

これらの動物もその中のひとつだ。


カツッ


木材のかち合う音が部屋の中で響く。

それは少女が発した音ではない。


カツッ


『それ』は隣にいる彼女に目もくれず、何かを黙々と積み上げている。

少女はいつものように『それ』へ手を向ける。


べちょり


練りたてホヤホヤの『』。

それを積み木に夢中な赤子へ擦りつける。


普段はあちこち元気に這いずり回る弟だが、たまに赤子言葉でぶつぶつ呟き、積み木を積んでは崩す遊びをする。


この状態であれば、コイツは何をしても無反応だ。

とても都合がいい。

そんな弟を少女はいつも魔法の実験台にしていた。


だから、弟がようになったのはただの偶然だった。


【やべぇよやべぇこのままげんさくどおりものがたりがすすめばいせ界ハーレム作る前に世界滅ぶんですけど】


「ん。良い出来」


今回できた魔法は『翻訳魔法』だ。

ついでに他の試作魔法も塗り付けていく。


かくして少女の新しい魔法実験は興味深い結果をもたらした。

先ほどまで謎の言葉を呟いていた弟の口から、今では流暢なアリアス統一言語が聞こえる。


弟の様子を見る限り、『回転魔法』と『発光魔法』もうまく機能しているようだ。


【後10年で魔王が勇者を殺して破壊神マギアナギアが世界を崩壊させる世界に転生とか詰んでるんですけど、この積み木みたいにな!!10年ってなんやねん。こちとらまだ赤ちゃんやぞ。せめて20年とかにしてくれよ。10歳で主人公パーティに入って最終決戦に割り込むなんて流石に無理やぞ。いくらあのお節介アホ勇者でもそんな幼児を旅の仲間に入れてくれないだろうしな!】

「……」


弟によると、どうやらこの世界はあと10年で滅んでしまうらしい。

それは少し困る。

誕生日プレゼントがあと10個しかもらえない。

それは少女にとっては大きな問題だった。


【しかも、今世の父と姉はTOPオブ美形。将来は俺もモテモテライフのはずなのに!けどなぁ…けど、モテるような年齢まで生き残れる気がしねぇよ。なんとか家をこっそり抜け出して、サイショ村に隠されてる『チート武器』だけでも確保しないと……鍛えれば今からでもなんかなるか?あの村ってここからどれくらいだ?】


それはとても困る。

弟は『家出』をしたいらしい。

赤子が家出してしまえば、母から頼まれた『弟のおもり』というが守れない。


怠けるのは好き

でも、約束破りは大嫌い

約束は守られるべき、絶対に


【 10年で力をつけて、年齢を偽って主人公パーティに参加するか?いや、最終決戦のあの召喚儀式さえ阻止すれば勇者が勝てるかも?隠しチート武器回収しておけばいけるか?いやいや、厄災魔獣の対処も…】

「……」


【 なによりこの世界、娯楽が少な過ぎる!!ポテチもマックも漫画もゲームもねぇ。You◯ubeもガチャもない。まだ弱々赤ちゃんボディだが、退屈で発狂死しちまいそうだ。ファンタジーらしく魔法でもあれば試せるのに、主人公の周りだと誰も使ってないから、たぶんそれもない。ははっ、積み木たのちぃなぁ……】

「…げぇむ?…がちや?」


『翻訳魔法』は確かに機能している。

弟は少女のよく知る言語を話しているはずなのだが、その半分も彼女には理解できなかった。


それでも分かったことがある。


『弟は家出がしたい』


悩ましい。面倒くさい。動きたくない。

でも、は絶対だ。

『弟のおもり』は全力でやり遂げる必要がある。


家出の原因は6つある。


1.モテたい

2.世界滅亡の儀式を阻止する

3.厄災魔獣を討伐する

4.勇者の過去を助ける

5.ちぃと武器を手に入れる

6.娯楽が少な過ぎて暇


これは家族を捨てるほど楽しいことなのだろうか?

よく分からない。

でも、この問題が解決すれば弟も家出しなくなるはず。

少女は再び家で弟とゴロゴロできる。

やってみる価値はある。

少女は決心した。


赤子は話し疲れたのかウトウトし始めていた。

少女はそんな弟の頬を指の腹でつつく。

指が触れた途端、『回転魔法』と『発光魔法』がドロリと溶け、『安眠魔法』の優しい光が幼い身体をすっぽり包んだ。


ねむねむ


赤子はしばし眠気に抗った後、夢の世界へ旅立っていった。

少女はそれを見届け立ち上がる。


しかし、何かが引っ掛かり立ち上がれない。


少女は小さくため息をつき、ドレスの裾を掴む柔らかな手を優しく取り払う。

数歩歩いた後、少女は足を止める。


自分が離れている間に、弟が起きて脱走する可能性が残っている。

危険は少しでも避けたい。

今、この家には弟しかいないのだから。


「めんどう…でもやる」


お気に入りのヌイグルミをいくつか見繕い、『拘束魔法』をかける。


「かわいい」


ヌイグルミ達に抱きしめられた拘束された弟は、少し寝苦しそうに身をよじった。


そんな弟の顔を覗きながら、1つ目の願いをどう解決するか少女は考えた。






願望① モテたい



『魔法』とは願いだ。


しかし、『モテる魔法』は存在しない。

これは単純に相性の問題だと言える。

つまり、『モテる魔法』を作る才能がある者は元からモテるのだ。

既に満ち足りた者が生涯をかけて、それを願うかというと否である。


『想いの強さが魔法になる』


魔法を教えてくれた父はそう言っていた。

でも、それは間違っていると思う。


『想いの強さだけでは魔法は生まれない』


少女は既に知っていた。

一番欲しい魔法は、今もその手にはない。

それは魔法と出会ったあの日から何一つ変わらないのだから。





「マリ! 今日は久しぶりに天気がいいぞ。ウッドフォード庭園へピクニックでも……ああ、マギか」


「父、外行く?」


マギと呼ばれた少女の世界は小さい。

父と母、そしてこの部屋が彼女の全てだった。


「すまんな。まだお前には早い。母さんが元気になったらな」


「ん」


小さくても構わない。

少女にとって、母は大好きな存在であり、父はその次くらいの存在だった。


「まあ、マギも久しぶりのだ。ヌイグルミだけだとつまらないだろう。ひとつ面白いものを見せてやる」


そう言った父の身体が少し輝き、その手には『小さな花』が握られていた。


しかし、そんな筈はない。

父の手は先ほどまで少女の頭を撫でていたのだ。

その中に何もなかったことを彼女自身が一番よく知っている。


「父、これなに?」


「これはな、『魔法』だ」


そういうと父が少女の小さな手に『魔法』を与える。


「『魔法』……キレイ」


少女は父から手渡された『』を握りしめる。

『魔法』は少女の手の中で揺れる。


「ん? ああ、これは『マリーナの花』だ。『魔法』と言うのは、この花を生み出した『光』のことだよ」


「ん?違うの?」


「はは、まだマギには難しかったかもな。お前はそれでいいんだ。お前の母さんも俺の魔法を見て唸ってたよ。本当にそっくりだ」


少女は花に目をやり、次いで父の手に目を向ける。

既にあの光は消えてしまっているが、何かが父の手と花の間に繋がっているように感じる。

父の大きな手を触ってみるが、彼女には何も分からない。


「マギ、魔法っていうのは『魔力』と呼ばれる力を呪文や魔導具と言った『型』に流し込んで、好きな事象を発現させる技術なんだ」


「ん?」


産まれたばかりの少女にとって、聞き慣れない単語の羅列が続く。

しばし魔法について語った後、父は自分の失態に気付く。


「あー、分からないよな。マギの知ってる物で説明するとだな。この粘土が『魔力』で、これをこうしてできたドラゴンが『魔法』だ」


「どら…ごん?」


「……まあ…父さんのセンスはおいておこう。魔力をこねて好きな形にする技術を私達は『魔法』と呼んでいるんだ。だが、実際に魔力というものは触れる物じゃない。呪文や魔導具を使わないと干渉できない非接触不変の物質だ。この『型』を新しく作るのはとても難しいんだ。生涯1つか2つ新しく作れたら凄いことなんだよ。でも父さんは天才だから5つも作ることができるんだ。どうだ見直したか?」


…。


「父、できた」


「……?」


普段表情に乏しい娘が満面の笑みを浮かべる。

魔法にそれだけ興味を持ってくれたのだろう。

父として、1人の魔法使いとして、嬉しいことだ。

しかし、娘の手から溢れ出る『マリーナの』を見て、彼は固まってしまう。

室内にいるはずの彼の足元へたくさんの花弁が触れる。


「お花いっぱい」


「…やはり■■■■力が」


「?」


少女の高い感受性は父の感情を感じ取ってしまう。

それは『悲しみ』だった。

しかし、父はすぐにいつものように優しい笑みで彼女を褒め、花畑に埋もれた我が子を抱き上げる。


「ああ、すまない。それにしても初めてなのに凄いじゃないか。こんなにたくさんマリーナの花が咲くなんてな。マギはもう立派な魔法使いだ。マギなら直ぐにでも、新しい魔法を沢山作れるようになるな」


「もう、作った。でも失敗」


娘は先ほどの笑顔とは対照的に悲しい表情を浮かべて下を向く。

父はそんな娘が一層愛おしく感じた。

誰にでも失敗はある。ましてや今初めて魔法を知ったばかりの子供の失敗だ。

父の心の中には、いくらでもこの子を慰める言葉の準備があった。


「へぇ、どんな魔法なんだい?」


『魔法』とはつまるところ、『願い』である。

小さな少女が、小さな世界で叶えたい『魔法』は、子供が持つ当然の『願い』でもあった。



「母、父、もっと一緒、魔法」



小さな少女にとって、それは身の丈に合わない『大きな願い』だった。




「……そうだな」


父の大きな手が少女の頭を優しく撫でる。


「大丈夫、その魔法はもう叶っているよ」





「ぶっ!」

「これで良し、もてもて」


弟の鼻腔に指を突っ込み、そこへ『モテる魔法』を捩じ込む。

体外だと剥がれやすいが体内であれば長持ちするだろう。

これは良い『鼻』だ。


弟は身じろぎし、鼻をかく。

しかし、再び『安眠魔法』によって穏やかな寝息が聞こえ始めた。


魔法が安定する様子を確認し、少女はネバつく指をその生産者で拭うのだった。

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