正解探しの世界

小狸

短編

「なーんか最近さあ」


「…………」


 僕は無視を決め込んだ。


 あるテーマパークで、名物である所のジェットコースターの列に僕らは並んでいた。お互いに就職活動は早期に終えていて、平日は空いているだろうと決め込んできてみたものの、混雑具合はあまり変わらないようだった。 


「無視ですか、彼女たるこの私を無視するんですか! 彼氏たる君は! だかくん」


「契約書みたいに読み上げるなよ、鹿原かのはら。あと、大声で個人情報を叫ぶな。いや、お前が、『なーんか最近さあ』で言葉を始める時は、大抵どうしようもないことであることが大半だろう」


「彼女のどうしようもない話を聞くのも、彼氏の役割じゃないの?」


「そんな役割分担をされた覚えはないがな」


 そう言って、僕は肩をすくめた。


「それで、なーんか最近さあ」


 続けるのかよ。


 それでも続けるということは、よほどここで解消したい問題だったのだろうと受け止めて、僕は聞き手に徹した。諦めは良い方なのだ。


「いや、最近ってほどでもないのかな、これは。ここ数年の傾向として、あると思うんだけど」


「ん? 何の話だ」


「物語の話だよ」


「物語」


「そう、小説、エッセイ、漫画、アニメ、ドラマ、劇場版――そういう物語」


「ああ、まあ、あるな。その傾向が、どうかしたのか」


「うーんとね、表現がちょっと小高くんには難しいかもしれないんだけど」


「前から思っていたけど、お前結構僕のことナチュラルに馬鹿にするよな」


「まあそれは良いとして」


 良くはないが。


「私が言いたいのは、物語の受け手側の問題についてなの」


「受け手、ねえ。具体的には、どんな内容だ」


「物語は、世界に生み出される。作者の手によって、ポン、とさ――で、読者、あるいは視聴者はそれを見て、それぞれ感想を持つわけじゃない」


「持つね、感想を」


「その時にさ、まあ、SNSやエックス、動画配信サイトの発展もここには起因していると思うんだけど、感想を抱いた後に人は何をするか、というと、、をする人々が現れるわけなんだよ」


 心無し、鹿原のその言葉には、傍点が振られているような気がした。


「まあ、するだろうな。考察系ユーチューバーなんて、今時珍しくもない。『○○の真実は!』『誰も知らない××について!』なんてタイトルに付けとけば、再生数稼げるとでも思っているんだろうな、浅ましいことだ」


「相変わらず手厳しいね、小高くん。でも、私もちょっと似ててさ、その、考察の傾向について、私は少々異を唱えたいんだよね」


「ふうん?」


「例えば、ある作品があるとする。その作品は、読者に考察の余地を与える作品だった。厳しいことを言うようだけど、つまらない作品だったら、そもそも見向きもされない――大勢に考察なんてされないからね。少なくとも面白い上で、読者に色々と考えさせる物語性を含有していたんだよ」


「ほう。そりゃ良いことじゃないか」


「物語としては、それでも良いんだけどね。ただ、それを摂取する読者や視聴者、大衆の側が、最近はそういう作品を、んだよね。何ていうのかな、考察に正解を求めているっていうか。SNSとかXとか見ても、『この考察が正解』とか『俺のこの考察が正しい』とか『その論には穴がある』とか、散々議論し合って、挙句の果てには過激派ファンとか言われちゃってる始末なの」


「……ふうん」


 ここに来てようやっと、鹿原の言いたいことが分かり始めてきた。


「何かそれって違うんじゃないか、って思うんだよね。いや、別に私は○○のファンです、とか高らかに宣言できるほどに何かに熱中した経験がないから、そう思うだけかもしれないんだけど、『へえ、こういう意見もあるんだ』『面白いな~』ってなるのが、考察じゃないのかなって私は思っていてね。だって、皆が今考察と呼ぶものはあくまで、物語上の要素をつまみ出して、勝手に読者や視聴者が考えて作り出した妄想なわけでしょ? 模範解答ばっかり探して、楽しいの? 。それが、何か窮屈なように思えちゃってさ」


「全部が全部作者が言わないと納得しない、ってことか。まあ、その傾向はちょっと分かるかな。僕は小説のことしか分からないけれど。一昔前は、伏線は蜘蛛の巣のように張り巡らせておいて、物語の要素に必要なものだけ回収すれば良い、くらいの考えだったのが、今じゃ、全部回収でいかに華麗に伏線を回収するかが求められている。余裕っていうか、遊びがないのは、確かにあるかな」


「そうなんだよねー。いや、分かるよ。今の時代、大量生産大量消費の時代だし、マルチタスクが求められているし、余裕とか遊びとか言ってらんないってのは。だけどさあ、なんかさあ、。誰かがこう言ってたとか、誰かの意見と違うとか、フォロワーの多いあの人の考えは絶対に正しいだとか、昔の設定と違うとか、そうじゃなくて、『自分がどう思ったか』。それをもっと皆には大事にしてほしい、っていうかさー」


「皆、ねえ。理想論だな」


「手厳しいね」


「理想論だろうよ。時代の流れと共に人々の考え方ややり方、生き方だって変わって来るんだ。就職だってそうだっただろ。1年前の先輩の話がアテにならないことだってあったはずだ。だったら、考察という言葉の意味するところが変わってきたって、何ら不思議なことではない。作者が変わったなら、読者、視聴者をはじめとする所謂受け手側だって変わるだろうさ。それがお前にとって良いか良くないかは、お前の意見であって、世界の共通認識じゃないんだ」


「むー。その通りだあ」


 そう言って、鹿原はふくれっ面になった。

 

 そういう表情も、嫌いではない。


「ただ、そうだな。受け手の力が強くなってきているようには、僕も感じるかな。悪い意味で」


「力が?」


「そう。こんな展開はあり得ない、原作と解釈違いだ、もっとこうすれば良いのに、自分が考えた方が上手くいくのに。そんな妄想を、考察とは呼べないだろう? しかし現状、そういう意見は一般的に膾炙かいしゃしてきている。しくもインターネットの発展が、それを可能にした。してしまった。火力高めの、強い言葉を使った意見ばかりが世に広がるのは、なんだろうな――軽々しく『いいね』や、『リポスト』をして広めてしまう僕ら一般人の側にも、責任があるのかもしれないな。将来あるかもしれないぜ。SNSで、『いいね』や『リポスト』をしたことを、その思想に賛同したと見做みなして罪に問うような、そんなディストピアが」


「怖い話だけど、ありえそうだねぇ」


「まあ、僕らも大学4年で、就活も終わって、色々と余裕がある今だしさ――正解ばかりを探すんじゃなく、余裕という名の隙間を楽しむ時間にしても、良いんじゃないのか。スマホを閉じて、パソコンを消して、世界に飛び出してみても」


「良いこと言うじゃん、小高くん」


 そう言って。


 いつも通り何となく、何とは無しに、なし崩し的に、僕らの他愛もない話は終わった。


 ちょうど、ジェットコースターの順番が回って来たところだった。


 係員さんに案内されたので、僕らは一緒に、前に進んだ。




(「正解探しの世界」――了)

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