「あなたを置いて、私一人で逃げたりはしない」

 ——俺が恐怖に負けて逃げ出してしまう前に。その前に、あの壊獣を倒さなければ。

 そう決意を込めて壊獣を睨みつける。と、同時に目に入る光景。


 壊獣の口の周りに光が集まっていく。どう見たってもう一度あの光線を放とうとしているようにしか見えない。帝国軍が必死に牽制攻撃を放っているが、全く意に解していない。壊獣の視線の先には——俺だ。

 あ、これ俺死んだわ。


 そう思った瞬間、壊獣の口から光線が放たれた。目を開けていられないほどの眩しさが目を襲い、反射的に顔を腕で覆う。全く無意味な行動だ。そんなことしたって結果は変わらないのに。

 ああ、くそっ。ここで終わりか、俺の人生。心残りはそれなりにあるが、一番はやっぱりフィオナのことで——って、どうしたんだ? なんで俺はいまだにモノを考えられる? あの光線の速度だぞ。一瞬で死ぬに決まってる。だが、俺の体に光は届いていない。何故?


 俺は顔を覆っていた腕を退ける。相変わらず激しく眩しい光が迫ってきていたが、その光は俺の少し手前で止められていた。


「あなたを死なせたりしないと言ったはず」


 いつの間に俺のそばまで来ていたのか。

 ラドフォードが俺の前に立ち、防御術式を起動させて壊獣の放った光線を受け止めていた。ガラスが何度も割れるような音が半球状に俺たちを包む防御術式から響いていて、その度にラドフォードの体から血が流れる。


「ラドフォード!?」


 咄嗟に名前を叫ぶ。というか、それくらいしかできない。死んだと思ったら、ラドフォードに庇われていた。突然の出来事すぎて理解が追いつかない。


「あなたはそこでじっとしていて」


 ラドフォードはそう言うと、さらに術式に魔力を込める。俺たちを覆っている半球が少し大きくなったように見えた。またガラスの割れるような音がして、ラドフォードの頬から血飛沫が上がる。


「大丈夫か、ラドフォード!?」

「大丈夫」


 本当に大丈夫なのか? 音が響くたびにラドフォードの流す血の量が増えていく。魔導服もボロボロになっていき、痛々しく出血した素肌が見え隠れする。

 ……俺か。俺のせいか。俺が油断して撃ち落とされなければ、こんなんことにはならなかった。俺が馬鹿だったから、ラドフォードがこんなに傷ついているのか。


 いつまでも耐えるラドフォードに焦れたのか、壊獣は光線を放ちながらまた口の周りに光を集め始めた。あいつ、まさか光線を撃ちながらもう一度撃つ気か!?


「逃げろ、ラドフォード!」


 壊獣の様子に気づいた瞬間、俺は叫んだ。目の前で守ってくれているラドフォードが逃げたら俺がどうなるかとか、そんなことは全く頭になかった。そもそも俺が自分で招いた事態なのだ。その結果俺がどうなろうがそれは俺の自業自得というものだ。

 だが、ラドフォードは違う。こんなところで俺のために死んでいいはずがない。


「あなたを置いて、私一人で逃げたりはしない」


 ラドフォードが俺の方に顔を向けて言う。その顔は、どこか微笑んでいるようにも見える、初めて見る表情で。

 咄嗟に俺が腕をラドフォードに伸ばしたのと、壊獣がもう一度光線を放つ光景が重なる。


 ラドフォードが受け止めていた光線が一回り太くなり——俺たちを覆っていた防御術式が凄まじい音を響かせながら割れ、ラドフォードの体が宙に舞った。


「ラドフォード——!!」


 ラドフォードが地面に落ちる。全身から真っ赤な血を流していて、もはや無事なところを探す方が困難なように見える。倒れたまま一向に動く気配がない。

 ……嘘だろ、おい。ラドフォード、死んでないよな……? 死んで……俺のせいで。どう見たって大丈夫じゃない。あんな怪我、無事でいる方がおかしい。


「くそッ……」


 なんで俺なんか庇ったんだよ。自分の馬鹿で落ちた俺なんか放っておけばよかったのに。なんで……どうして——いや、こんなこと考える暇もないし、こんなこと考えるのはラドフォードに失礼だってことはわかってる。でも、どうしてもそう思わずにはいられない。

 呆然とラドフォードを見る。倒れたまま動かないラドフォードは——いや待て。今指が動いたぞ! 生きてるのか!?


「ラドフォード! 大丈夫かラドフォード! 俺の声が聞こえるか!?」


 痛む体を無理やり動かしラドフォードの元に駆け寄る。間近で見ればラドフォードの胸は呼吸によって上下していた。生きてるぞ!


「よかった……」


 ラドフォードが生きていることに安堵する。本当に生きててくれてよかった。俺なんかのために死んでしまわないで、本当によかった。

 安堵したのと同時に、激しい怒りが込み上げてくる。


 それは今もなお暴れ続けている壊獣に対してと、あまりにも不甲斐ない自分に対してだ。

 なんなんだよあのクソ壊獣! いきなり現れて街ぶっ壊して! 俺たちが何したっていうんだよ!


 とんでもないクソ野郎だな俺は! 自分のミスで撃ち落とされた挙句、俺を庇ってラドフォードがこんなことになってるんだぞ! 足手まといにしかならないなら最初から志願なんかするな!

 ああ、くそっ! くそっ! くそっ! なんだっていうんだ、本当にッ!


 壊獣と、自分に対する怒りで思わず地面を殴りつける。土を叩く鈍い音がして、殴りつけた手に痛みが走った。


「——っ」

「——なんだ!? なんて言ったんだ、ラドフォード!?」


 俺が地面を殴りつけた瞬間、ラドフォードが何事かを呟いた。俺の声が聞こえたのか、ラドフォードは顔を俺の方に向けると、もう一度口を動かした。


「フィールドの……中和に、成功した……。今、なら……コア、を……貫ける……」


 ハッとした。

 こんな状況でも、ラドフォードは壊獣を倒すことを……?


「壊獣を……あなたなら、できる……」

「——わかった。やってやるよ、ラドフォード」

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