「これで、最後だ——!」

 ガチャガチャと誰かが近づいてくる音がする。顔を上げると、俺たちが落ちたのを見て駆けつけてきたのか、壊獣と戦っていた魔法使いの一人が近くまでやってきていた。


「大丈夫か、君たち!」

「ラドフォードを頼みます」


 目の前まできた魔法使いの人にそう告げる。俺は立ち上がると、飛行術式を起動した。


「任せてくれ! ——っておい、君もボロボロじゃないか! その体でどこに行こうっていうんだ!?」

「そんなの決まってるじゃないですか。壊獣を倒しに、ですよ」


 そう言うと、俺は今もなお暴れ続ける壊獣に向かって全力で飛び出した。

 撃ち落とされる前に組んでいた貫通術式をもう一度組み上げる。フィールドが中和され、あの奇妙なずれが無くなった壊獣は、通常兵器の攻撃でも傷がつくようになっていた。


 だが、あの胸にはめ込まれた青いコアには傷が一つもついていない。やはり、ラドフォードの言っていた通り、あれはこのエンペドクレスでしか破壊することができないのだろう。

 ——やってやるさ、ラドフォード。俺のせいでお前をこんな目に遭わせてしまった。ならせめて、俺にできることは全力でやってやる。


 壊獣が自分の方に飛んでくる俺に気づいたのか、またもや光線を放とうと、口の周りに光を集め始めた。

 こいつ、普通の軍や魔法使いには羽虫を祓うような関心しか向けないくせに、俺やラドフォードには明確に敵意を向けてくるな。獣みたいな見た目してるし、やっぱり本能的に自分を殺せる存在っていうのがわかるのだろうか。


 なんて考えながら、再び放たれた光線を咄嗟に横に飛んで避ける。さっきは不意を突かれて当たってしまったが、真っ直ぐにしか飛んでこないとわかっていれば交わすのはそんなに難しい事ではない。横か上下に飛べばいいだけだしな。

 貫通術式は別に離れてても威力が減衰したりだとか、そういうことはない。魔力の届く範囲ならば一定の速度と威力で突き刺さる。だから俺はさっき遠目から放とうとした。だが、今は別だ。


 ラドフォードが傷付いて倒れた。俺のせいだ。俺が不甲斐ないせいだ。けれども、そもそもの原因はこいつだ。この不気味で巨大な怪物が現れなければ、そもそもこんなことにはなっていないのだ。

 俺は自分自身にも、この壊獣に対しても怒りを持っている。


 絶対にこの壊獣を倒す。

 絶対にこの術式を当てる。


 そのために、俺はこいつの目の前まで近づいて、コアに直接術式を当てる。

 そう思って近づいているのだ。


 馬鹿なことしてるのはわかっている。遠くから何度も打ち込んで倒した方がいいってこともわかってる。でもそれでは、俺の気が収まらないのだ。

 あと少しまで近づいたところで、壊獣が腕を奮ってくる。俺を叩き落とそうという腕の動きだ。


「——っ!」


 上から振り下ろされた右腕をかわす。下から突き上げられた左腕をかわす。横から振るわれた右腕をかわす。左腕をかわす。右腕をかわす。左腕。右腕。


「こ、の……くたばれぇッ——!!」


 腕をかわした先、目の前に迫った青いコアに貫通術式を叩き込む。巨大な槍のような魔力が放たれ、コアに直撃する。

 ——ガアアアあああああああぁァァぁあああッッッ!!!


 壊獣の叫び声がけたたましく響き渡る。コアに罅が入る。


「もう一発だッ!」


 エンペドクレスに魔力を流し込み、もう一発の貫通術式を組み上げる。そのまま重ねて撃ち出した。

 罅がさらに大きくなる。撃ち出した術式に魔力を上乗せする。術式の勢いが増す。


 壊獣の叫び声が大きくなる。俺の頭上に大きな影が現れる。チラリと上を見ると、苦し紛れに壊獣が自分の手を胸に向かって振り下ろしてきていた。俺を潰そうとしてきているのだろう。


「くたばれっていってんだろッ!」


 もう一発貫通術式を起動する。都合三発目の貫通術式だ。多重に起動させた貫通術式に、エンペドクレスが悲鳴をあげている。だがここで緩めるわけにはいかない。

 影が迫る。コアの罅が大きくなる。さらに影が迫る。罅がコアの端にまで広がる。


「これで、最後だ——!」


 四発目の貫通術式を起動する。エンペドクレスが異常に発熱し、淡く光る。魔力の槍がコアにぶち当たる。

 金属が砕ける凄まじい音が響いて、ついにコアが砕け散った。


 俺のすぐ頭上にまで迫っていた壊獣の手が離れる。二本の足で立っていた壊獣の足が崩れ落ちる。コアが砕かれた勢いのまま仰向けに倒れていく。

 周りの木々を薙ぎ倒しながら地面に倒れる壊獣。


「はぁっ……、はぁ……っ」


 倒した……のか?

 倒れた壊獣はピクリとも動かない。その凶悪な瞳からは光が失われているように見えた。


「やって……やってやったぞ……!」


 じわじわと喜びが湧いてくる。壊獣の手足の先から、砂のように体が崩れていく不思議な光景が繰り広げられている。

 やった! あのクソ壊獣をやってやった! やってやったんだよ!


 拳を握りしめる。やったぞラドフォード! やったぞフィオナ!


「やった……ぞ……」


 急激に力が抜ける。まずい、魔力を使いすぎた……! このままだと飛行術式が維持できない……!

 エンペドクレスが機能を停止する。飛行術式が霧散し、落下が始まる。それと同時に意識が薄れ始める。


「く……そ……すまん、フィオ、ナ……」


 最後に漏れたのは、そんな呟きで。

 地面がものすごい勢いで近づいてくる中、俺の意識は暗闇に落ちた。

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