第42話 復興の槌音、薬草師と町の未来図

ハルモニアの町から疫病の影が完全に消え去ると、まるで長い冬眠から目覚めたかのように、町全体が力強い復興の槌音に包まれた。傷んだ道路は補修され、空き家だった建物には新しい住人が入るための準備が進められ、市場には以前にも増して活気が戻りつつあった。その中心には、いつも私たち「リリアズ・ハーブ」の仲間たちの姿があった。


私の薬草の知識と、エルマさん、トマさん、リナちゃんの献身的な働きは、もはやハルモニアの復興に欠かせないものとなっていた。町長や商人ギルドからも正式な依頼を受け、私たちは町の衛生環境改善プロジェクトに深く関わることになった。例えば、薬草を使った天然の消毒液を開発し、町の共同井戸や公共施設の清掃に役立てたり、虫の増える季節に向けて、防虫効果のあるハーブを家々の軒先に植えることを推奨したりした。ドクター・エルリックとも連携し、疫病で体力を消耗した町の人々のために、栄養価が高く、免疫力を高める効果のある薬膳レシピを考案し、町の食堂の主人や主婦たちに講習会を開いて普及に努めた。


「リリアーナさんの薬膳スープ、本当に体が温まって元気になるって、うちの亭主も大喜びだよ!」

「子供たちが、リリアーナさんの教えてくれたハーブの手洗いうがいをちゃんとするようになって、風邪もひきにくくなったみたいなんだ」


町の人々からのそんな感謝の声が、私たちの何よりの励みとなった。


高まる薬草の需要に応えるため、そしてより多様な薬草を安定して供給できるようにするため、私たちは薬草畑の拡張にも着手した。ギデオンさんが快く追加の土地を貸してくれ、前回同様、町の若い衆や農夫の方々がたくさん手伝いに来てくれた。トマさんは、その豊富な知識を活かし、土壌改良から取り組み、ハルモニアの気候では難しいとされていたいくつかの貴重な薬用ハーブの栽培にも挑戦し始めた。王宮の薬草園で、様々な地域の植物の生育環境について学んだ私の知識も、トマさんの試みを後押しした。彼の真剣な眼差しと、土に触れる優しい手つきを見ていると、彼もまた、このハルモニアの地で新しい希望を見出し始めているのだと感じられた。


リナちゃんは、持ち前の明るさと手先の器用さで、薬草畑に手作りの可愛らしい名札を立てたり、収穫したハーブを美しく乾燥させるための工夫を凝らしたりと、畑仕事にも楽しんで参加していた。彼女が子供たち向けに開いた「ハーブのお守り作り教室」は大変な人気で、子供たちの賑やかな笑い声が、復興途上の町に明るい光を灯してくれた。


そんな忙しくも充実した日々が続いていたある夏の午後、ハルモニアの町に、一人の見慣れない旅人が訪れた。その旅人は、ギデオンさんを訪ねて「樫の木亭」へやってくると、一通の古びた羊皮紙の封筒を彼に手渡したという。ギデオンさんは、その封筒を手に、いつになく神妙な面持ちで私の工房へやってきた。


「リリアーナ、こいつは……おそらく、お前さんが待ち望んでいたものかもしれん」


そう言って差し出された封筒には、確かに見覚えのある、力強いがどこか不器用な筆跡で「リリアーナ様へ」とだけ書かれていた。アランからの、返信だ。


震える手で封を切り、羊皮紙を広げる。そこには、アランらしい、飾り気のない、しかし心のこもった言葉が綴られていた。私の無事を喜ぶ言葉、ハルモニアでの私の活躍を遠くから聞き及び、誇りに思っているという言葉。そして……アルメリア王国の現状について。


『……王国は、依然として不安定な状況が続いている。国王陛下の御容体は芳しくなく、その隙を突くように、一部の貴族たちが権勢を振るい始めている。特に、宰相が急逝して以来、その動きは顕著だ。民の生活は困窮を極め、不満の声も日増しに高まっている。バルドス騎士のような者たちが、王国の名を騙り、私的な目的で動いている可能性も否定できない。リリアーナ様、どうかご自身の身の安全を第一に。しかし、もし……もし王国が本当に危機に瀕し、あなたの力が必要となる時が来たならば……その時は……』


手紙の最後は、何かを言いよどむかのように、言葉が途切れていた。


アランの言葉は、私の胸に重くのしかかった。やはり、バルドスの言っていた「大きな闇」は現実のものだったのだ。私が逃げ出した故郷は、今、深刻な危機に瀕している。そして、その危機は、もはや私一人の運命だけでなく、多くの民の生活を脅かそうとしている。


その夜、私は工房の窓から、活気を取り戻しつつあるハルモニアの町を眺めていた。この町は、私が愛し、そして私を愛してくれた大切な場所だ。この平和を、何としても守り抜きたい。けれど、遠い故郷で苦しんでいるかもしれない人々を思うと、胸が締め付けられるようだった。


「リリアーナさん……」


いつの間にか隣に来ていたエルマさんが、私の肩にそっと手を置いた。彼女の瞳には、深い理解と心配の色が浮かんでいる。トマさんもリナちゃんも、黙って私のことを見守ってくれていた。


私は、仲間たちの温かい眼差しに包まれながら、アランの手紙をもう一度読み返した。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「エルマさん、トマさん、リナちゃん、そしてギデオンさん。私は……アルメリアの王女としてではなく、ハルモニアの薬草師リリアーナとして、この町のために、そしていつか故郷のために、私ができる最善を尽くしたいと思っています」


その言葉は、私の新たな決意表明だった。ハルモニアの再生は、まだ道半ばだ。そして、遠い故郷の闇も、まだその全貌を見せてはいない。けれど、私には信じる仲間がいる。そして、薬草という確かな力がある。


夏の夜空に輝く星々のように、私の心にも、揺るがぬ希望の光が、力強く灯っていた。

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