クレーンゲーム2012

馬村 ありん

前半

 ピカピカの電飾で飾られた筐体きょうたいの、そのアクリル板の向こう側で銀色のクレーンが動き出す。クレーン・ゲームに費やせるお小遣いはこれで最後だ。僕は固唾かたずを飲んで彩沙の横顔をのぞき見る。

 彩沙はアイシャドウで縁取られたまなざしをクレーンに向け、ネイルアートで飾り立てた指でパネルを操作している。

 縦への移動がぴたりと止まり、クレーンは横方向に動きはじめた。彩沙が食い入るようにアクリル板をのぞき込んだ。すし詰めにされた『ミッキーマウス』のぬいぐるみ。そして、いよいよ彩沙のクレーンが投下された。


 クレーンの左右の取っ手がいっぱいに開き、その付け根に当たる中央部が落ちてきた。ミッキーマウスの頬にめり込んで、その顔が笑っているみたいにぐにゃりと歪む。

 取っ手が閉じ、クレーンが持ち上がる。クレーンはぬいぐるみをつかんだか? 神に祈るような気持ち――すると、確かにクレーンの右の先端の部分にはミッキーマウスの頭のヒモが引っかかっていた。

「やった!」

 彩沙の肩を抱きしめた。無意識だった。グレープフルーツの香水が鼻先をかすめた。厚く硬い果皮を割って、はじけ飛んだ果汁のしぶき。僕は罪悪感に駆られ、体をはなした。それでも喜びは止まらなかった。

「すごいよ。威張るだけあるじゃん!」


「これが私の実力ってわけ」彩沙は口角を上げた。「たった百円で取れちゃう。成一は五千円も無駄にしちゃったわけだけどね」

 取り出し口からミッキーを取ると、彩沙は僕に投げ渡してきた。ショッピングモールの天上にミッキーは笑顔を向けていた。

「さあて、約束通りパフェ。五千円相当の働きをしたんだからそれなりのものは奢ってもらうわよ」

 そう言って、ラメ入りの青いジャージに包まれた偏平な胸をそびやかした。

「今月は厳しいんだけど?」

 赤色と白色の入ったポニーテールを揺らしながら彩沙はファミリーレストランのある方へと歩いて行った。


 二人がけの席に、銀のお盆に載せられたパフェが到着した。甘い匂いがするピンク色のクリーム、つやつやで新鮮なイチゴ。容器の底のコーンフレークは黄金色に輝いていた。

「食べる?」

 物欲しそうな僕の視線に気づいたのだろうか、彩沙はクリームとアイスが盛られたスプーンを向けてきた。

 僕がぱくつくと、彩沙は愉快そうに笑った。パフェは甘かった。こんなにほどよい甘さのパフェを食べられたのは、後にも先にもこのときだけだった。物足りないか、甘すぎるかのどちらかなのだ、いつも。


「彩沙は、いつもここにいるの?」

「退屈な時はいつもね」

 きれいに塗られたネイルアート、つやつやの唇、朱の差した頬。スタイルと目鼻立ちのよさと相まって、彩沙はテレビや雑誌に登場するタレントみたいだった。僕と同じ中学二年生で、同じ田舎の生徒なのだとは思えないほどだった。

「お母さんとかに怒られない?」

「怒らないわよ。だって――」ここで彩沙は言葉を切った。「だって、事情があるんだもん」

 その事情については、口を破ることはなかった。


「さっきの話の続きだけど、僕たち同じ学校なんだよな。どうして学校に来てないんだ? 彩沙なら人気者になれるのに。僕なんか日陰者だよ。机に突っ伏して寝てるか、友達と『マリオカート』の話してるかどっちかだし」

「それも事情があるの。こんなつまんない話はやめよう。それより、アンタの話よ。友佳子ちゃんってどんな子なの? かわいいの?」

「ディズニー好きで、いつかディズニーランドに行きたいと言っていて……。幼馴染で……」

「それはもう聞いた。ねえ、どんな感じの子?」

「髪が長くて、控えめで、優しくて」

「ふうん。あたしとは正反対みたいね。ねえ、成一はあたしといるの楽しい?」

「それは……もちろんそうだけど」

「そうだけど何?」

 彩沙は魅力的な女の子だと思う。謎が多くて、美人で、おしゃれで、ハキハキしゃべる口調が心地いい。でも、ここで褒めたりしたら『友佳子ちゃんより私が好きなの?』なんてからかわれそうな気がした。それは避けたかった。

「とにかく、君といても退屈はしない」

 僕の言葉に彩沙はなんの反応もしなかった。僕に横顔を向け、入口の方を見つめていた。僕は返答を待った。店内のスピーカーからは、レディ・ガガの『ボーン・ディス・ウェイ』が流れていた。


 彩沙は、口紅の引かれた唇に一本指を当て、それから入口の方を指した。そこには、ふたりの警察官がいた。赤いビブスみたいなのをつけた警官は、店内に鋭い視線を走らせていた。

「あれって……」

「逃げるわよ。きっと私たちよ。店員が通報したんだ。こんな時間に私たちみたいな年齢の子が二人連れでいるのっておかしいもの」

 彩沙は席を立った。僕もそうした。

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