第23話 最後の授業

 その日、学園の講義はすべて中止された。


 中央広場で起きた騒動の余波で、一部のシステムは今も復旧していなかった。

 だが、生徒たちは自然と集まっていた。

 誰に呼ばれたわけでもなく――ただ、何かを“知りたくて”。


 かつて使用されていなかった旧講義棟の教室。

 そこに、ひとりの少女が立っていた。


 教壇の上。

 声を封じられ続けた彼女が、今、自ら“話す”ためにそこにいた。


「こんにちは。……わたしは、リオです」


 誰もが静まり返る中で、その声は確かに届いた。


「この学園にいたはずなのに、いなかったことにされた生徒。

 “ローリンガール”って呼ばれていた――存在を隠された少女です」


 教室の片隅で、ひとりの生徒が手を挙げた。


「本当に……“いなかった”の?」


 リオはうなずく。


「ううん、“いた”よ。ずっと、ここに。

 でも、誰の記憶にも、記録にも、残らなかっただけ」


 それは、怒りでも悲しみでもない。

 ただ、事実を伝えるような声だった。


「声って、不思議だよね。

 わたしの声は、昔“危険だ”って言われた。

 でもね――ほんとは、“思い出させる”ためにあったんだと思う」


 リオは教室を見渡す。


 窓際の席、黒板のチョーク、まだ誰かの名前が残っている出席表。

 かつて自分が座っていたかもしれない場所。


「わたしがここにいたってことを、

 今日、あなたたちが“知った”なら――それだけで意味がある」


 彼女は一歩、教壇から降りる。


「だから今日は、“最後の授業”をします。

 授業って言っても、難しいことは話さない」


 チョークを手に取り、黒板にひとつの文字を書いた。


「声」


「これは、“音”じゃなくて、“想い”なんだって、最近やっとわかったの。

 伝えたいって思った時、それはもう“声”なんだよ」


 沈黙の教室に、その言葉だけが刻まれた。


「……誰にも届かなくても。

 何度間違えても。

 立ち止まっても。

 また“声にしていい”って、私は信じてる」


 それが、彼女からの“最後の授業”だった。


 拍手はなかった。

 賛同も反発もなかった。


 けれど――教室の空気には、確かに何かが変わった気配があった。


 リオは最後に、窓の外を見た。


 誰かが、そこに立っているような気がして。


「……ありがとう、蓮」


 それだけを、小さく呟いた。

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