【第2部】記録と観測者

第11話 蓮の過去

 蓮には、記憶に“空白”がある。


 それは、自分でもはっきりと気づいていた。

 時々夢に見る風景。言葉にならない誰かの声。

 そして、何より――「記録者」という役割。


 ある夜、彼はリオのいない教室で、一人ファイルを開いていた。


 それは、地下倉庫でこっそり盗み出した管理記録の断片だった。


 “声干渉能力に対する観測対象:LAWLIN-01

 複数回の実験により空間変質を確認。記録者L-027による補足記録未提出。

 ※L-027の記録削除済”




 L-027。

 その文字列を見たとき、蓮の心臓がひときわ強く脈打った。


“それは――自分だ。”


 断片的な記憶が、身体の奥でざわめく。


 白い部屋。無数のモニター。

 声を発する少女。それを見つめ、文字を打ち続ける“誰か”。


「記録して、消す。それが君の仕事だよ」


 そう言っていた、誰かの声。


 そして、その“声を持つ少女”は――


「……リオ」


 口にした瞬間、全身が震えた。


 彼は、過去に彼女と出会っていた。

 記録者として。

 観測者として。


 そして――記録を**“提出しなかった”**人間として。


「俺は、全部知ってたんだ……」


 だから、転校してきたときに彼女を見てすぐに“気づいた”。

 誰も覚えていない存在に、なぜか強烈な懐かしさを覚えたのは、そのためだった。


 自分が、記録を“拒否”したから。

 リオは“ローリンガール”として記録されず、すべてを消されたのだ。


「……それでも、もう一度出会えたんだな」


 蓮は、ページを閉じた。


 もう“観測者”じゃない。

 彼女の記録を、誰かに渡すためでもない。


 今の彼は――リオの“隣にいる者”でいたかった。


 そのとき、誰もいない教室で、またあの音がした。


 カラリ。


 転がる金属の音。

 それは、再び始まる“世界の更新”の合図のようだった。

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